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185話 何事にも限度はある

コミカライズしました! 詳しくは後書きで。

間隔が空いてしまったので軽いあらすじ

・ユーリとフィーリアが魔国につく。

・最近の騒動の黒幕っぽい男を見つける。

・闘技場を作る。

・今日は修練場で訓練、ロリロリは遅れてくる。

こんな感じです。

 フィーリアから少し離れた場所で立ち止まった俺は、少し頭の中を整理してみる。

 先ほどのフィーリアとの会話で気づいた。

 今よりも強くなる――そのために必要なことは、頭でもなく心でもなく、筋肉で物を考えることだったのだ。

 筋肉は賢い。俺と共に莫大な量のトレーニングを積んできた我が筋肉たちならば、戦闘時における判断も俺と同じように下せるはず。

 今まで己の意思だけで動かしていた身体を、これからは俺と筋肉で動かす。つまりパワーは二乗される。それがつまりどういうことかっていうと、超強くなるってことだ。


 無論不安点もあった。

 筋肉とのコミュニケーションがうまく取れておらず意思の疎通ができていなければ、身体が言うことを聞かなくなり逆に動きが鈍ってしまう可能性もある。

 しかしそんな心配は考慮するまでもない。いつだって前進にはリスクが付き物だ。それを恐れていては新しいことに挑戦なんて出来ない。


「……ふぅ」


 前進の力を軽く抜き、瞼を閉じる。

 思い返されるのは掛け替えのない思い出たち。

 筋肉だって一通りじゃない。最初から馬が合う筋肉もいれば、長い時間をかけてやっと理解できた筋肉もいた。だがその全員と俺は心を通わせてきた。

 これまで片時も離れず共に歩んできた俺と筋肉の間には、強固な絆が結ばれている。

 大事なのは筋肉を信じてやること。さすれば筋肉は裏切らず、応えてくれる。


「フィーリア、風神を使って風魔法を撃ってきてくれ。本気で頼む」


 目を開けてそう告げると、フィーリアはさっきまでとは違う神妙な顔をしていた。

 俺の雰囲気を見てその真剣さが伝わったのだろう。


「言われれば撃ちますけど……気を付けてくださいね?」

「ああ、わかってる」


 心配してくれるフィーリアにそう答えると、すぐにフィーリアの周りに魔力が集まりだした。

 フィーリアを包むようにして形成された巨大な人型の風塊。それが俺へと拳を振り下ろしてくる。俺はそれを真正面から受け止める。

 繰り返して鍛えられ続けてきた俺の筋肉たちは、俺の意思を十全に理解していた。

 筋肉が固さを増してゆく。鉄を超え、鋼を超え、未知の領域まで。


「おお……」


 思わず声が漏れた。

 身体に傷一つない……つまり風神の攻撃を無傷で受け止め切れたってことだな。

 これは大きな進歩とみていいだろう。

 思わず頬が緩んでしまうのも無理もなかった。

 自分の身体の状態を確認した俺の視線は自然とフィーリアの方へ向く。

 フィーリアの髪を風神の残滓が靡かせている。俺と視線が合うと、フィーリアはニッと笑う。


「ユーリさんが微笑むなんて、成功したのがよほど嬉しかったんですね」

「それもあるが、頭の中で筋肉が笑いかけてくれたような気がしてな」

「想像したくない光景です……」


 なぜか目の前のフィーリアがヒクヒクと頬を痙攣させる。

 おい、なんだその顔は。そんな顔されると出かかった感動の涙もすっかり収まってしまうだろうが。

 この感動が伝わらないとは驚きだ。フィーリアにはもう少し人に共感できるようになってほしいものであるが……まあいい、とにかく成功は成功だ。

 この技術を上手く使えば……そうだな。


「この感じだと、心臓が止まった時に心筋が自分の意思で動いて鼓動を再開させるくらいならできそうだな」


 万が一俺の意識が無くなっても、筋肉が考え行動してくれるだろう。心強い味方が出来た気分だぜ。

 なあ、フィーリアもそう思うだろ?


「とんだホラーですね。こわ……」

「引くんじゃねえ。怖がるな、憧れを持て」

「高度な柔軟性を持ちつつ前向きに検討します」

「その気ゼロじゃねえか」


 やっぱ変わってんなコイツ。

 変人ってフィーリアみたいなヤツのことを言うんだろうなぁ。


「……まあいい。これを見ればフィーリアもそんな口は叩いていられなくなること間違いなしだからな」


 俺はフッフッフッと不敵に笑う。

 悪いがフィーリア、お前のその余裕の態度もそこまでだぜ!


