23話 炎喰らい
「戦う前から火花を散らす両者! 魔法剣の使い手レオニール選手対、予選で美麗な戦いで観衆を魅了したフィーリア選手。勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか。第三試合、開始!」
司会が観客をあおり、試合開始を宣言した。
宣言がされるが早いか、レオニールは剣を振る。
しかし両者の距離は離れており、剣の間合いではないことは明白だ。
魔法剣とやらになにか仕掛けがあるのだろうか。
まあ普通に考えて……剣から魔法が出るんだろうなぁ。
「俺に歯向かうんじゃあねえよ!」
空を切った剣。その剣先から風の魔法が射出され、フィーリアを襲う。
予想通り過ぎて何とも言えない気分だ。
フィーリアは宙に飛び、その魔法を避けた。
その隙にレオニールはフィーリアに近づき、剣を振るう。
しかしフィーリアは剣に斬られる前に至近距離からの雷魔法を浴びせた。
「がぁっ!?」
「品のない声ですね」
フィーリアは吹き飛んだレオニールに右手を向けた。
手から炎が飛び出し、レオニールを襲う。
「轟々と燃えています。レオニール選手、万事休すかーっ? い、いや、これは! レオニール選手、炎を纏っています。能力でしょうか!?」
司会の言うとおり、レオニールは炎を纏っていた。
レオニールはにやりと笑う。
「はっはっー。勝ったと思ったか? 残念だったなぁ。俺の能力は『炎喰らい』だ。炎は効かねえよ!」
レオニールは再度剣を振る。
風の魔法がフィーリアを襲うが、フィーリアはそれを水魔法で防ぐ。
まずいな……。火魔法が封じられるとなると、フィーリアには厳しい展開になる。
……いや、俺との特訓を経たフィーリアならそれでもあのレオニールとかいうやつよりは強いはずだ。
俺は固唾を飲んでフィーリアの戦いを見守った。
「ほらよっ、お返しだ!」
レオニールが風の魔法でフィーリアに攻撃する。その魔法には先ほどまでとは違い炎が混ざっていた。
フィーリアは避けることに成功したものの、炎が服をかすめて服が軽く焦げてしまう。
服が焦げているのを確認したフィーリアは、聞く者を底冷えさせるような冷たい声を出した。
「ユーリさんに買ってもらった服なのに……。もう許しません。一か八かですが、これでいきます。恨まないでくださいね」
そう言うとフィーリアは体の力を抜き、だらりと両手を下ろす。
俺も見たことがない構えだ。前にフィーリアが言っていたとっておきってやつだろうか。
その様子を好機と捉えたレオニールがフィーリアに剣を振る。
その剣先から放たれた風と炎の魔法をフィーリアは避けるそぶりも見せない。
そのまま命中するが、フィーリアはその場に立ちすくんだままだ。
「なんだぁ? てめぇは的かよ! 遠慮なくいくぜぇ! オラオラオラオラァ!」
「くぅ! ああぁ!」
レオニールが剣を無茶苦茶に振り、風魔法が乱れ飛ぶ。フィーリアはその全てをその身に受けた。
フィーリアの体はもうぼろぼろだ。服もところどころ破れ、腹部が露わになっている。
「死に晒せ、エルフぅ!」
一際大きく剣を振り、同じく大きな風魔法がフィーリアに迫る。
「痛かったです。……お返し、させてもらいますよ」
フィーリアを中心に恐ろしいほどの風が吹き、レオニールは転ぶ。
そしてフィーリアの背後に十メートルほどの巨大な人型が風によって形作られた。
しかしフィーリアももう満身創痍だ。呼吸は荒く、ふらふらとよろめいている。
「な、なんだよそれ! 反則だろーが!」
「風神様の怒りです。おとなしく……死んでください」
風神がレオニールにむけて風の拳を振るう。
レオニールも剣を振るが、風神の勢いは衰えない。
そしてレオニールに風神の拳が当たる瞬間――まさにその瞬間、フィーリアは糸が切れたように倒れ、風神は霧散した。
「えー、これは……フィーリア選手の気絶により、レオニール選手の勝利となります」
司会が戸惑ったような声で勝敗を告げ、観客席からはパチパチとまばらな拍手が送られる。
