20話 血ってのは信用できない
今日も引き続き修行中である。
原っぱには心地いい風が吹き抜け、俺の筋肉を撫でていく。
自然と一体になったような感覚を味わえてとてもいい気分である。
これほどいい気分だと、修行にもより一層熱が入るというものだ。
「いやー、気持ちいいなフィーリア!」
「ちょっと吐きそうなんで黙ってもらっていいですか……?」
フィーリアはのどかな風景とは真逆の、乙女にあるまじき顔で俺に訴えた。どうやら限界寸前らしい。
フィーリアが青い顔になりながら美少女としての尊厳を必死で守っているのを筋トレしながら見ていると、遠くの方から二つの人影がやって来るのが見えた。あの方角はアスタートの方だ。
もしかしたら知り合いかもな。
そう思って目を凝らした俺の視界に、寝癖を極限まで強化したような特徴的な髪型の金髪が映る。
「はー。やっと回復してきました」
「おいフィーリア。ババンドンガスがこっちに来るぞ」
「え、ババンドンガスさんがですか……?」
俺とフィーリアは一旦修行を中断し、ババンドンガスたちがやってくるのを見守る。
ババンドンガスも俺たちに気づいたようで、手を振りながらこちらに近づいてきた。
やってきたのはもはや見慣れたとんがり頭のババンドンガスと、大人しそうなクリアブルーの髪の少女だった。
「ようお前ら。こんな外れで何やってんだ?」
「魔闘大会に向けてフィーリアの特訓をな」
「へえ、フィーリアちゃんも意外と熱心なんだな」
「私ってそんなにやる気なさそうですかね?」
フィーリアの言葉に、ババンドンガスは顎に手を置いて「ウーン」と唸る。
「やる気なさそうってよりかは、なんでも軽くこなしそうなイメージがあるなぁ。フィーリアちゃんの戦ってるとこ見たことないし、完全に見た目からの想像だけど」
その答えに気をよくしたのがフィーリアだ。
ポンッと手を叩き、顔を綻ばせる。
「あー、わかります。私の見た目って完璧ですもんね」
「訓練のメニュー倍にするか?」
「私なんて石ころ以下です。微生物みたいな存在の私なんかが口を開いてごめんなさい」
「い、いや、そこまで卑下しなくてもいいんだが……」
あまりの変わり様にビビった。
フィーリアは顔を下に向けながら上目遣いで俺を睨んでくる。顔に影ができて迫力が増してるぞ。
「その脅しがどれだけ怖いかがユーリさんにはわからないんですよ……。今でさえ死にそうなのに、倍になったら少なくとも三回は死にます」
「今が大丈夫なら倍でも大丈夫。倍が大丈夫なら十倍も大丈夫だ。……ん? なら十倍にしてみるか」
「どういう計算してんだお前は……」
ババンドンガスが呆れたように口を挟んだ。
「ババンドンガスさん、ユーリさんの暴走を止めてください。このままだと私が帰らぬ者になってしまいますっ」
「……無理強いはよくない、です」
とそこで、今まで口を閉ざしていた少女が口を開ける。
目にかかる長さの前髪に、ボブカットで切りそろえられたクリアブルーの髪。
身長はフィーリアの胸のあたりくらいだ。随分と小さいが、年も十三、四歳に見えるから小さすぎると言うほどでもない。
第一印象としては大人しそうな印象だ。まるで小動物のようである。
しかし、堂々と立っている姿からはおどおどとした印象は受けない。
一見冷めているようにも見える年齢にそぐわない落ち着いた瞳と整った顔をした少女だった。
「ババンドンガスさん、こちらの可愛い子はどなたですか?」
フィーリアの問いに、ババンドンガスは一気に顔をだらしなく崩して答える。
「この可愛い可愛い子は俺の妹のウォルテミアだ。ウォルテミア、こいつらは冒険者のユーリとフィーリアちゃんだ」
「……ウォルテミアです。よろしくお願いします」
そう言って無表情のままぺこりと小さく頭を下げるウォルテミア。
……おかしい。明らかにおかしい。
顔を上げたウォルテミアの顔を改めて凝視した俺は、確信に近い違和感を得る。
「……おいババンドンガス」
「なんだ」
「誘拐はれっきとした犯罪だぞ」
ババンドンガス……いいやつだと思っていたが、とんだ勘違いだったようだ。
