190話 人生とは
会場に入ると、すでに客が入り始めているのが目に入る。
そしてそのままガルガドルたちと共に廊下を進むと、VIP席へと案内された。
客席のさらに上から、個室で闘技場を一望できる特等席だ。
「悪いが、我々は少し挨拶回りをしてくる。その間ここで待っていてくれ」
そう言ってガルガドルたちは部屋を出ていく。
残されたのは俺とフィーリアだけだ。
ああ、そういやガルガドルはこの国の王様なんだもんな。すっかり忘れてたぜ。
やっぱ一国の王ともなると、防犯的な観点からもこういう個室が必要なのかね。
この窓ガラスも頑丈にできていて、ちょっとやそっとじゃビクともしないらしいし。
……ちょっとやそっとじゃビクともしない、か。……戦ってみてえな。
「まさかとは思いますけど、ユーリさん窓ガラスに闘志燃やしてませんか?」
「おお、よくわかったな」
「そんな風に窓ガラスに向かって睨みを利かせてたら誰でもわかります。一応言っときますけど、やめてくださいね? 絶対壊れる未来しか想像できませんし、壊したら弁償じゃ済みませんよ」
「そ、そうか?」
「なんで照れてるんですか……?」
いやだって、絶対壊せるって信頼してくれてるからよ。
パートナーの信頼ってのは、やっぱ心に安らぎを与えてくれるな。
精神の安定を手に入れた俺は、窓ガラス向け勝ち誇った笑みを浮かべる。
「悪いな窓ガラス、お前にいくらメンチを切られようが、もう俺は応じるわけにはいかなくなった。なんせ一つ上の次元に上ったんだからな。悔しかったらお前も上がって来い――俺のいる高みまで、な」
「ユーリさん独り言やばいですね」
見事窓ガラスの挑発をのり超えた俺は、窓ガラス越しに客席の様子を見てみる。
うんうん、中々の集客加減だな。
開会式前にこの感じってことは、始まるころには会場満員になるんじゃねえか?
この盛況ぶりは闘技場の発案者である俺としても嬉しい限りだ。
ガラガラで大赤字、なんてことになったら、さすがに少なからず責任感じるしな。
「責任感が強いのはいいことです」
ウンウンと頷くフィーリア。
コイツ最近当たり前のように心の中を覗いてきやがる。
「最近じゃないですよ、最初からですっ」
そこは絶対に誇るべきところじゃないと思うが。
「だってユーリさん、あからさまに無警戒なんですもん。そんなの覗いてって言ってるようなもんじゃないですかー」
「無茶苦茶な理屈だな」
「普段のユーリさんに比べればまだ常識的な範囲に収まってると思います」
おいおい、まるで普段の俺が常識的じゃないみたいな言い方だ。
やはりフィーリアは少し世間とズレている。
世間一般代表の俺が言うんだから間違いない。
「まあその無警戒が嬉しくてですね、ついつい覗いちゃうわけですよ。やめてほしいなら我慢しますけど……」
「いや、別に困ってるわけじゃないからいい」
隠し事をする気もないしな。
やましいことが何もないんだから、いくら心を覗かれようと平気だ。
俺がそう言うと、フィーリアは顔をパッと明るくさせて俺を肘で小突いてくる。
「ユーリさんも好きものですね~うりうり~」
「やっぱやめてもらうか」
「わっ、うそうそ! 冗談ですよぅ」
こういうときだけ身のこなしが素早いな。
サッと距離を取ったフィーリアは、かと思えば窓ガラスに反射した自分の姿を見る。
そして長い髪をおもむろにかきあげて、なにやら妖艶ぶった表情を浮かべた。
「でも、ユーリさんが無警戒になるのも仕方ないことかもしれませんね。なにせこれだけの超絶美少女エルフ相手には、誰しも心を開いてしまうものですから……」
止まんねえなコイツ。
どうしたお前、絶好調か。
「……」
「どうしましたユーリさん、私に目を奪われてしまいましたか? それも無理もないことです、なぜなら私は超絶美少女エルフ……」
「フィーリアって友達何人いんの?」
「一撃で致命傷を与えてくるのはやめてください。もう少しで吐血します」
吐血は困るな。
せっかくの真新しいピカピカの床を血で汚してしまうのは忍びない。
「床より私の心配してください」というフィーリアの声に聞こえない振りをして、俺は筋トレを開始する。
「こんな時でもトレーニングですか。感心ですねー」
「『筋トレをするために「人」は「生」まれる』と書いて、『人生』。つまり人生は日々筋トレだ」
「聞きなじみのない枕詞ですね。解釈の力任せ感が凄いです」
どうやらフィーリアも感心しているようである。
将来は国語の先生にもなれるかもしれんな。俺の将来は明るい。
それから約三十分後。
国の偉いさん方と話を終えたガルガドルたちがVIPルームに帰ってくる。
俺はちょうど床と天井の往復縦跳びの真っ最中だ。
そんな俺を見て、まず声を上げたのはロリロリだった。
「うわ、ユーリが床と天井をべったんべったんしてる! あはは、すごいな! どうなってるんだ!?」
やはりロリロリはセンスがあるな。
思わず口元が緩むぜ。
「どうだ、凄えだろ? フィーリアなんてこれを見て気味悪がるんだぜ? 信じらんねえよな」
「たしかに気味悪いけど、すっごい変でいいと思う!」
え、気味悪いのは気味悪いのか?
