19話 訓練と能力
Cランクと認められるために魔闘大会へ出ることを決めた俺たちは特訓を行うことにした。
「さあ、特訓だ!」
子鳥がさえずる朝。ムッセンモルゲスの外の原っぱで、俺とフィーリアは向かい合う。
遮るもののない原っぱには低級の魔物しか出現しないということで、特訓にはうってつけである。
街からかなり離れたところまで来たお蔭で周りに人の影は見えない。
人がいないし見晴らしは良いしで、なんだか開放的な気分になれるな。
ふわりと風が吹き、フィーリアの長い銀髪を揺らす。
「なんでユーリさんに直接魔法撃たないといけないんですか」
風に服をはためかせながら、納得できていないような表情で問うてくるフィーリア。
「そりゃあ人に向けて撃った方が効果が分かりやすいからだ。ぶっちゃけるとフィーリアにはもっと強くなってほしい。魔闘大会にはBランクもでてくるらしいからな。俺は優勝しか狙ってないが、フィーリアはこのままだと決勝トーナメントに残れないかもしれない。そしたら一緒に依頼を受けられないじゃないか」
「……本当は自分の訓練のつもりじゃないんですか?」
ジーッ、と疑り深い銀色の目で見つめられる。
俺はもう学んだ。
こういう時は本心を言うんだ。じゃないと心を読まれてしまう。
「まあ、それもあるな。だけどフィーリアと一緒に依頼を受けたいという思いも嘘じゃないぞ?」
「……まあ、やるだけはやりますよ」
フィーリアは渋々ながらも了承してくれた。
回復魔法が使える人材が仲間にいるというのは心理的にかなり大きいからな。できるかぎり一緒に依頼を受けたい。
まあ、強い奴を見つけたらそんな考え全部吹っ飛んで「コイツと戦いてえ!」だけしか考えられなくなるんだけどな。
「まずは火魔法だ。さあこい!」
「はいはい」
俺は一通りフィーリアの魔法を受けた。やはり魔法を受けるのは良い訓練になる。
それから何発撃てるのかなどの確認をし、模擬戦闘を行う。
といっても俺から攻めることはせず、フィーリアが攻めるだけの簡単なものだ。
これは俺の訓練じゃなく、あくまでフィーリアのための訓練だからな。そこをはき違えてはいけない。
だが戦ってみるとフィーリアは魔法の威力は高いのだが、戦術がまるでなっていなかった。
フィーリアに聞いたところ、格下の魔物としか戦ったことがないらしい。
これではいけないと思った俺は攻撃の当て方を教えることにした。
一度訓練を中断し、原っぱの真ん中で講義を開始する。
「いいか、フィーリア。避ける敵に攻撃を当てるにはどうすればいい?」
「速い攻撃を撃てばいいと思います」
「たしかにそれも大事だな。だがもう一つ大事なことがある。相手の動きを予測することだ。そのために目を凝らせ。相手の動きを先読みできるようになれば、その魔法の威力ならかなりいい線までいけるはずだ」
「予測する……ですか。なるほど」
フィーリアは言われて初めて気が付いたかのように首を縦にコクコクと揺らす。
フィーリアほどの実力なら知っていて当然のことだと思ったのだが……。
才能はあるが、戦闘経験はまだまだ足りないようだ。
「相手の逃げ場を限定するのもかなり有効だ。相手を誘導し、そこに魔法を撃つ、とかな。フィーリアは頭がいいからこっちの方がいいかもしれん」
「わかりました。やってみます」
フィーリアはふんふんと頷いて、俺との模擬戦闘を再開する。
かなり動きは良くなり、動作に意図が見えるようになってきた。
やっぱりフィーリアは頭がいい。この調子で行けば大会までには一回り強くなっているはずだ。
「はぁっ、はぁっ。もう魔力切れです……」
フィーリアが倒れこむ。
まだ特訓を開始してから二時間しか経っていないのにも関わらず、足はぷるぷると震えている。
まるで生まれたての小鹿のようだ。
「じゃあ今日は終わりにするか。明日もやるぞ」
「なんで息さえ切れてないんですか……」
「日々の修行量の違いだな」
「くっ……悔しいけど言い返せません」
フィーリアは悔しそうに顔を歪めた。
なんだかんだ言いながらも、いつの間にかやる気になったようでなによりだ。
今日の訓練を終えたフィーリアは、ゾンビのようにふらつきながら宿へとたどり着くなりベッドに突っ伏してしまった。
一応生活魔法で身体と服を綺麗にしてはいるものの、ベッドに体を預けてピクリとも動かない辺り、フィーリアの疲労具合が窺える。魔力をほぼ空にしてしまったことも原因なのだろう。
回復魔法は怪我の治療に特化した魔法のようで疲労を癒す効果はそこまでないらしく、フィーリアは回復魔法で疲労を取り除いているうちに魔力枯渇に陥ってしまったのだ。
「疲れました。もう一歩も動けません……」
「お疲れ。お前は休んどけ」
俺は身体を小刻みに震わせているフィーリアをおいて外に出る。
別に遊びに行くわけではなく、食料を買いにいかなきゃならないからだ。
一人で街を歩いているのがなんとなく変な気分だ。
今までほとんどフィーリアと一緒に行動していたからだろう。
ムッセンモルゲスに来て数日。ここらで街を観察してみてもいいかもしれない。
アスタートではフィーリアは俺が筋トレしている間に外に調べ物をしに行ったりもしていたようだが、俺は一人で街中を見回る機会に恵まれなかったからな。
