22話 予選
「それでは予選第一試合を行います。……試合、開始!」
「おらあっ!」
開始の合図と同時に近くにいた二人をぶん殴る。
周りは全員魔法使いのようで、開始の合図からずっとブツブツと何かを唱えている。
しかし……唱えている今の状況、隙だらけなのだが。
残りの全員もぶん殴った。別に待ってやる道理もない。
「こ、これはー! 謎の筋肉男が一瞬にして全員を無力化したぞっ。えーと……ユーリ選手だぁー! これは有力選手が登場したかー? ユーリ選手、決勝トーナメント進出です!」
司会はハイテンションで解説をしていた。
これで予選突破か。……余裕すぎた気がする。
気がするというか、明らかに余裕すぎた。
別に観客を楽しませようという気はさらさらないが、一瞬過ぎて何が起こったかわかっていない観客たちはざわめいている。
決勝トーナメントでは張り合いのある相手が出てくることを祈ろう。
第二試合、第三試合と試合が進んでいく。
第五試合でフィーリアの名が呼ばれた。
フィーリアがコロッセウムの中央に出てき、カメラがフィーリアの顔を捉えると、会場がどよめきに包まれる。
「おおーっと。これはまた想像以上のべっぴんさんの登場ですね! でも皆さん、戦いに見た目は関係ないですからね!」
司会が軽く注意をするが、どよめきは止まない。
フィーリアってやっぱ人間離れした容貌してるよなぁ。
そのフィーリアはと言えば、何のことはないような顔をして対戦相手を見つめている。しっかりと集中できているようだ。
「じゃあ始めますよー。……五試合目開始!」
司会の開始の合図と共に、七人は魔法の詠唱に入った。
数秒後、フィーリアが魔法を放つ。男に命中し、気絶した。
それを見た残りの五人がフィーリアに狙いを定める。
まあ、強者から狙うのはこの形式の戦いだと定石だろうな。
「美人さんが狙われたぞぉ。これは大ピンチか? これは……避けてます! 降りかかる魔法の嵐を華麗に避けています。その姿はまるで、戦女神そのもの!」
司会の言うとおり、フィーリアは魔法を見事に躱し続けていた。
一瞬の隙を突き、相手に魔法をぶつけている。見事な手際だった。
俺との訓練の甲斐あっての身のこなしだ。俺も鼻が高いぜ。
最後の一人を火魔法で焼き、フィーリアは無事に勝ち残った。
「見事でございました。フィーリア選手! 美しい勝ち方で決勝トーナメント進出決定です!」
「おう、おつかれ」
俺はフィーリアに声をかける。
フィーリアは緊張をほぐすように、ふぅー、と細く長い息を吐いた。
「これで私のノルマは達成できましたから、あとは気楽なもんですよ」
にへらと笑うフィーリア。
俺としては決勝トーナメントからが本番だと思うのだが、フィーリアにとってはどうでもいいのだろう。
俺はフィーリアの意思を尊重することにした。
「流麗な戦い方だったよ。お疲れ様」
俺はポン、とフィーリアの肩を叩く。
するとフィーリアはギョッと身体を硬直させた。
「え、どうしたんですかユーリさん。なんか怖いんですが」
「なにがだよ」
「ユーリさんが流麗とかそんなしゃれた言葉知ってるわけがないんですよ。……はっ、まさか。あなた、偽物ですね!」
戦闘態勢をとるフィーリア。
俺はコイツに怒ってもいいと思う。フィーリアの頭を軽く小突いてやる。
「いったぁー。暴力反対ですよ!」
しゃがみこみ、頭をこすりながら涙目で訴えるフィーリア。
「まだ大会は終わってないんだぞ。集中しろ」
「はぁーい」
間延びした声を返してくる。
本当にやる気ねえなコイツ。いっそ清々しいわ。
予選は全て終わった。通してみた限り、強そうなやつはいなかった。
やはり決勝トーナメントからのシード選手に期待だな。
「はい、以上で予選は終了となりまーす。予選を勝ち残った方には回復魔法をかけさせていただきますので少々お待ちくださいね!」
司会の声が聞こえてきた。
その後しばらくして、控室の扉から白い服を着た人が七人入ってくる。
どうやら一人につき一人の魔道士が割り当てられているようだ。
俺は「無傷だから必要ない」と言って魔法を断り、ソファに腰掛ける。
全員の治療が終わった後、治癒魔道士は速やかに部屋を出ていった。と入れ替わりに大男が控室に入ってくる。酒の匂いが体中に染みついた、二重顎の男だ。
その立派な体が纏っているのは筋肉ではなく脂肪のようだ。
「ぷふぁー」と謎の呼吸をした後、男が口を開く。
「この俺が参加するっていうのにこんな狭い控室か。ここの運営は俺のことを舐めてるらしいな」
「うるせえぞデブ」
「んだとコラァ! ……ってレオニール様!? す、すみません!」
肥満体型の男を押しのけてはいってきたのは、すらりとした体型の男だった。
腰に剣をつけているところを見ると剣士だろうか。死神とまではいかないが、なかなか強そうだ。
レオニールに続いて続々と人が入ってくる。決勝からの参加者が到着したようだ。
「あっ」
その中の一人を見てフィーリアが声をあげる。
その視線の先にはクリアブルーの髪をした少女――ウォルテミアがいた。
ウォルテミアは小さく俺とフィーリアにお辞儀をし、ソファへちょこんと腰掛ける。
俺はそんなウォルテミアの姿を見た瞬間から鼓動が高鳴っていた。
心臓はどくどくと声高にその存在を主張し、胸が締め付けられるように痛い。
……最高だ。
――最高に強そうじゃねえか!
