180話 はいはい
戦闘を無事に終えた俺たちは、魔人たちの街へと帰ってきた。
「……ん?」
なんだ?
なんか騒がしいような……。それに、甲高い音が聞こえるぞ?
「あちゃー。あんたらも間が悪いな」
「何かあったんですか?」
「暴動だよ。また誰か欲求不満になったヤツが暴れ出したみたいだ。ほら、あそこ」
ザゾルが指差す先、そこでは数人の魔人たちが道の真ん中で暴れていた。
火魔法に土魔法、雷魔法。各々の得意魔法らしきものを好き放題に撃ちまくっている。
こんなことされたら、他の一般市民はたまったもんじゃないだろう。
「やれやれ、ここは俺の出番だな。フィーリアは周囲の安全確保を頼む」
俺はフィーリアにそれだけ告げると、一目散に暴れている魔人たちの元へと向かった。
暴れているのは三人か。気配だけで言うとザゾルよりも一枚二枚落ちる相手だな。
まあ、さっきザゾルと戦えてすっきりした気分だからな。軽く抑え込んでやろう。
「ふんっ!」
俺は口から息を吐き出す。
極度に圧縮された空気はもはや固体となり、直撃した魔人の一人を吹き飛ばした。
ザゾルとの戦いでヒントを得たのだが、意外と使えるかもしれんな。ピストル拳より速度が遅いのがネックだが、威力が低い分相手を傷付けずに済む。
「ジャマダ……! ドケ……!」
「おっと」
背後から放たれた火魔法を軽く受け止める。
避けると周りに被害が及ぶからな。これだけ冷静だと周りを慮る余裕さえ生まれてくるってもんだ。
俺がモロに攻撃を喰らったことでダメージを負っただろうと判断したのか、魔人たちの動きが一瞬にぶる。
「甘えな。そこで気を抜くようじゃ鍛錬不足だ」
俺はその隙に瞬時に体勢を低くし、四足歩行で魔人の脚にタックルした。
一人倒し、二人倒し、三人倒す。俺を止めたきゃ桁が二つ足りねえぜ。
一気に三人を倒した俺は、そのまま上にのしかかって魔人たちの身動きを封じる。
「それにしても……随分な形相だな」
「グアア……!」
こうして間近で見て見ると、暴れていた三人ともがなにやら正気を失っているように見える。
目の周りにビキビキと血管が浮き出ているし、口調も不自然だし……これ、なんかおかしくないか?
ただストレスが溜まっていたのが噴出したってのとはまた違う気がするぞ。
「……まあ、とりあえずはもう少しガッチリ取り押さえるか。ザゾル、蜘蛛の糸出してくれ」
「俺かよ!? まあ協力はするけどさ」
俺じゃ魔人たちを拘束しておけないからな。助かるぜザゾル。
あとフィーリアも風神での周りの保護ありがとな。おかげで周りをあまり気にせず戦えた。
「よし、あとは国の人間に任せる」
無事に三人を拘束し終えた俺は立ち上がり、その場を離れる。
ここまですればもう危険はほとんどないだろう。ここに俺の仕事はもうない。
「え? ちょっとユーリさん、どこ行くんですか!?」
「ちょっと気になったことがあんだ。急ぐから付いてきたきゃ付いてこい」
さっき街に着いたときに聞こえてきた甲高い音……あれを聞いた瞬間、一瞬胸の奥が異様にざわめいた。
もしかすると、この騒動と何か関連があるのかもしれん。
「音が聞こえたのは……あっちだったな」
「あ、ちょっと!? ゆ、ユーリさんっ!?」
俺は全力で走り出す。
全力の俺の走りは、フィーリアどころか音すらも置き去りにした。
暴動を鎮めるのに少し時間を使ってしまった。
あの音の犯人がまだいるといいんだが……!
砂煙を巻き上げながら走ること数十秒。
俺は急停止し、キョロキョロと辺りを窺ってみる。
たしか、音が聞こえてきたのはこの辺なはず……!
どこかに不審な人や物はないか……?
