193話 鍵がなければ扉は開かない
「ここだな、間違いない」
匂いの元まで辿り着いた俺は、上を見上げる。
高くそびえる放送塔。
名前の通り、辺り一帯に情報を伝えるための塔だ。
上だ、この上から匂いがするぞ。
早速入るか。
放送塔の中へと足を踏み入れる。
廊下には職員と思しき魔人が何人か地に倒れ伏していた。
「全員気絶させられている……いや、これは自分たちでやり合ったのか?」
周囲の状況からそうアタリを付ける。
アイツの能力はたしか『聴覚扇動』……おそらく暴動を起こしたのと同じ要領で、ここの人間たち同士で争わさせたのだろう。
不幸中の幸いというべきか、戦闘の心得のない人間同士だったおかげで死者はいなそうだ。
「はぁ、はぁ……ゆ、ユーリさん速すぎですよ……」
状況を理解したところで、遅れてフィーリアが追いついてきた。
おいおいフィーリア、たった数キロ全力で走ったくらいで息を上げるんじゃない。
こういうのは気の持ちようだぞ、良く考えてみろ。
5キロは3キロと同じ、3キロは1キロと同じ、1キロは0キロと同じだ。
つまりまだ俺たちは走ってさえいないんだぞ。
鍛えればそれがわかる、お前も早く気づくべきだ。
「まあいい、今はそんなことを言っている場合じゃないからな。とりあえず、ここのヤツラは命に別状はなさそうだが……」
「え? あ、うわ、いっぱい人が倒れてる!?」
言われて初めて気づいたのか、気絶している魔人たちに慌てて近づくフィーリア。
おそらく回復魔法で治療してやろうとしてるんだろう。
その優しさはフィーリアの長所だと思うが、今はもっと優先すべきことがある。
「早いとこアイツを止めなきゃならねえ。フィーリアも協力してくれ。『聴覚扇動』の音声を放送に乗せられたら、付近一帯が酷いことになるのは目に見えてる」
それはさすがに非常事態だ。
この際タイマンにこだわってはいられない。
より止められる可能性を上げるために、フィーリアの力も借りたいところだ。
「わかりましたっ」
「うし、じゃあ早速追いかけんぞ。こっちだ、こっちから匂いがするぜぇ……」
この塔の構造が良く分からねえからな、とにかく匂いを頼りに追いかけるべきだ。
この頑丈そうな扉の先からアイツの匂いがプンプンしてやがる。さっさと追いかけよう。
……ん? なんだこの扉、開かねえぞ?
「『関係者以外立ち入り禁止』……? なあフィーリア、俺は関係者か?」
「ユーリさんここ来たの初めてですよね? 関係者だと思いますか?」
たしかにそれはそうだが、俺は今、この放送塔を始点として起こりかねない大規模な暴動を止めようとしてるんだぞ。
立派な関係者じゃないのか……?
とはいえ、どうやら『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙が張られたこの扉には、いくつか鍵がかかっているようである。
どれだけ力を入れて引っ張っても開かないわけだな。
単純な話だ。鍵がなければ扉は開かない。
「んー、これはどうにもならないかもですね……。物理的な鍵も魔道具の鍵も付いてますし、相当厳重です。どうしますか? 回り道するしかなさそうですけど」
「安心しろ、鍵はもう持っている」
自信満々にフィーリアに告げる。
鍵がかかってるとは思っていなかったから力任せに開けようとしてしまっていたが、鍵がかかっているとわかれば話は別だ。
それならば、それなりの開け方というものがある。
鍵がなければ扉は開かない。
それはつまり逆に言ってしまえば――『鍵があれば扉は開く』ということだ。
どうだこの逆転の発想。
これに気付けるものが果たして何人いるか……。
驚いたかフィーリア、これがインテリマッスルだ。
「ユーリさんがここの鍵を持っている理由がまるでわからないんですけど……いや、でもそんなこと気にしてる場合じゃないですね。早く開けちゃってくださいっ」
「おう、任せろ!」
俺は筋肉を解放した。
上着がはじけ飛ぶ。
「んんん……? な、何やってるんですかユーリさん、おふざけしている場合じゃないですよ……?」
「ふざけてなどいるか、これが鍵なんだからな」
「説明を要求します」
「筋肉ってのは世界中のありとあらゆる鍵を開けられるマスターキーだ」
「説明を要求します」
「もう説明は終わったぞ」
頭良いんだから一度で理解しろ。
まあいい、納得できないのなら実際に見せた方が速そうだ。
「おらぁぁぁぁッ!」
『関係者以外立ち入り禁止』という張り紙が張られた箇所に、思い切り拳を叩きつける。
ベコンッと音がして、扉は砕け散った。
それを確認し、フィーリアの方を振り返る。
「ほらな、開いただろ?」
「開いたっていうか砕けましたよね」
なんで呆れてるんだ、おかしいだろ。
開いたか砕けたかなんて些細な差じゃないか。
そんな誤差を気にしても仕方ないぞ。
「まあでも、ユーリさんのおかげで通れるようにはなりました。早く追いかけましょう!」
「そうだな、急ごう」
アイツがどこまで先を行ってるかわからないからな。
もしかしたらもうコントロールルーム間近かもしれないということを考えると、もはや一刻の猶予もない。
俺とフィーリアは全力疾走で廊下を走り始めた。
一階、二階、三階……廊下を走っては、階段を駆け上がっていく。
そして、いよいよ最上階。
長い廊下のその先に、ソイツはいた。
コツコツと必要最低限の音だけを立てながら廊下を歩く、灰色の髪の男。
後ろからしか見えないが、間違いない。この前のアイツだ。
「ピストル拳っ!」
俺はピストル拳を撃ち放った。
この距離なら届くはずだ。
「っ!?」
突然の背後からの攻撃にも関わらず、男は俊敏に反応する。
チッ、躱されたか。
まあいい、その間に距離は詰めることが出来たからな。
「お前は、あの時の……?」
「追いついたぜぇ……!」
おそらくあの一番奥の部屋がコントロールルームってところだろう。
目算あと五十メートルくらいか、ギリッギリで間に合ったな。