「聞いて驚くなよフィーリア。類まれなる知能を持った俺は、すでにこの技を応用した技までも思いついているのだ」


 それを聞いたフィーリアは顔色を変えず、まるで祈るかのように胸の前で手を組みだす。


「神様、多くは望みません。どうかまともな技で、人間の範疇に留まる感じのまともな技でありますように」


 その祈りの内容を聞く前に、俺は新たな技術を披露した。


「踊る筋肉だ。見ろ」


 身体の制御を放棄し、俺は身体の力を抜く。そのまま床に腰を下ろす。

 するとどうだろう、筋肉たちが好き勝手うねうねと動き出したのだ。


「ひぃ!?」


 フィーリアのいる方からフィーリアのような声で叫び声みたいな音が聞こえた気がしたが、俺の聞き間違いだろう。

 まるで軟体動物のようにぐにゅぐにゅと動き続ける俺の身体。

 その光景を見ながら俺はある種の父性のような気持ちさえ感じていた。

 例えるならばまさに子供が元気に歩き回っているのを見守る父親だ。

『筋肉というのは我が子のようなものだ』とはよく言ったものだな。誰の言葉だったか。ああ、俺か。


「どうだフィーリア、度肝を抜かれただろう。まあ当然だな」


 俺は満面の笑みで、腰を抜かして項垂れているフィーリアに声をかける。

 ……ってあれ、なんで腰抜かしてんだ?


「うぅ、たったひとつの望みさえ打ち砕かれるなんて……。無慈悲すぎる……」

「……? 感動や興奮ならわかるが、落ち込まれるのは予想外なんだが」


 よくわからないまま筋肉たちの放牧を止め、自らの意思で立ち上がる。

 腰を抜かしていたフィーリアに手を差し伸べてやると、フィーリアは「ありがとうございます」と手を取って立ち上がり、この上なく真面目な口調で俺に告げた。


「とりあえず忠告しておきますが、これは人前ではやらない方がいいですね」

「なんでだ?」

「見た人が泡を吹いて倒れます。最悪死にます」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」


 酷いじゃないかフィーリア。俺はただ地面をうねうねと這いずり回っているだけだというのに。


「子供が公園で遊んでいるようなものじゃないか。なんで怖がられるんだよ」

「ユーリさんがうにゅうにゅしているのを見てそんな風に思う人は一人もいません」

「なっ……!?」


 絶句する俺に続ける。


「今のに耐えられるのは、長い間ユーリさんと一緒にいる私くらいなものです。なので、金輪際封印しましょう」


 真面目な顔でそう告げるフィーリア。

 その顔と言動で、俺はフィーリアの言わんとしている本当の意味に気が付いた。

 そうか、なるほどなるほど……。


「……仕方ない。口惜しくはあるが……これだけ素晴らしい技だ、フィーリアが独占したくなる気持ちもわかる」

「ちょっと待ってください、それはどういう勘違いですか」

「わかったよフィーリア。この技はお前に捧げよう」

「絶対わかってない。この人絶対わかってない!」


 他ならぬフィーリアの頼みだ、仕方がない。

 そんなに俺の子供たちの自由気ままな姿が気に入ってくれたというのなら、この姿はお前だけにしか見せないことにしようじゃないか。そこまで好意的に思ってもらえて俺も嬉しいし。

 さっきまでの反応は好意の裏返しだったなんて相変わらず素直じゃないヤツだが、それがフィーリアだからな。

 俺はパートナーの気持ちを理解することに勤める男だ。だからそんなに必死に声を荒げなくていいんだぞ。


「安心しろ。人前では披露しない分、お前が寝るときは毎日傍でうねうねしててやるから。な?」

「ひやぁぇぇ!? 新手の脅し過ぎる! 私の正気を削る気ですか!」


 高速で頭を横に振っている。どうやら照れ隠しというわけでもなさそうだ。

 ということは……どういうことだ?


