191話 赤い糸が繋がったらしい
それから数時間後。
俺は開会式のため闘技場のど真ん中に立っていた。
すでに超満員である観客席からは三百六十度全ての方向からの視線が飛んでくる。
へえ、なかなかどうして悪くないな。
「ユーリ君、君には本当に感謝している。客席を見てくれ、皆ソワソワと逸る気持ちを抑えきれないでいるようだ。今回の闘技場の建設は、そう遠くない未来に魔国の歴史に刻まれるような出来事となるだろう」
「そうなることを願ってるぜ」
そんな会話を交わしてから、ガルガドルがスピーチ用のマイクの前に行き、開会式の挨拶を始める。
国王らしく威風堂々とした佇まいで、身振り手振りを交えて話すガルガドルの姿は壮観だ。
やっぱこういうところではちゃんとしてんだな。
オンとオフの切り替えってやつだ。俺はそういうのあんまできねえから、純粋にすげえと思うぜ。
「それでは君たちも薄々気になっているであろう、魔国の外からやってきた者たちを紹介しよう。ユーリ君とフィーリア君だ」
挨拶の終わり際、ガルガドルが高らかに告げる。
そして、それと共に会場中の視線が俺とフィーリアに集中する。
俺はいくら視線を浴びても平気だが、フィーリアは大丈夫か?
さっき、人前は苦手だって言ってたしな。
もしかしたら怖気づいてるかもしれない。
「やっぱり注目を集めてしまいますか。ああ、私はどうしてこんなに美しいんでしょう。困りました」
勝手に困ってろ。
なんだお前、ノリノリじゃねえかよ。
この視線の中で自分に酔える人間のどこが人前苦手なんだ、説明してくれ。
まあなんにせよ、本番に強くて何よりだ。
これでフィーリアの心配はしなくていい。
俺は俺の挨拶に全神経を注げるわけだからな。
「んっ、んんっ……」
スピーチのための小さな台の上に立ち、喉の調子を整える。
こういうのは最初が肝心だ。
出だしで躓くとそのままグダグダで終わることも少なくないからな。
まず第一声に、自分のベストをぶつける。
挨拶とは戦いなのだ。
……ん? 戦い?
戦いなんだとしたら、俺は自分が持っている一番の武器を使うべきなんじゃないのか?
そうだ、俺の武器と言えば筋肉。
そうか、そういうことだな!?
筋肉に、言葉などいらぬ!
「ふんっ!」
俺はダブルバイセップスを披露した。
これが、俺に出来る最高の挨拶だ。
言語に振り回されているスピーチは二流。言語を巧みに操るスピーチは一流。
そして言語を使わないスピーチこそが、超一流のスピーチだ。
「……ぉぉおおお」
最初は俺の肉体に見とれていたようだが、段々正気を取り戻したらしく、声を上げ始める。
よしよし、いいぞ。中々引き込まれてるみたいじゃないか。
ならこれはどうだ?
「ふんぬっ!」
サイドチェストを決めてみる。
「おおおおおおっ!」
客席から割れんばかりの歓声と拍手が返って来た。
「おお……!」
思わず俺も声が漏れる。
よく考えたら、俺の肉体美が他人にここまで認められたのは初めてじゃないか!?
しかも一人だけじゃなく、ざっと千人近くに!
観客のボルテージと共に、俺の興奮も高まっていく。
俺は幾千のポーズで筋肉を引き立たせ、人々もそのたびに大きな歓声をあげた。
なんだこれは。なんだこれは!
最高のステージじゃねえか! 生まれてきてよかった!
「ふぅ、名残惜しいがここまでにしておくか」
五分後、俺は満面の笑みでスピーチ台を降りる。
本当はあと数時間、いや数日は筋肉を披露し続けたかったのだが、これはあくまで開会式。いわば前座だからな。
進行が滞らないよう、ちゃんと予定通りの時間で収めたぞ。
こういうところ気配りが出来るところがジェントルマッスルなのだ。
「盛り上がってましたねー」
「俺は魔国への移住を固く決意した」
「いやいや、それはやめておいた方がいいんじゃないですか? たしかに盛り上がってましたけど、それは多分皆この闘技場という場所自体にテンション上がってるからだと思いますよ。今なら誰が何をしてもこのくらい熱狂します」
「……なんだと?」
今のはさすがに聞き捨てならんぞフィーリア。
さっきのスピーチで、俺と観客たちとの間にはたしかに筋繊維という名の赤い糸が繋がったんだぞ。
それを愚弄するってのか?
「そこまで言うならフィーリア、今からのスピーチで俺より観客を盛り上げて見せてみろ。それが出来たなら俺の負けだ、お前の言い分を認めようじゃないか」
「んー、やってみます」
そう言うとフィーリアはスタスタと歩いてスピーチ台に乗る。
そして、客席に向かって大きく手を振り始めた。
「おおおおおおおおおおおおっっっ!」
それだけで、割れんばかりの歓声が起こる。
ん? 空耳か? 空耳だな。空耳であれ。
しかし現実は非情だった。
歓声の大きさは明らかに俺の時以上であり、もはや歓声というより地鳴りに近い。
「初めまして魔国の皆さん、私はフィーリアです。今日この記念すべき場に立たせていただけたことは、私としても非常に光栄に――」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
もはやフィーリアの挨拶がかき消されるほどの盛り上がりっぷりだ。
これはもう敗北を認めねばなるまい。
納得はしがたいが……しかし、現実を認めてこそ前に進めるというもの。
それに、何も悪いことばかりじゃないぞ。
場の雰囲気に流されてだろうと何だろうと、たしかに俺の筋肉で喜んでくれたのは事実なわけだからな。それは確実に前進だ。
そして五分後、挨拶を終えて帰って来たフィーリアは、どや顔で俺の隣に納まる。
「私の勝ちでしたねー。まあ仕方ないですよ、私があまりに可愛すぎただけです。ユーリさんは悪くありません」
「たしかに負けた。完敗だ。だが勝ち負けはもはや問題じゃないんだよ。この大人数に俺の筋肉を披露できた、それがなにより大事なことだ。これでこの地にも筋肉ブームが再燃するかもしれないしな」
「そもそも一回でもブームになったことあったんですか?」
「やめろフィーリア、真実は時として残酷なんだぞ」
言葉の刃で心を抉ってくるんじゃねえ。
10月22日(月)にコミック版の1巻が発売されました!
ノリと勢いだった原作に、ノリと勢いが加わってます!
本屋さん等で見かけたら、手に取ってもらえると嬉しいですー!
ニコニコ静画とコミックウォーカーで6話も更新されているのでそちらもよろしくお願いします!