初対面の時はそこまで感じなかったが、この場では確固とした強さが彼女の中に根付いているのを感じる。
雰囲気だけで言えば死神にも匹敵しそうだ。
他にも強そうな選手はポロポロいたが、やはりウォルテミアが頭一つ抜けている。
あのレオニールとかいうやつも強そうではあるが、この少女には及ばない。
「あー、早く戦いてえ……!」
俺はこの大会に参加できた幸運に感謝した。
決勝トーナメントの組み合わせはくじ引きで決められるようで、司会がくじ引きをして組み合わせが決まった。
司会が引くなら運営は組み合わせを操作できるな。まあ、優勝が目標なら誰とやっても同じなので問題はない。
「それでは第一試合、チョリッコ選手対ビーフン選手です! お二方はコロッセウムへ!」
五試合目までを見物したが、なかなかレベルは高かった。
なかでもやはりウォルテミアはガチで強い。
順当にいけば決勝で当たる。なんとしても戦いたいところだ。
「第六試合、フィーリア選手対ドッフォル選手です! お二方はコロッセウムへ!」
フィーリアが呼ばれた。
「行ってきますね」と言ってフィーリアは会場へと向かう。
ここからはカメラでの観戦だ。カメラ越しに二人の戦いを見守る。
選手の軽い紹介の後、試合開始の合図がかかる。
まずフィーリアが炎魔法を放つ。
相手は最初の方こそ避けていたものの、フィーリアの先を読んだ追い詰めによりだんだんと逃げ場を失い魔法の直撃を食らった。
そこから先はフィーリアの独壇場だ。炎、水、雷、風。
相手がかわいそうになるほどの魔法の連撃で、フィーリアが二回戦進出を決めた。
カメラに向かってVサインをするフィーリアに大きな歓声が送られる。
やる気なさそうにしてたくせに勝っちまったな。たいしたもんだ。
「第七試合、ドッホ選手対ユーリ選手です! お二方はコロッセウムへ!」
フィーリアとすれ違う。
「勝ちましたよー!」
「ああ、見てた」
「私の姿に釘付けってやつですね!」
「……」
「シカトは傷つきます……」
ぐすん、と泣きまねをするフィーリア。
「まあ、おまえとも戦えたらいいよな」
「え、私は嫌ですよ。戦ってる時のユーリさん怖いですもん」
フィーリアは急に真顔になって首をブンブンと横に振る。そんなに嫌か。
「……ああそう」
フィーリアとの会話を打ち切り、コロッセウムに立つ。
ここからだと観客一人一人までよーく見えるな。
「はい! ということで第七試合は、土魔法の使い手ドッホ選手と、攻撃魔法を使わずに予選を通過した筋肉ダルマ、ユーリ選手の戦いとなりまーす!」
おお、筋肉ダルマ呼びとは中々見る目がある司会だな。
……っと、そんなことより今は相手に集中だ。
「第七試合、開始!」
俺は手始めに近づいてぶん殴る。相手は気絶した。
「……しゅーりょー。なんと瞬殺! 快進撃を続けます、ユーリ選手!」
そして一回戦全試合が終わり、二回戦目に移る。
一回戦ごとに回復魔法使いの治癒時間があるので、一試合に全力を出し切っても問題ないようだ。
「第三試合、レオニール選手対フィーリア選手です! お二方はコロッセウムへ!」
二回戦目も着々と進み、フィーリアの番となった。
カメラの映像で戦いを見守る。コロッセウムにはすでに二人が立っていた。
「俺さぁー、綺麗な顔のやつ見るとギッタギタにぶちのめしたくなっちゃうんだよね」
「そうですか。でもそれは無理ですね。残念でしたぁー」
レオニールの挑発を無表情で手をひらひらと振って受けるフィーリア。
レオニールは馬鹿にされて怒っているようだ。……アイツは人をおちょくる才能はピカイチだな。
「戦う前から火花を散らす両者! 魔法剣の使い手レオニール選手対、予選で美麗な戦いで観衆を魅了したフィーリア選手。勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか。第三試合、開始!」
司会が観客をあおり、試合開始を宣言した。