観客は不完全燃焼なんだろうが、そんなことは関係ない。俺はフィーリアの元へと向かった。
「フィーリア、大丈夫か!」
「ユーリさん……」
フィーリアは回復魔法使いの治癒によって意識を取り戻したようだ。
「精一杯、やったんですけど……。駄目でした。……えへへ」
「ごめんなさい」と言ってほほ笑むが、その手は震えている。
その作り笑顔に俺は心の奥が熱くなるのを感じた。
そもそもフィーリアの実力なら、あの程度の相手には本来勝てたはずなのだ。
今回負けたのは、フィーリアが頭に血を上らせて大技に賭けたから。
そしてその原因は俺があげた服を燃やされたこと。
いくら俺でもその戦いを見て何も思わない訳がない。
「かたきはとる。任しとけ」
「今回は心配なんて、してませんから。優勝しちゃっていいですよ? ……というかちゃっちゃと優勝してください」
「言われなくてもそのつもりだ。……服はまた今度買ってやるよ」
フィーリアは目を赤くするが、涙は流さない。これから戦う俺の闘気を萎えさせまいとしている。
その姿を見て俺は思った。
この大会は俺のためにではなく、フィーリアのために戦おう。
あのレオニールとかいう野郎もフィーリアの為にぶん殴ろう。そう決めた。
「第四試合、ユーリ選手対コルトププ選手です! お二方はコロッセウムへ!」
司会の声に従って、俺はコロッセウムへと向かった。
司会がなにやら俺達の説明を読み上げているが、全く耳に入ってこない。
そんなことはどうでもいいから早く始めさせろ。
「では第四試合開始です!」
俺は近づきぶん殴る。
しかし拳は空を切った。……上か。
「コルトププ選手、風魔法で自らを浮かせて空中へと避難しました! もしも魔法が使えないとなると、ユーリ選手には厳しい戦いになるかもしれません!」
ならねーよ。
俺はピストル拳を放つ。相手は地に落ちた。
「なんとなんと! ユーリ選手、風魔法も使えたようです! これは強い!」
司会は今のが筋肉魔法ではなく風魔法だと思っているようだが、どうでもいい。
そんなことより早く次の相手と戦いたかった。
「以上で二回戦は終了です。次は準決勝です、っとその前に! ……治癒タイムでーす」
おどけた仕草で笑いを誘う司会。
控室も和やかな空気になる中、俺は自分に驚いていた。
熱くなりすぎている。
熱くなるのは必ずしも悪いことではないが、司会の言葉まで入ってこないのは駄目だ。
俺は周りが見えなくなっていた。
なんとか気分を落ち着けねば。
俺は目を閉じて無心になる。
周囲の雑音を消しきって一旦自分だけで考えるのだ。
しばらくそうした後、そろそろ時間かと思った俺は目を開けた。
いつの間にかにフィーリアに手を握られていた。
回復魔法を受けたおかげか、もう怪我は心配ないようだ。
「なんだよ。驚かせるな」
自分で思ったよりも冷たい声が出る。
「すみません。ただ、一言どうしても言っておきたくて。ユーリさん……私の為に戦おうとなんてしないでいいですからね?」
「……どういう意味だ」
フィーリアは俺の手をギュッと握った。
真っ直ぐに目を見つめられ、若干うろたえる。
「ユーリさん、何か思いつめてるように見えたので。さっきの試合も今までのユーリさんだったら最初の一撃で勝負は決まっていたはずです。……ユーリさんは自分の事しか考えてないから強いんだと思います。だから、自分の為に戦ってください」
俺は……心配されていたのか?
なるほど考えてみれば、俺はいままで自分の楽しみのためにしか戦ってこなかった。
他人の為に戦うことには慣れていないのかもしれない。
……というか、俺には人の為とかそういうのはそもそも向いていないのだろう。
向いていないことをやって力が出ないのは当然だ。
「ありがとうフィーリア。もう大丈夫だ。俺のことをよく見てくれていたんだな」
「へ? そりゃ、……まあ。仲間ですからね」
顔を薄く赤くするフィーリア。
その理由は良くわからないが、俺は俺の為に戦うと決めた。
フィーリアのおかげでもう大丈夫だ。そう確信した俺だった。