「この街もそこそこ活気があるんだな」
今までは目がいかなかった周りの景色に目が移る。
通りには様々な店が軒を並べ、店主が大きな声を出している。
人々は並んだ商品を買ったり食事を済ませたりどこかへ向かっていたりと様々だ。
人の流れをしばらくぼーっと見ていた俺は、部屋でフィーリアが死にかけているのを思い出す。
……やばい、フィーリアが待ちくたびれてるかも。
近くにあった商店で手早く買い物を済ませた俺は急いで宿に帰ろうとする。
一刻も早く帰ろうと背を向けて歩き出した俺の肩を、誰かがポンポンと叩く。
「お客さんっ! 買った物忘れてってどうすんのさ」
そこには手が浮かんでいた。
店の奥にいる店主の右手首から先がないことから考えて、これは店主の右手のようだ。
明らかに身体から離れているにもかかわらず、右手は実になめらかに動いている。
正直少し不気味な気がするが、店主は特に気にする様子もない。
「……ああ、そうだった。ありがとう」
俺は礼をいい、自分用に買った腰の次元袋に商品を入れて宿へと帰ったのだった。
「――ってなことがあったんだ」
食事をしながらフィーリアに先ほどの出来事を語る。
起きあがれるくらいには回復したらしいフィーリアは、プルプルと腕を振るわせながら食事を口に入れている。
「それがどうかしたんですか? 別に変なところはないと思いますけど……」
モグモグと咀嚼した後食べ物を呑みこみ、口の中を空にしてから疑問を呈してくる。
こういうところはちゃんと上品なんだよな。
「いや、右手が浮いてるとかどう考えてもおかしいだろ。あれって魔法なのか? だとしたら何魔法なんだ?」
俺は思ったことをそのまま口から出す。
右手が切り離されても動かせるとか、どういうことだよ。
そんな魔法は聞いたことがなかった。俺の筋肉魔法でも再現不可能な事象だ。
そんなことを、戦闘さえしたことがなさそうな店の主人ができると言う事実。それが俺には引っかかったのだ。
俺の質問を聞いたフィーリアはすっとんきょうな顔で首をひねった。
「えっ。……まさかユーリさん能力について何も知らないんですか?」
「能力? なんだそれは。知らない!」
「なんでそんなに自信満々なんですか」
呆れたような顔をしながら俺に説明をしてくれるフィーリア。
「『能力』っていうのは、その人固有の体質や特殊能力の事です。基本的に一人一つですが、双能持ちと呼ばれる二つの能力を持っている人も世界には一握りいると言われていますね。代償は魔力だったり体力だったり、そもそも代償が必要なかったりで、能力によっていろいろです」
「そんなもんがあったのか。……ん? じゃあフィーリアが心を読めるのも能力のおかげなのか?」
「そうですよ。たしか最初にそう言ったはずなんですけど」
そんなもん覚えてるわけないだろ。
インテリの俺にだって無理なことくらいある。
「そうだったのか。それにしては今まであまり見る機会がなかったが……」
俺が他人に意識を向けていないことも一因だったかもしれないが、それにしてもあまり他人の能力とやらを見た記憶がないぞ。
「稀に能力を持っていない人もいますからね。そういう人たちは『無能者』という蔑称で呼ばれることもあります。余談ですが、ユーリさんのように魔法が使えない人も無能者と言われますね」
フィーリアが複雑そうな顔で告げる。
「なるほど」
俺はそれに軽く相槌を返した。
俺も魔法を使えないから無能者か。
俺は蔑称など気にしない。そんな呼び方してくるやつよりも俺の方が強いのは分かりきっているからな。
……いや、というかそもそも俺は筋肉魔法を使えるぞ。あれはれっきとした魔法なはずだ。
まあどのみち能力など持っていないから無能者であることに変わりはないが。
「あとは、能力が戦闘には使えないものだったり、条件付きの能力とかだったりですかね」
「あれか? 例えば前者は本を一瞬で読める能力で、後者は夜だけ身体能力が上がる能力……みたいな感じか?」
「そんな感じです。こればっかりは何の能力になるかは運なので、努力ではどうしようもなりません。後天的に得ることも不可能です」
俺も何か能力が欲しかったな。
『全身の筋肉が肥大化し続ける能力』とか、中々面白そうだ。
フィーリアが俺の心を読み取って眉をひそめる。そんなに嫌がらなくたっていいだろう。
「世間の度肝を抜く発想ですね」
「俺の発想力は凡夫とは一線を画すからな」
「主に悪いほうになのが玉に瑕ですけど」
「……」
言い負かされてしまった。
フィーリアは「ふふん」と勝ち誇った顔でこちらを見ている。……気に食わねえ。
俺はプルプルと震えているフィーリアの細腕に軽く触れてやった。
「えいっ」
「~っ!」
俺が肌に触れた瞬間、フィーリアの腕がびくりと跳ねる。そして声にならない悲鳴を上げた。
思った以上の反応に俺の方が思わず驚く。そんなにギリギリの状態だったのか。
「ひどいっ! ひどすぎますよっ! ユーリさんは悪魔ですっ!」
「わ、悪かった」
怒らせてしまった。怖い。
目に涙を溜めながら恨みがましく俺を睨むフィーリアに、謝らざるを得ない俺だった。