「あれ? 喜んでもらえると思ったんだが……ああ、これが噂に聞く『女心と秋の空』ってやつか? 女の気持ちと秋の空模様は同様にとても移ろいやすいという……なるほど、やっぱりフィーリアも女なんだな」

「うーん、もうそれでいいです。余計なことを言うとまた勘違いしてしまいそうなのでお口チャックしときます。とにかく、さっきのは人前で使っちゃだめですよ。わかりましたか?」

「ああ、わかったよ」


 まあフィーリアがそう言うのなら仕方ない。

 一つ目の技術の副産物のようなものだったし、心が安らぐこと以外には使い道も対して思いつかないからな。


「ふう……」


 俺の承諾を得たフィーリアは額の汗を拭うような仕草を見せる。


「これで一安心ですね。なにせ子供に見せたら精神に異常をきたしかねない光景でしたから」

「一応言っておくが俺の筋肉にそんな効力はないぞ。どんな禁忌魔法だそれは」

「万が一ですよ、万が一。ロリロリちゃんとかに何かあったら大変ですからね」

「フィーリアって心配性だよな」


 どんな万が一なんだよ。あり得ないだろ。




 それから数時間経ち、今日の修業は終えることにした。結局ロリロリは来なかったな。

 それはともかく、だいぶ身体の動かし方のコツもわかって来た。

 筋肉が考えていることと俺の考えていることが噛み合った時の力は凄いものがある。この感覚がズバリ確かな手ごたえってやつなのだろう。

 だがそれとは対照的に、フィーリアの表情はあまり優れない。

 話しかけてみようかと思った矢先、フィーリアの方から声をかけてくる。


「やっぱり私って心配性なんですかね?」

「ん? そりゃまあ、どちらかと言えば」

「やっぱりそうですか」


 そう言うとフィーリアは少し困ったような顔をする。


「正直言うと、もう少し何事に対しても素直に生きていきたい気持ちはあるんですよね。でもこればっかりは生まれ持った性格もありますからねー。難しいかなーって思ってしまって」

「フィーリアはいつも他人の目のあるところでは礼儀正しくしているが、その分理性で本能を抑え込むことも多そうだしな。……もし何か溜めこんでいるなら相談に乗るぞ?」


 相談に乗るのは当然だ。

 パートナーとして助けになれるならそれ以上のことはないからな。

 だがそうは思わなかったらしいフィーリアは俺に向かって小さく微笑む。


「……なんだかんだ優しいですよね、ユーリさんって。ユーリさんのそういうところ、私好きです」

「そういうところと筋肉が好きの間違いだろ。おっちょこちょいだなフィーリアは」

「折角上がった好感度を即座に投げ捨てるのはやめてください。ユーリさんはおろかです」


 相談に乗ろうとしたら愚か者扱いされた。つくづくこの世は不思議で満ちている。

 新たに生じたこの世の不思議は置いておくことにして、もっと素直に生きたい……か。


「まああれだ、とりあえず素直に生きる練習をしてみたらどうだ?」

「素直に生きる練習、ですか?」

「幸いここには俺とお前しかいないからな。誰にも見られる心配はないし、本能の赴くままに行動してみればいい」

「そ、そんなこと急に言われても、どうしたらいいか……」


 眉を八の字に曲げるフィーリア。

 好きなことを好きなだけすればいいだけだと思うのだが……それさえ難しいのだろう。難儀なヤツだ。仕方ない、少し手助けしてやるとするか。


「俺に任せろ。本能のままに生きるのは俺の得意分野だからな。アドバイスをやろう」

「おお、ユーリさんが珍しく頼りになりますっ」

「珍しくは余計だぞ」


 そこで言葉を切り、俺はフィーリアの顔の前で人差し指をピンと立たせた。


「いいか? ――赤ん坊だ、赤ん坊になりきれ」

「赤ん坊……?」

「そうだ。赤ん坊は本能だけで生きているからな。赤ん坊の真似をすれば、フィーリアもきっと理性を捨て去ることが出来るはずだ」

「な、なるほど……! わかりました、やってみますっ」


 言葉であれこれ言うよりも、赤ん坊という具体的な例を挙げた方が簡単だろうからな。

 一度本能を解き離して素直になってしまえば後はこっちのものだろう。最初の一歩としては赤ん坊の真似は完璧だ。

 さすがインテリマッスル、今日は一段と頭が回っている。

 自画自賛する俺の前で、フィーリアが床に寝転がる。そして身体を丸めて声を上げ始めた。


「ば、ばぶー、ばぶー。おんぎゃあー、おんぎゃあー」

「……」

「お、おんぎゃあー。おんぎゃあー……だぁー……」

「……」

「急に無言になるのだけはやめてもらっていいですか。私の声だけ響いてめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」


