192話 友達の輪はなるべく大きい方がいい
開会式の挨拶を終えた俺たちは、闘技場のフィールドを後にする。
いい場所だな、こんなところで戦えるなんて羨ましいぜ。
「さて、じゃあ観戦と行こうか」
「ええ、そうね。楽しみだわ」
「ロリロリも! ロリロリも!」
そんな会話をするガルガドルたち家族。
そしてそれを見守るマリー。
Vipルームへと歩き出す彼らについて行っていた俺は、ふと足を止めた。
「じゃあ、俺たちはここで一旦別行動を取らせてもらうぜ」
「ん? ユーリ君たちは一緒に観戦しないのかい?」
「家族水入らずで過ごしてくれよ。その方がロリロリも喜ぶだろうしな」
ガルガドルもアドワゼルも忙しいから、二人と一緒にいる時間は中々とれないんだろ?
なら、久しぶりの両親との時間はきっと大切にしたいだろうさ。
なあロリロリ?
「ロリロリはなんだって喜ぶぞ! なぜならロリロリは全てを楽しむことが出来るから!」
「ほら、よくわかんねえけどロリロリもこう言ってるし」
「よくわかんないってなんだ! ユーリのしつれいめ!」
いやだって、お前変わり者過ぎて何考えてんのかイマイチ良くわかんねえんだもん。
……おいフィーリア、なんで半目で俺を見る。
まるで「変わり者はどっちですか」とでも言いたげな視線じゃないか。
「おー、正解です」
正解ですじゃねえ。
俺は純粋無垢な筋肉男だぞ。
変わってるところがどこにあるってんだ、まったく。
「そういうことなら、うむ」
おお、納得してくれたかガルガドル。
「ユーリくんとフィーリアさんはどうするの?」
「一般席で見させてもらう」
「もし不慣れでしたら、私がお供しますか?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
アドワゼルとマリーの質問にそれぞれ簡潔に答えると、二人も了承してくれたようだ。
そういうわけで、俺はロリロリたちの元から別れて二人行動をとることにした。
「悪かったなフィーリア、勝手に決めちまって」
廊下を歩きながら、二人きりになったところでフィーリアに詫びを入れる。
特に話し合ったりせずに、思い付きで行動しちまったからな。
もしかしたら怒ってるかもしれない。
「いえいえ、ユーリさんに振り回されるのはもう慣れっこですから気にしてないです」
おお、さすがフィーリア。心が広いぜ。
「それより、この別行動の理由って本当にさっき言ってたので全部ですか? 多分他にもありますよね?」
「……まあ、そうだな。さすが『透心』、隠し事は出来ねえか」
「いや、『透心』を使うまでもないです。私がどれだけユーリさんと一緒にいると思ってるんですか」
「いっぱい」
「急にすっごく頭悪そうな答えやめてください。なんですかその恐ろしくアバウトな答え」
いっぱいはいっぱいだろ。
逆に俺が日数まで覚えてる方が怖くねえか?
だって俺、フィーリアがそんな細かいところまで覚えてたら怖えもん。
「なんでですか! 私は当然覚えてますよっ」
ま、マジかフィーリア!?
怖えよ。なんで覚えてんだよ。
フィーリアは立ち止まると、頬に手を当てながら言う。
「そ、そりゃまあ……わ、私の人生が変わった日ですし?」
「へー」
「もうちょっと興味持ってください、じゃないと泣きます。ぐすぐすずびずび」
流れるように泣き始めるフィーリア。
明らかに泣きまねなのはすぐにわかるが、その泣き真似の仕方が凄い。
泣きまねのジェスチャーもせず、完全に口だけだ。
もはや騙す気もないだろそれ。
なんかとうとう来るところまで来たって感じだな。
「ぐすぐすずびずび、ぐすぐすずびずび……ふひひ」
かと思ったら笑い始めた。
何だコイツ、泣いたり笑ったり忙しいヤツだな。
「まあそれは置いといてですね、この別行動の理由を教えてくれると嬉しいなーって」
再び歩き始めながら、フィーリアはそんなことを言う。
「ああ、そうだな。どのみちフィーリアには説明するつもりだったしな」
さすがにパートナーに何の説明も無しってのは駄目だ。
ホウレンソウは基本中の基本である。
俺はフィーリアに自分の考えを伝えていく。
「まず一個は、vip席は今頃きっと護衛の魔人が沢山いるだろ。まあこんだけ人が多きゃ、魔王に護衛が付くのは当然だが……俺たちのような魔人でもない怪しい人間がガルガドルの近くにいたら、護衛たちはどうしても少しピリピリしてしまうはずだ」
「ああ、そうなると私たちも気疲れしちゃいますもんね。わかります」
「いや、気が高ぶって護衛たちに勝負を仕掛けちまう可能性が出てくる」
「なるほどやっぱりわかりません」
嘘つけ、本当はわかる癖に。
安心しろ、俺とお前は同類だ。俺が保証してやる。
「んでまあ、あと一つはあれだな。あそこの部屋は固く守られてはいるがその分、もしもこの会場にこの前の口笛男が現れた時に、咄嗟に飛び出していくことが出来ない。これの方が理由としちゃ大きいかもな。なにせ大会に出場しない分、できれば俺はアイツと戦いたいし」
これから魔人たちは好き放題暴れ回れるわけだもんな。
そんなの見てたら、俺も暴れたくなる可能性は高い。
善良な一般市民を傷つけないためにも、アイツが来てくれると個人的には嬉しいのだ。
で、その時に護衛たちより先にアイツの元にたどり着くためには、なるべく早く動きだせる場所にいた方が都合がいいからな。
「ありがとうございます、大体わかりました。やっぱりユーリさんって戦闘に関しては頭回るんですね」
「関しても、の間違いだろ?」
「……? ……???」
本気で不思議そうな顔をするな、どういうことだ。
よーく思い出せ。お前と旅を始めてからインテリは見かけないでもなかったが、インテリマッスルは俺くらいなもんだっただろ?