「……アイツか?」
一人、気になる魔人を発見した。
なぜかと言われれば、明確な理由はない。
強いて言うなら、野生の勘ってヤツだ。俺の勘はこういう時は大抵当たる。
「悪いな、ちょっと話を聞かせてくれ」
俺は目当ての男に話しかける。
男はやはり魔人で、額に二本の立派な角を生やしていた。
くすんだ灰色の髪を無造作に長く伸ばしている。
これぞ三白眼と言いたくなるほどに座った目をしており、ふてぶてしい佇まいの男だった。
「なんだよ、突然」
「今何をしてたんだ?」
「何も? ただ口笛を吹いていただけだ」
そう言うと、男は僅かに口角を上げてヒュウと口笛を吹く。
聞こえてきた音と同じだ。そして一瞬遅れて再び胸のざわめき。
やっぱりコイツは今さっき起きた暴動と無関係とは思えない。
「なあ、お前今起きた暴動と何か関係が――」
「それにしても、美しいとは思わないか?」
「あ?」
何言いだしてんだコイツ。
「人々が争い合う姿、これこそ人のあるべき姿だろう。人はもっと自立しなければならない。他人を遠ざけ、孤立し、他者を虐げてこそ、俺たちは一つ上のステージへと上ることができるんだ」
「何言ってるか分からねえから分かりやすく話せ」
他人とコミュニケーションをとりたきゃそれなりに噛み砕いて話をしやがれ。
常識だぞそのくらい。俺でも知ってる。
じゃなきゃ、お前がそんな野望を語る時みたいな表情をしている理由が俺にはちっともわかんねえから。
と、その時、背後にタタタッと軽快な足音が聞こえてくる。
ずっと一緒にいたから振り返らなくても分かる、この足音はフィーリアだ。
「や、やっと追いつきました……。ユーリさん、速すぎですって……」
ほらな。
俺に親しげに話しかけるそんなフィーリアを見て、男は目に見えて落胆した顔をした。
「お前にも仲間がいるのか……気が合いそうだと思ったが、とんだ勘違いだったようだな」
「あ、おいっ!」
一瞬目を離した隙に、男はまるで霧のように姿を消した。
チッ、逃がしちまったか。
「何話してたんですか? ……というか、あの人誰です?」
不思議そうな顔のフィーリア。
そりゃそうだろう。突然駆けだして知らないヤツと話してたんだ。不思議がるのは当然だな。
「誰かは知らねえ。訳の分からねえことをほぼ一方的に話されただけだ。……そうだ、お前アイツ直接見ただろ? 能力とかわかんなかったか?」
フィーリアには『透心』という能力がある。
その目で見た人間の考えていることや能力が一目でわかるという能力だ。
これがあれば、さっきの男の能力も分かるかもしれない。
「能力ですか? えーと……『聴覚扇動』って能力みたいですね。生物の戦闘心を煽る音を発することができるようです。ただ、聞いている方がある程度そういう感情を溜めこんでいないと不発に終わるっぽいです。……って、これってもしかして、さっきの暴動も今の人が起こしたってことですか!?」
途端に驚いた顔になる。
俺はそんなフィーリアに頷きを返した。
「ああ、どうやらそうみたいだな。もしかしたらここ最近暴動が頻発してるのもアイツの仕業かもしれねえ」
「また何か変なことに巻き込まれてるんですね、私たち……。どうしてこうなるんでしょう、私はただぐうたら暮らしていきたいだけなのに……」
そんなに肩を落とすなよ。
ちょうど面白くなってきやがったところじゃねえか。
あの男、何者なんだろうな。よくわからんが、強えヤツだといいんだが。
「それにしても、フラストレーションが溜まっていると逆らえない……か。直前にザゾルと戦っといてよかったな」
「戦う前だったら間違いなくユーリさんにも効いてたでしょうね」
そうなってたら、被害もあの程度じゃ済まなかっただろうな。
街中で俺が暴れ出すってことは、街中で筋肉魔法が暴発しまくるってことだからな。
そうなれば道路の一つや二つが筋肉に形を変えてしまっていたかもしれない。
そんな事態にならずにすんだのは、事前にザゾルと戦っていたおかげだ。
「やっぱ適度に戦っておくのは良いことだってことだよな」
「今回ばかりはそういうことになりますかねー。不本意ですけど」
なんで不本意なんだよ。
フィーリア、お前はもっと戦え。お前からは闘争心ってやつをほとんど感じたことがないぞ。
「まあ、もろもろ含めてガルガドルのとこに報告に行くか」
「はい、帰りましょう。あ、その前にちゃんとザゾルさんにお礼を言ってからですよ?」
「はいはい」
「はいは一回です」
親みたいなこと言いやがって……。
「俺はお前の子供じゃなくてパートナーだからな? そこのとこちゃんとわかってるのか?」
「はいはい」
「お前も二回言ってんじゃねえか」
「え? ああ、私は良いんですよ。自分のことは棚に上げて他人を注意するのがフィーリアさんなので」
「一番タチ悪いだろそれ……」
そんな会話をしながら、俺たちはザゾルの元へと向かった。