お前とこの子じゃどうみても似ても似つかないだろうが。
「俺の! 妹の! ウォルテミアだっ!」
ババンドンガスは一瞬呆けた後、憤慨したことを表す様に体全身で叫んだ。
「……お兄ちゃんは私のお兄ちゃん」
ウォルテミアも兄妹であることを認める。
「本当に兄妹なのか。疑って悪かった」
……人間ってのは不思議なもんだな。ここまで似ていない兄妹がいるのか。
俺は二人の顔を見比べるが、見れば見るほど似ていない。本当に一点の類似点も見られない。
強いて言うなら二人とも人間だということくらいだ。
未だに信じられないが、本人たちがそう言う以上そうなんだろう。
「まあ似てねえのは事実だけどな。どうしたらこんなに似ないのか俺も不思議だぜ」
「お兄ちゃんは顔は怖いけど優しい」
「そうなのか」
さりげなくフォローをいれるとは、随分と出来た妹だ。
「ウォルテミアちゃんってとっても可愛いですね~」
フィーリアが膝を曲げ、ウォルテミアと視線を合わせて言う。
ウォルテミアは二、三度目線を泳がせた後、少し頬を染めて言った。
「……ありがと。フィーリアさんも、綺麗で可愛い」
「~っ!? か、可愛すぎませんか……!?」
なんか隣でフィーリアが悶えだした。
「どうしましょうユーリさん、このままじゃ世界で一番可愛いという私の定義が乱れてしまいます!」
「はいはいそうだな」
「馬鹿言えフィーリアちゃん、ウォルテミアが一番可愛いに決まってるだろうが!」
「お兄ちゃん、恥ずかしいからやめて。……嫌いになるよ?」
「やめてくれ! お兄ちゃんが悪かった!」
ババンドンガスは絶望したような表情で必死に首を振る。
なんてことだ、ババンドンガスはシスコンだった。
「うちの妹は天才なんだぞ? 冒険者登録してから一年でBランクだからな」
ババンドンガスは笑顔でウォルテミアの頭を撫でる。
ウォルテミアも控えめではあるが嬉しそうに目を閉じている。
「や、やっぱりかわいい……」
フィーリアが隣で悶々としてるのは置いておこう。
「お前らも魔闘大会が目当てで来たのか?」
「まあそんなとこだ。一応俺は去年の優勝者でもあるしな。もっとも、今年はあの大会には出れなくなっちまったわけだが」
ん? 優勝者ということにも驚くが、でれないとはどういうことだろうか。
「なんでだ?」
「あの大会はBランク以下の冒険者しかでれないんだよ。そこまで言えばわかるだろ?」
……ああ、なるほどな。
「冒険者資格をはく奪されたのか」
「なんでだよ! 俺は今年Aランクに上がったからな。もう出れないってわけだ」
なんだ、そういうことか。戦えるかと思ったのに残念だな。
「まあそういうわけで俺は出ないが、もしかしたらウチの妹とあたる可能性もあるかもな」
「もし当たったら俺は全力で妹を応援するぜ」と楽しそうなババンドンガス。
今までの会話でお前がシスコンなことは十分伝わったよ。
「俺は優勝するから、ウォルテミアが勝ち上がれば戦うことになるだろうな」
「そういうこと言うと負けたときカッコ悪いですよー?」
フィーリアがからかうように口を出す。
フィーリアには闘争心が足りないな。エルフ全体の特徴なのだろうか。
やる気を出せばきちんと頑張れるし才能はあるのに、もったいないことだ。
俺はフィーリアに言葉を返す。
「負ける気で戦うやつなんかいないだろ。戦う前から負けることなんて考える必要はない」
「いいこと言うじゃねえか、ユーリ」
それに乗ってきたのはババンドンガスだ。
やはりこいつは俺と似たところがあるな。もしかしたら筋肉を好きになってくれるかもしれない。
「そうだろ? 俺の筋肉触るか?」
「は? い、いや、触らねえが……」
「そうか」
さりげなく筋肉に興味を持たせようとしてみたが失敗に終わった。
かぎりなく自然な流れだったのだが……。誠に残念である。
「……私頑張る。お兄ちゃんが見てくれてるから」
「天使だ……」
ウォルテミアは小さく握り拳をつくった。
それをみてババンドンガスは目頭を押さえる。一々大げさなやつだ。




