183話 闘技場完成
三日後。
「おおー」
俺とフィーリアは、ガルガドルが作り上げた闘技場を見上げていた。
「まさか三日で作りあげちまうとはな」
「我にかかれば、というところだな」
心なしか自慢げに胸を張っているようにも見える。
まあ、そうしたくなる気持ちもわかるが。
魔闘大会の時の会場と同じくらいにでかいもんな。意匠に凝った繊細な造りではなく男気溢れる武骨な造りだが、それでもこの規模を三日で作るのは簡単なことじゃない。
「ユーリ君とフィーリア君には感謝している。今回の闘技場の建設は国の中でもかなり話題になっているようだしな。今後の推移を見て行かぬことには何とも言えぬが、とりあえず今はすこぶる評判だ。さっそく大会も開くことを決めた」
「へぇ、いつなんだ?」
「三日後だ」
三日後か……。
予定じゃ俺たちが王都に帰るのが二日後だったな。ってことは、大会を見ることなく帰国することになる訳か。
チラリとフィーリアの方を向く。
俺の視線にフィーリアは少し呆れ笑いを浮かべてコクリと頷いた。
「じゃあ折角ですし、その日までいることにしましょうか」
「おお、フィーリアが賛成してくれるなら文句なしだな」
「いいのか? 君たちの当初の出立の予定日を過ぎてしまうが……」
「一回くらいは戦いの様子も見ておきたいしな。そんなに遅れるわけでもないし、許容範囲内だ」
魔人たち同士のガチンコバトル。
くぅ……! 出たい、出たいが……駄目だ!
溢れんばかりの気持ちを必死で自制する。
参加したいのは言わずもがなだが……記念すべき初回大会に部外者の俺が出るのはさすがによろしくない。
よそ者の俺が優勝して下手に盛り下がりでもしたら、今後の大会の存続に影響が出るかもしれないからな。
ジェントルマッスルな俺は周りに気を遣い過ぎてしまうのである。
「やっぱ俺って大人だなぁ。やれやれ、大人も楽じゃないぜ」
「大人ぶりたい年頃なんですね、わかりますわかります」
おお、フィーリアもわかってくれるか。さすが我がパートナー。
なんとなく微笑ましげな声色なのは気になるが。
それから数時間後。
闘技場から魔王城へと帰ってきた俺たちは、自室で軽く言葉を交わす。
話題は王都に帰るのが遅れることについてだ。
「王都に帰るの、予定より少し遅れちゃいそうですね。きっとアシュリーちゃん心配してますよね。心が痛みます……」
ベッドの上で軽く胸を抑えて儚げな顔をするフィーリア。
こうして見るとやはり美少女である。最近めっきり忘れてたけど。
ともかく、パートナーが落ち込み気味なのだ。ここは励ましてやるべきだろう。
「いや、どうかな。アシュリーは割り切りも良さそうだし、案外俺たちのことなんか忘れて平気でやってるんじゃないか?」
「それはそれで悲しい……」
……どうやら逆効果だったようだ。
ただでさえ少ない知り合いにも心配されないのはさすがに辛いらしい。
肩を落としてズーンと落ち込むフィーリア。
別に本当にアシュリーが落ち込んでいないと決まったわけじゃないのに、コイツは変なところで俺の言うことを真に受けすぎる傾向があるよな。それだけ俺を信頼してくれているということなのかもしれないが。
「まあともかく、この三日間で俺も身体を鍛え直す。もしよかったらフィーリアも一緒にどうだ」
「もちろん遠慮します」
「もちろんなのか」
「もちのろんです。……というか、なんで鍛え直す必要が? 大会には出ないんですよね?」
訝しがるフィーリア。
そんなフィーリアに、俺は真面目な顔で答える。
「……アイツが来そうな予感がするからな」
「アイツ?」
「あの笛吹いてたやつだよ。なんか物騒なこと言ってたし、来てもおかしくねえだろ?」
言っていることはよく理解できなかったが、かなり危険そうだったのは一目瞭然だったからな。
これまで各地を旅した経験からか、段々とヤバいヤツがわかるようになってきた。アイツは完全にその同類である。つまり、近々何か問題を起こす可能性がかなり高いと見ていい。
「その時のために新技でも考えたいなと思ってよ」
「是非とも来ないでいただきたいところですね。面倒事は全力で回避したいお年頃なので」
心底嫌そうな顔で告げるフィーリア。すごいな、やる気というものが微塵も感じられない顔だ。
目に一切の光がない。
「年頃とか関係なく、フィーリアって子供のころから常に面倒事を回避することに全力を注いでそうだよな」
「ピンポーン、正解です。ぱちぱちぱちー」