 顔を真っ赤にしたフィーリアが抗議してきた。


「……ごめんな」

「謝られると余計に傷つきますよ!? というかそんなに酷かったですか!?」

「振り切っていればまだ見れたと思うんだが……中途半端に理性が残ってる感じがこう、見てられなかった。すまん」

「ぐふっ! ひ、酷くないですか……? 泣きますよ? 泣きますからね?」


 極度の羞恥心からか、その言葉の通り目には涙が浮かんでいる。

 酷なことをさせてしまった。

 というかなんだ赤ん坊の真似って。意味が分からん。どこの誰が考えた。絶対馬鹿だろそいつ。


「まあ何と言うか、いくら本能を晒け出すにしても赤ん坊の真似はナンセンスだったな。今回のことでよくわかった。何事にも限度ってあるよな」

「うぅぅ……ユーリさんがやれって言ったのにぃぃ……!」


 頬を依然赤く染めたまま、フィーリアが俺にジト目をくれる。

 新技も思いついたし有意義な時間だったが、最後にフィーリアの気分を損ねてしまったようだ。

 しばらく恨みがましい目でこちらを見た後、その場にとすんと腰を下ろす。そして口を尖らせたまま言ってくる。


「ふんだ、もう歩きませんからね! 楽がしたい、楽がしたいです! 私を部屋までおんぶしてつれてってください!」

「なんだそりゃ。……まあいいが」


 悪かったという反省の気持ちもあるし、大人しく背負ってやることにする。

 そしてそのまま修練場を後にした。




「うへへ、極楽極楽ー。今日も一日いい日でしたねー」


 部屋までの廊下。

 フィーリアは首に腕を回し、顔をくびの裏に寄せてだらしない声を出す。

 先ほどまで口を尖らせていたのと同一人物とは思えない声だ。

 ……良く考えると、コイツ俺よりよほど素直に生きてるんじゃないか……?


「あーあー、聞こえない聞こえないー」

「心の声聞いといて聞こえないは無理だろ」

「ありがとうございます。てへっ」

「会話になってねえぞおい」

「すぅー……むにゃむにゃ」

「ここにきて狸寝入りとか、無茶苦茶するなお前……」


 俺が相談に乗るまでもなかったような気がしてきたぞ……。

 たしかに人前では抑え込んでいるものもあるのだろうが、俺の前でこれだけ好き放題出来るやつはもう充分素直だと思う。

 というかこれ以上素直になられたら困る。頼むからそのままでいてくれ。


 そんなことを思っていると、前から小さな少女が歩いてきた。

 歩き方だけでわかる、飛び跳ねるようなあの溌剌とした歩き方は間違いなくロリロリだ。


「ようロリロリ、遅かったな。もう帰るとこだぞ」

「ごめん! 結局ロリロリは間に合わなかった! めんぼくない!」

「まあしょうがないだろ。そういう時もある」


 そんな会話を交わすと、ロリロリが突然キョロキョロと首を回しだす。

 コイツの行動はいつも突然だが、その分見ていて面白い。

 そう思っているとロリロリが尋ねてくる。


「なあなあユーリ、フィーリアはどこだ? 修練場に置いてきちゃったのか?」

「ああ、フィーリアならここだ」


 ロリロリの小さな背丈では俺のでかい背中に隠れてフィーリアが見えなかったのだろう。

 俺はくるりと体勢を入れ替えてフィーリアを見せてやった。


「あ、ロリロリそれ知ってるぞ、おんぶって言うんだ! ちっちゃい子がよくされてるやつ!」


 さすがロリロリ、思ったことをそのまま言っちまいやがる。一番素直なのはお前かもな。

 ともあれ、ロリロリの言葉にバツが悪くなったフィーリアは助けを求めて俺を見てくる。


「ゆ、ユーリさん、こういう時なんて言ったらいいかわかります……?」

「ばぶーって言ったらいいんじゃないか?」

「あ、そ、そういうこと言うんですね!? ならユーリさんがばぶーって言ってくださいよ!」

「意味が分からねえ」

「うわあああ、二人を見てたらロリロリもおんぶしたくなってきたぞー! よし、ユーリはロリロリの背中に乗ることを許す! さあ乗れ!」

「いくらなんでもそりゃ無理だろ……」


 廊下でそんな会話をしながら今日も一日は過ぎて行くのだった。

ニコニコ静画さんとコミックウォーカーさんで『魔法? そんなことより筋肉だ!』のコミカライズが始まりました!

応援してくれている皆様のおかげです! ありがとうございます!

毎月24日11時に更新されるので、漫画版もどうかよろしくお願いします!

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