196話 戦いの後
時が経ち。
フィーリアが戻ってきて、怪我人を全員治療して感謝され、いつものごとく調子に乗るという一連の流れがありつつ。
俺とフィーリアは、イストルティを見張っていた。
もう少しすれば、魔国における警備隊的な立ち位置の組織がイストルティの身柄を引き受けに来るだろう。
それまでは俺たちが見張っておかなきゃならねえ。
「俺は、間違っていたのか……?」
同じくフィーリアの回復魔法によって、意識を取り戻すくらいに回復したイストルティは呆然と呟く。
「とりあえず、徒に他人を攻撃したのは間違ってるだろうな。そんなことしても何にもならん。そんな暇があるなら強者を探して戦った方がよっぽど有意義だし、自分のためになる」
俺はそうイストルティに告げる。
実際コイツのやってたことって意味わかんねえしな。
どう考えてもよ、弱いヤツ何人かと戦うより強えヤツ一人と戦った方が楽しいだろ?
せっかくの一度きりの人生なんだから楽しまなきゃ損だろうが。
因みにだが、イストルティは本当に意識を取り戻すギリギリくらいだから、歩くのもいっぱいいっぱいって感じだ。
フィーリアが回復魔法を使えば使うほどその辺の感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのは喜ぶべきか、怖がるべきか。……コイツに拷問とかされたらずっと続きそうだな。
だがそれもまた修行だ。今度是非やってもらおう。
そうと決まれば早速提案だ。
「フィーリア、今度俺を痛めつけてくれ」
「なんですかそれ、突然の性癖暴露はやめてくださいよ」
「え、フィーリアってそういう……?」
「ちょ、ちょっと待ってください、なんで私の性癖みたいに受け取ってるんですか? どう考えてもユーリさんのでしょ、話の流れ的にっ!」
「そ、そうだな。そういうことにしておこう。だから落ち着けよ、な?」
「なぜかユーリさんが私を諫めてる……!? おかしいおかしいおかしい! こんなの絶対おかしい!」
いやまあ、フィーリアがどんな性癖を持ってようと一緒にいてやるぞ。
心配するな。俺はお前のパートナーだからな。
「さて、というわけでだイストルティ。お前には伝えておきたいことがある」
「どういうわけでだ。前後関係がわからん」
フィーリアの唐突な暴露のせいでちょっと予定が狂ったんだ。その辺は察しろ。
こっから先、異論反論は一切受け付けねえぞ。
「いいから聞けよ。お前のその『一人で強くなる』って選択自体は必ずしも間違ってるわけじゃねえと思うぜ? 強くなる方法は人それぞれだからな。そういうのもありだ」
一人で強くなるのもいいし、仲間と強くなるのもいい。
自分にあった方法で強くなりゃ良いんだ。
例えば騎士団の連中なんてのは、国民の命を守るために強くなってるが、俺にはそういうのは合わねえ。そんな感じで、向き不向きってのは誰にでもあるからな。
「だから……そうだな。イストルティ、お前に足りなかったのは一つだ。お前が持っていないものを俺は持っていた。それが俺とお前の勝敗を分けた」
「……それはなんだ?」
俺はちらりと横のフィーリアを見る。
フィーリアはニコリと笑い返してくれる。
その顔に後押しされるようにして、俺は答えた。
「決まってんだろ。筋肉だ。人が筋肉を鍛えるとき、筋肉もまた人を鍛えているからな」
「……ちょっと!? 私は!? 私という存在は!?」
「信頼できるパートナーはいると力を貰えるが、気まずい思いにさせられることもあるから一長一短だ」
今回の一件で骨身に染みてよくわかった。
「気まずい思い……? ど、どういうことですか?」
むむむ、と眉を顰めるフィーリア。
どうやら結局塔の内部に声が反響してたことには気づかずじまいだったみたいだな。
反対に、全て知っているイストルティはうんうんと頷く。
「なるほどな……参考になる」