正解してしまった。
拍手されても全然嬉しくねえぞ。
どういう顔をしていいかわからず黙っていると、なぜかフィーリアがふふん、と得意げな顔に変わる。
「あ、もしかして私に見惚れてます? 困るなぁー、もー」
「困ってるのは俺の方だ」
まったく、相変わらず調子の良いヤツだよ。
「俺がお前に見惚れてるとかいう冗談は置いておいてだな」
「冗談じゃないんですけどねー」
「フィーリアはもっと物事に積極的になった方がいいぞ。その方が色々と経験も積めるし」
「んー、そうなんですかね。私って日常が幸せなタイプなので、それを崩してまでどうこうしたいっていう欲があんまりないんですよねー」
たしかにフィーリアってそんな感じだよな。
まるっきり無欲というわけでもないんだが、美味しいご飯と気持ち良い睡眠がとれれば人生幸せって感じの人生観な気がする。
「美味しいご飯とふかふかのベッドがあればそれで充分ですし」
ほらな? フィーリアの考えていることなどお見通しなのだ。
ただまあ、そんなフィーリアに対して俺も要望が無いでもない。
「まあ、フィーリアがいいならそれでいいが……個人的な思いを言わせてもらえば、お前は外面が良すぎる。もっと問題を起こせ。周囲に敵を作れ。身を狙われろ」
「無茶苦茶言いだしましたね。身を狙われるのなんて嫌ですよ」
「安心しろ、尻拭いは俺に任せてくれればいい。お前のことは俺が絶対に守ってやる」
その自信がなきゃこんなことは言いださない。
フィーリアが何かしらで他人から目をつけられれば俺も戦う機会が増えて、ひいては強くなることができる。
今でもその見た目で充分周囲の注目は集めているが、さすがにいくらとんでもない美人が歩いてるからって即座に襲い掛かってくるようなモラルの崩壊した人間は滅多にいないしな。
「どうだフィーリア、完璧な作戦だろ? 考えてみる価値はあると思わないか? ……フィーリア?」
「尻拭い……へ、変態さんじゃないですか!」
おい待て、なんで顔を赤くしてんだお前。
多分変態なのはお前の方だぞ。
何度かわざとらしくコホコホと咳をした後、「そ、そもそもですね」と前置きしてフィーリアは言う。
「私、周囲には完璧に見られたいタイプなんですよ。だから問題起こすとかあり得ないです。他人にちょっとした迷惑をかけちゃうのでさえ申し訳なってしまうタイプなので」
「俺は結構迷惑をこうむってる気がするんだが……」
「……え?」
おい、なんだそのキョトンとした顔は。
迷惑かけていた自覚がないのか?
まあたしかに俺の方が迷惑をかけているのは事実だが……と考える俺だが、どうやらフィーリアが間の抜けた顔をしたのはそういう理由ではなかったようだった。
蒼い瞳を俺に向け、あっけらかんと言い放つ。
「いや、だってユーリさんってもう身内みたいなもんじゃないですか」
「ふむ……それもそうか?」
思わぬ角度からの意見に、フィーリアの顔を凝視しながら俺は考える。
言われてみれば、たしかにそうかもしれないな。
俺もフィーリアが他人かといわれると首を捻りたくなる。
たしかに血縁関係があるわけでもないし子供の時からずっと一緒にいたわけでもないのだが、一緒にいてこれほど警戒心を持たなくて済む相手もいないし、そうなるともう身内と言っても差し支えないのかもしれない。
ジッと見つめあう俺とフィーリア。
しばらくそのままでいると、ピコンッ、とフィーリアの頭に電球が浮かんで、何か思い浮かんだ顔のフィーリアが距離を詰めてくる。
「もしかしてユーリさん、今の私の発言にドキッと来ちゃってたりして? ねぇねぇ、ドキドキしてます?」
最初は俺をからかうようなドヤ顔を浮かべていたフィーリアだったが、距離が縮まるごとにその余裕はなくなっていき、身体が触れあう距離まで近づいてきたころにはむしろフィーリアの方が赤面していた。
そんなフィーリアは、チラリと上目遣いで俺を見てから意を決したように言う。
「……た、確かめてみちゃいますねっ」
そう言って俺の胸に顔を近づけ、耳を当てる。
――そして途端に表情を曇らせた。
「……あれ? ぜ、全然ドキドキしてない!? そ、そんな! 私がこんなにドキドキしてるのに、おかしくないですか!」
「近づいてくる時のドヤ顔がなければしてたかもな」
「うわぁ、やらかしました……! 一生の不覚……!」
一転して悔しがるフィーリアを見ながら、心音を自在にコントロールする訓練をしておいて良かったと思う俺なのだった。




