194話 陰に隠れて見えないことってたまにあるよね
「よう、会うのは二度目だな」
男に声をかける。
このまま無視してコントロールルームに突っ込まれたら面倒だからな。
話でもして俺たちの方に注意を向けるのが得策だ。
「またお前か。……どうして俺がここにいるとわかったんだ? 念入りに、そして何より内密に準備してきたはずなんだがな」
「匂いだ。生憎と鼻はいいんでな」
「匂いだと……? なんだお前は。化け物か?」
人間だ。
魔人まで俺を化け物扱いしてくるのか?
おかしいだろこの世界。
「てっきり闘技場の方に来るかと思ってたが……裏をかいてこっちだったか。まあ、おかげで邪魔も入らず戦えるんだ。悪くないけどな」
あっちは警備が多くてこうゆったりとは戦えなかっただろうからな。
ガルガドルたちには悪いが、ある意味俺にとっちゃ理想的な戦闘環境だ。
「ふん……貴様、名を名乗れ」
「ユーリだ」
「俺はイストルティ。覚えておくといい、貴様を負かす男の名だぞ」
イストルティ……?
名前が長いな、俺は名前覚えんの苦手なんだぞ。
そうやって俺の頭脳を疲弊させようって魂胆か。卑劣なヤツめ。
「俺は負けねえよ。闘技場にいるアイツらの楽しみを邪魔させるわけにはいかねえからな」
「あの魔人どもは真の喜びを知らぬだけなのだ。群れて何の意味がある? 流され、個を失うだけだ。そんなものは進化した生物のすることではない」
そういやこの前会った時も、「群れるな」みたいなこと言ってたな。
それがこんなことを巻き起こしてる原因なのか? よくわかんねえヤツだな。
「まあお前が何を思っててもいい、他人の主義主張になんざ興味はねえからな。ただよ、関係ない人を傷つけるってのは感心しねえ。そんな力が有り余ってんなら俺と戦え。いっちょ殴り合いと行こうぜ」
俺が拳を構えると、イストルティは「……ふん」と鼻を鳴らす。
「この前と違って一人でいることは褒めてやろう。惰弱な人間なりにいい心がけだ」
あん?
別に一人じゃないが。
「あ、私もいますよー……?」
ひらひらと遠慮がちに手を上げるフィーリア。
ああ、俺の身体に隠れて見えてなかったのか。
イストルティはきょとんとした顔で一拍間を開け、鬼のような形相へと移り変わる。
「……貴様ら、よくも俺を愚弄したな。その罪、万死に値する」
「なんかお前、カッコ悪いな」
ただ単にお前が気づけなかっただけだろ。
責任転嫁も甚だしいぞ。
「……殺すっ!」
まあでも、殺気は本物だ。
いいぜ、来いよ。
イストルティの身体から力があふれ出す。
おそらく狙いは魔法だろう。
この狭い建物内。一度魔法を撃たれてしまえば、逃れられるスペースはほぼ皆無に等しい。
「……フッ!」
イストルティが風の刃を飛ばしてきた。
防御してくれようとするフィーリアを手で制し、俺は拳を構える。
風を撃ちだせるのが、風魔法だけだと思うなよ?
筋肉魔法をしかと見ろ。
「らぁッ!」
イストルティの風魔法をピストル拳でかき消し、俺は接近戦を仕掛ける。
コイツレベルの相手だと、ピストル拳じゃ直撃しても致命傷には至らねえ。
直接ぶん殴らねえと。
「大した速度だな。だが、無駄だ」
イストルティは口笛を吹き始める。
お得意の『聴覚扇動』ってやつか?
そんなもん効くわけが――!?
「……ほう、良く下がったな」
「どういうことだ、この前とは桁違いじゃねえか」
音を聞いた瞬間、胸の中を不快感が一気に埋め尽くした。
明らかに以前よりも効果が強い。……いや、強すぎる。
一瞬意識が飛びかけたくらいだ。
この前は耐えられたんだが、今回は耐えきれそうにねえぞ。
これ以上近づけば、おそらく俺も衝動に呑まれちまう。
どうなってんだよ。
「ここは室内、音は反響する。俺にとってはうってつけなフィールドなんだよ」
なるほど、そういうことか。
こりゃあ厄介だな。
「……フィーリア。俺が隙を作るから、お前はアイツの横通り抜けてコントロールルームに行ってくれ。そんで放送用の魔道具ぶっ壊せ。そしたらあの音を放送するもクソもなくなんだろ」
勝つつもりではいるが、万が一ってやつがあるといけねえ。
念には念をだ。
そもそもこの放送塔の機能そのものを潰してしまえば、コイツの企みも水泡に帰する。
魔道具の扱いにはフィーリアの方が長けてるからな。
俺はイストルティをぶん殴る、フィーリアは万一のために放送塔の機能を止める。
役割分担はこれで決まりだ。
「わかりました。……私が見てないところで負けないでくださいね?」
「当たりまえだろ。ってかお前が見てる前でも負けねえよ」
「ならいいんです」
納得したような表情を浮かべるフィーリア。
お前なりの援護、きっちり受け取った。
そうだな、俺としたことがちっとだけ弱気になってたぜ。
万一も何もねえ。俺は負けねえぞ。
「仲睦まじそうだな、吐き気がするぞ。死ね死ね死ね死ね!」
「おいおい、なんでそんな青筋浮かべてんだ?」
そんな怒んなくてもいいだろ。
作戦会議ぐらいさせてくれよな。
「人は一人で生きるべきだろうが……! 群れているヤツラを見ているとイライラする。楽しそうな顔を見るたび、イラついて仕方がない。どうせ他人なんて足を引っ張るだけの愚図だろうが! だからバラバラのグチャグチャにしてやるんだ。仲間だと思っていた人間に攻撃される……クククッ、群れるヤツラにはお似合いの光景だよ。それを見ているときだけは、俺のイラつきも少しは収まるってもんだ」
一気に捲し立てるイストルティ。
こういう時って何て言うんだ?