と、そんな話をしていると、観客席の一番奥まで辿り着いた。
手前にズラーッと席が並んでいて、人々がごった返してる。
おお、中々の光景だなこりゃ。これ見てるだけでもテンション上がってくんぜ。
「口笛男のことは現れるかもわからないから置いておくとしても、純粋に大会の観戦も楽しみだぜ。……ああでも、フィーリアはあんまり人が戦ってるのとか興味ないんだったか?」
たしか「エルフは闘争心が薄いから他人の戦いにはあまり興味がわかない種族なんです」みたいなことを、前の魔闘大会の時に言っていた記憶がある。
だからもしかしたら今回も退屈させてしまうかもしれない、とそんな心配をしつつフィーリアの方を見る。
「まあ正直言ってしまうとそういう面もまだあるんですけど、でも今は昔とはちょっと違うというか……勉強になることもあるかもしれませんし、観戦すること自体には賛成だったりします」
おお、そうかそうか。
前向きになったのはいいことだ。
他人から学ぼうとする姿勢は自分の実力を向上させるためには大きいもんな。
お前がそんな風に考えるようになって俺は嬉しいぞ、フィーリア。
「始まって見たら案外楽しめるかもしれねえしな。なにせ魔人は皆強えから、最初から最後までずっとクライマッスルみたいなもんだし」
「そうですね……って、クライマックスみたいなノリで筋肉を織り交ぜた造語作らないでくださいよ。危うく聞き逃すところでした」
「油断も隙もあったものじゃないですね……」と額をぬぐう仕草をするフィーリア。
そんなフィーリアに、俺はズイッと距離を詰める。
「うへぅ!? ど、どうかしましたか……?」
どうかしましたかじゃねえだろ!
俺の鍛えた耳は今の発言を聞き逃してないぞ!
「フィーリア、今お前『筋肉』って口にしたよな? それはつまり、筋肉に興味を持ったってことか!? そうだよな!? おめでとうフィーリア!」
「えっ……? は、発言内容の歪曲が過ぎません……?」
「おめでとう、お前は今日から筋肉友達だ! 実はな、さっきそういうルールを決めたんだ。筋肉と口にした時点でもれなく筋肉友達になるんだよ」
「パンデミック並の感染力じゃないですか! 嫌です嫌ですっ!」
照れるな照れるな。
さあ握手しようフィーリア、新たなお前に乾杯だ。
今この瞬間、フィーリア・ウィンディアは生まれ変わったんだ。
ハッピーバースデー、フィーリア!
「き、筋肉って言葉を口にしても筋肉友達とやらにならないための、予防策や対策はないんですか?」
「ん? なんで防ごうとしてるのかがわからんぞ? そして防ぐ方法もない」
「凶悪すぎるでしょうそれ……」
チッチッチッ、たくましいと言ってくれたまえ。
「ちなみに筋肉友達の近くにいるだけでも筋肉友達になれるぞ」
筋肉に興味を持っているヤツが一人いると、周りも影響を受けて筋肉に興味を持ち出すからな。
これぞ筋肉の輪だ。皆で作ろう筋肉の輪。
「く、空気感染まで……っ! これは由々しき事態ですよ、ユーリさんのせいで人類に新たな不治の病が加わってしまいました」
「恋を超える不治の病か。それもいいだろう」
「なんかそれだといい感じに聞こえちゃうんですけど!」
良い感じに聞こえて良いだろ。だって良いことなんだから。
「よし、じゃあ筋肉友達のフィーリア、観客席で空いている場所を探すぞ」
「それはいいですけど、今後その呼び方を私の呼称にするのだけはやめてくださいね?」
うーん……ザっと見てみるが、空いている席はあまりないな。
大盛況も大盛況だ。
良いことだが、座る場所がないのは少し困るな……っと?
その時、屋根のない闘技場に風が吹いた。
その風が運んできたかすかな匂いに、俺の鼻はピクンと反応する。
この匂い……間違いねえ、アイツの匂いだ!
闘技場の外、この方角は……放送塔の方からか!
「フィーリア、アイツの匂いがした! 行くぞ!」
「うぇ!? え、ちょっ!?」
待ってろよ、今度は絶対逃がさねえからな!
途中で更新期間空きすぎて敵の存在を忘れてしまった人も多そうですが、大丈夫です。私も忘れかけていたので。
180話を軽く読んでくれれば大体わかります。
読むの面倒な人は
・くすんだ灰色の髪を無造作に伸ばした三白眼の男。
・『聴覚扇動』という能力を持っていて、口笛等で生物の戦闘心を煽る音を発することができる。
・魔国で最近起こっている暴動を引き起こしている黒幕的なヤツ
これだけ覚えておけば多分大丈夫なはずです。