「え、なんで通じ合ってるんですか? 私がいない間に何があったんです?」
色々あったんだ。
説明は面倒だしこっぱずかしいからしねえけど。
「まあでも、一人で強くなるってのはお前には向いてねえと思うけどな。お前、他人とつるみたい感じガンガンに出てたから」
一人でいると段々考えが極端になるタイプってのがいるんだよな。
イストルティは典型的なそれだ。
そういうヤツは仲間を作った方がいいぞ。
周りに人がいない環境にいるなら、己の身体と友人になれ。俺はなった。
その結果、筋肉という生涯の親友を得たわけだ。
「お前がこれからどうなるのか、俺はこの国の法律とか知らねえから良く分からんが……もし罪を償って自由になった後、戦う相手が欲しくなったら俺の所へ来い。いつでも相手になってやるから」
「……だが、俺のような罪人が会いに行くのはお前の評判に悪影響があるんじゃねえか?」
「そんなもん気にすんな」
お前、一人にしてたらまた罪を犯しそうだからな。
そういうパワーは全部俺で発散しろ。
そのためなら俺の評判なんざ地に落ちたってかまわねえ。
「言っただろ? 強えヤツと戦うのが一番有意義なんだよ。そっちから来てくれるってんならむしろ断る理由がねえ」
「ユーリさんはこういう人ですので問題ないです。それにユーリさんの評判なんて元から低いですもんね」
そうそう……ってそんなわけあるか。
会話の隙間を縫ってサラッと悪口を滑り込ませるな。
そんな職人芸いつ身に着けた? その技術、絶対将来何の役にも立たねえぞ。
「わかった。どこにいけば会える?」
イストルティが俺に聞いてくる。
その質問をするってことは、多かれ少なかれ会いに来る気があるってことだよな?
よしよし、修行相手が増えんのは良いことだ。
「一応本拠地は王都だが……俺も強い相手を探して結構世界中動いてるからな。どこにいるかはっきりしたことは言えん。だからお前が色々頑張って居場所を探しだして俺のところに来い。頼んだぞ。楽しみに待ってるからな」
「すみません、この人滅茶苦茶自分勝手なんです……。どうか乳幼児だと思って多目に見てあげてください……」
誰が乳幼児だ。こちとら成人男だぞ。
「今のコイツの傍若無人な振る舞いを見て、他人に行動を強制することの浅はかさを知った。たしかユーリと言ったな。ありがとう、お前のおかげで俺は正しく生きれそうだ」
「うん? ……良く分からんが、良かったな!」
「多分誉められてないと思いますけど、ユーリさんがそれでいいなら私は何も言いません」
いや、ありがとうっつってんだから感謝してんだろ?
おいおいフィーリアはそんなこともわからねえのか?
「いつの間にか俺とフィーリアの知力にも随分と差が付いたもんだぜ」
「本当ですねぇ」
どうやら自覚はあるらしい。
それならいいんだ。
地頭はいいんだから、もうちょっと頑張れば俺に追いつけるぞ。ファイトだフィーリア。
それから少しして。
イストルティは物々しい魔人たちに連れていかれ、俺たちは二人で魔王城へと向かっていた。
多分ガルガドルたちはもう魔王城の方に戻ってるだろう。
予定通り進んでれば、大会はもう終わっちまってるだろうからな。
魔人同士が戦うところを見れなかったのは正直残念だが、その分特上の戦闘経験を味わえたから悔いはナシだ。
「ユーリさんユーリさん」
「ん? なんだ、どうかしたのかフィーリアさん」
軽くふざけつつ、つんつんと突いてくるフィーリアの方を向く。
「ずっと気になってるんですけど、さっきの『パートナーには気まずい思いをさせられることもある』って、あれ結局どういう意味ですか?」
「……知りたいか?」
「はい、できれば」
ふぅむ、そうだな……。
「……秘密だ」
「えー、なんでですかー! ユーリさんのけちんぼー!」
うるさいな、説明すんの恥ずかしいだろうが。
頬を風船みたいに膨らませるフィーリアをあしらいながら、俺は魔王城へと向かった。