なんつうか……お角が知れたっていうのかな。
「イストルティ、お前が一人で生きていくのは好きにすればいい。誰も止めねえさ。だけどお前見てるとなんか……本当は仲間が欲しいのに誰も相手してくれないから仕方なく一人でいる、みたいな感じがするんだよな。心の余裕がちっとも見えてこねえよ」
切羽詰まりすぎだろ。
本当は他人と関わりたいのが見え見えだぞ。
実際お前が一人がいるのが心の底から好きなんなら、俺は何も言わねえよ。そりゃお前の自由だ。
だけど自分が仲間ができないからって他人が仲間を作るの許せないって、そりゃねえだろ。
「お前に限っては、一人でいるのは弱いからだろ。他人といると足を引っ張られる? 本当に強いヤツってのは足を引っ張られようが関係ねえんだ」
「なんだと……?」
「何度でも言ってやるぜ。お前は弱いから一人なんだ。俺は守る力と自信があるからフィーリアや他の仲間と一緒にいられる。お前にはそれがないんだよ」
せっかく強そうな雰囲気醸し出してやがんのになぁ。
そんなことに拘って捻じ曲がってるようじゃ、なんつうか残念だ。
そう思っていると、後ろからつんつんとフィーリアが触れてくる。
なんだ、どうした?
「ちょっとユーリさん。私、別に守られてるだけじゃありませんよ?」
「……はっ、そりゃそうだ。こりゃ筋繊維一本とられたな」
「そんなものをとったつもりは毛頭ありません。普通に一本とらせてください」
普通に一本とらせたつもりなんだが……?
「俺が……俺が弱いだと!? 群れているヤツラより弱い!? そんなこと、そんなことあるはずがないだろ!」
イストルティが何やら喚きだす。
そういや口げんかで勝ったのって久しぶりな気がすんな。
……って、今そんなこと考えてる場合じゃねえか。
「今だっ、行くぜフィーリア!」
今のアイツは明確に隙を見せてくれてる。
それを見逃す俺じゃねえ。
今が好機と見た俺は、フィーリアを抱えて突進を始めた。
「な、何!? 速い! ユーリさん速すぎる……っ!」
「フィーリア、『風神』出してくれ」
「は、はひっ」
答えを噛みながらも、フィーリアは自身の周りに風の女神を纏わせる。
よし、これで多少乱暴に扱っても大丈夫だな。
「ぶん投げるから、怪我すんなよ?」
「……待ってください、ぶん投げる!? 嫌です嫌です!」
「覚悟決めろ! 全部終わったら一緒に筋トレしてやる!」
「ご褒美がご褒美として機能してない! そ、そんなのってなくないですか!?」
悪いなフィーリア、もう時間がねえ。
飛んでけ!
「ひゃああああああっ!」
フィーリアが天井スレスレを飛び、イストルティの背後へと回り込む。
「っ! させるかっ」
そうだろうな、お前は止めようとするだろうよ。
だが止めさせねえ。
「らああッ!」
「チッ……!」
殴りかかりながら、上手いことコントロールルームを背にすることに成功する。
よし、これでフィーリアが追いかけられる心配はなくなった。
「べふっ」
背後からフィーリアの声が聞こえた。
どうやら着地に失敗したらしい。
「ど、どうせユーリさんもこっち側に回り込むなら、私を投げる必要なかったんじゃ……?」
「何言ってるんだフィーリア。それは……たしかにそうだな」
良く考えてみれば、フィーリアって相当強いんだよな。
フィーリアが普通に『風神』を使ってれば、俺のサポートも込みならこういう状態まで持ってくることは充分可能だったような気もしなくもない。
さすがフィーリア、頭が良いな。
「えっ、じゃあ私投げられ損ですか!?」
「ドンマイ、ちゃんと筋トレの約束は守ってやるから元気出せ」
「泣きっ面に蜂じゃないですか! もう知りません!」
そう言ってフィーリアはコントロールルームへと向かっていく。
廊下には俺とイストルティだけが残された。
「さあ、やろうぜイストルティ。こっからは正真正銘のタイマン勝負だ」
「貴様らは本当に、本当におしゃべりが過ぎる……。さしもの俺も堪忍袋の緒が切れた」
元から短気だっただろとか言わない方がいい雰囲気だな。
俺は空気も読めちまうんだ。さすがインテリマッスルだぜ。