……聞き間違いだろうな。
俺にだって聞き間違いくらい極稀にあるさ。
「あーその、ユーリ君。すまんが君のその動きを見ていると頭が真っ白になってしまうから、一旦止めてもらってもいいか」
「そういうことなら仕方ねえな」
ガルガドルにお願いされて、俺は一旦トレーニングを中止する。
何か話があるみたいだしな。
往復縦跳びが話を聞く態勢じゃねえってのは、さすがに俺でもわかるぜ。
「で、なんだ? 話ってのは」
「これから開会式が行われるのは知ってると思うんだが……」
ああ、ガルガドルが闘技場の真ん中で開会の挨拶するんだろ?
地竜車の中で聞いたから知ってるぜ。
「その開会式で、ユーリ君とフィーリア君にもぜひ参加して挨拶してほしいと思ってな」
「俺たちにか?」
「ああ。魔国を訪れる人間やエルフは今現在ではとても珍しい。だからきっと、我が国の魔人はまだ君たちのような異人種にあまり耐性がないと思うのだ。しかしこれから先人間たちと国交を開こうというのにそれではいけないだろう。だから君たちの姿を見て、皆に慣れてもらいたいのだ。一目見た経験があるのと一度も見た経験がないのでは、持ちうる意識が大きく変わってくるからな。無論、出来たらで良いのだが……」
「そういうことなら勿論いいぜ」
小難しい挨拶みたいなのは出来ねえが、他ならぬガルガドルの頼みだ。
衣食住を保証してもらってるわけだし、そのくらいのことはやってやろうじゃねえか。
「ありがとうユーリ君、恩に着る。フィーリア君はどうかな?」
「私も参加してあげたいのは山々なんですが……私あんまり人前で話すのとか、苦手なタイプなので……ど、どうしましょう」
俺とは引き換えに、フィーリアは少し難色を示しているようだ。
仕方ない、少し背中を押してやるか。
俺の鮮やかな手際を見るがいい。
「そうなのか、そりゃ残念だな。フィーリアみたいな美人が出てきたら、皆喜ぶと思ったんだが」
「私が出なくて誰が出るって言うんですか、ぜひお願いします」
あっと言う間にこの通りだ。
……さすがのちょろさだな。思った通り行き過ぎてちょっと不安になるぞ。
「すげーなユーリ、一瞬でフィーリアをやる気にさせるなんて! どんな魔法を使ったんだ!」
「俺くらいになると、言葉だけで相手にやる気を出させる魔法が使えるんだ」
「えー! ロリロリは驚きを隠せない! ユーリ、さてはすごすぎるのでは!?」
おお、そんなに褒められると悪い気はしないな。
ロリロリ、可愛いヤツめ。
頭を撫でてやろうじゃないか。
「えへへー! どうしたユーリ? きもちいーぞ!」
「いや、なんとなくな」
目を細めて喜ぶロリロリはまるで小動物のようだ。
くそ、可愛いじゃねえかこの野郎。
「ロリロリもその魔法、使えるようになりたいなー!」
「私見で恐縮ですが、ロリロリ様はもう半ばマスターできてますよ、多分」
「へ、そう? マリー、ありがと! 賢いマリーに言われたら、ロリロリなんかそんな気がしてきた!」
「完璧にマスターしてますね、間違いありません」
そんなこんなで、俺とフィーリアは開会式に出席して挨拶をすることになったのだった。
往復縦跳びに違和感を持たなくなったら多分末期です。
10月22日(月)にコミック版の1巻が発売されます!
ノリと勢いだった原作に、ノリと勢いが加わってます!
本屋さん等で見かけたら、手に取ってもらえると嬉しいですー!