18話 『武の街』ムッセンモルゲス
「ちょっとユーリさん! キリがありませんよ」
「いいじゃねえか! おまえももっとこの状況を楽しめ!」
ムッセンモルゲスまであと少しというところ、俺達は魔物の群れと戦っていた。
二種類の魔物が争い合っているところに俺たちが雪崩れ込むような形になったのだ。
三勢力が入り乱れ、戦況は混沌としている。
そんな中、フィーリアが炎の魔法を放ち一匹を焼き殺す。
「チマチマやってないでもっと強い魔法は使わないのか?」
そこら辺の魔物を殴りながらフィーリアに注文を出す。
当初五十匹近くいた魔物は三十匹ほどになっていた。しかしまだ安心とは言い難い。
「魔力枯渇があるんでそんなポンポン大技使えないんですよ。大技は隙もできちゃいますし」
フィーリアはそう愚痴りながら風の魔法で一匹を切り殺す。
「そうか、なら俺が全員殺してやる!」
俺はピストル拳を放つ。一直線上にいた数匹の魔物は爆散した。
「私の魔法なんかよりよっぽど魔法ですよね、それ」
「筋肉魔法はれっきとした魔法だ。鍛えりゃ誰でもできるけどな! 蹴りもできるぞ」
俺は空を蹴る。
音速を超えた蹴りは衝撃波を生み出し、またしても数匹の魔物の命を絶つ。
「え、それ殴るより強くありません?」
「ピストルキックは確かに威力だけならピストル拳より上だが、狙いがつけにくいし、隙は大きい。自慢じゃないが格下にしか使えない技だ」
驚いたような顔のフィーリアに答える。
俺の言葉をきいたフィーリアは「ピストルキック……」と嘆いている。名前のかっこよさに驚いたのだろうか。
ピストルキックを使いこなせれば俺ももう一段上の次元に行けるのかもしれない。
ただ俺としては拳で勝負したいのだ。
強くなるには手段に拘ってはいけない、強くなることに拘るだけでいい。それは分かっている。
しかし、他人には理解できない拘りが時として強さにつながることもある。
難しいところだが、俺は拳で強くなりたいと思っていた。
魔物を殺しつくした俺達はしばしの休憩のため、歩きながら街へ向かうことにする。
「それにしても、この辺の魔物は前の街よりも大分強いですね」
「ああそうだな。ちなみにさっきの魔物たちは何クラスなんだ?」
「両方Cクラスですね」
「あれでCか。弱くはないが、ブロッキーナのことを考えるとBとCの間は大きいようだな」
「そうみたいですねー。冒険者でもそこの壁は大きいみたいですよ」
そんなことを話しながらムッセンモルゲスにつく。
「うわー、すごい街ですね」
「ああ、見ろよあのコロッセウム。あそこで戦闘大会が開かれるのか。ワクワクしてくるぜ」
「コロッセウムはいいとして、街全体が全部石造りですよ。私石でできた家なんて初めて見ました」
辺りを見回すと確かに街並みは石でできていた。
この世界のほとんどの場所では土魔法で家を建てるのが一般的なようなので、このムッセンモルゲスもその例に漏れないといったところか。むしろ木造の家が多かったアスタートが例外だったのだろう。
しかし、そんなことを考えながらも俺の目はどうしてもコロッセウムに吸い寄せられてしまう。
石造りの建物の中でも特に大きい建物――コロッセウム。
円形状のその建ち姿は、まるで挑戦者を待ち構えるようだった。
ムッセンモルゲスは別名「武の街」とも呼ばれ、年に一度コロッセウムで魔闘大会が開催されるらしい。
大会は二週間後にあるらしく、それも俺がここに拠点を移動させた理由でもあった。
他にも危険そうなところはあったのだが、遠すぎたり、どこにあるかよくわからなかったりで現実的ではなかったのだ。
俺達はまず宿をとり、そのあとギルドに立ち寄った。
今日はもう遅いから依頼は受けないが、明日からのために依頼を物色するのだ。
ギルドに入った俺達は好奇の目にさらされる。まあ言うまでもなくフィーリアの美貌のせいだ。
でも俺の筋肉も負けてないんだぜ? 誰かそれをわかってくれ。
俺はアピールの為、さりげなく筋肉を肥大化させた。
「おい、あの二人……。だいぶ強いな」
「は? あの冗談みたいに綺麗な女はともかく、隣の筋肉だるまが強いわけねえだろ。よく見ろよ、あいつ服パッツパツだぞ」
「あいつ多分魔力ないぜ。あっても極わずか。大方どっかから自信満々にここに移ってきたんだろうが、あの程度じゃここではやっていけないね。隣の可愛い子ちゃんは別だが」
「あの子と組みてぇなー」
ほう、僅かだが俺の強さをわかるやつもいるようだ。
やはり前の街よりもレベルは高そうだな。なかなかいいぞ。
俺はそれらの声に聞こえないふりをし、掲示板へと向かう。
「……ん?」
ざっと目を通した俺は違和感に首をひねった。
「なあ、これおかしくないか?」
「そうですね」
フィーリアも「むぅ」と言って腕を組み、首を傾けている。
「どうした嬢ちゃんたち」
なにやらでかいやつが話しかけてきた。
まあ、でかいといっても縦にだけ。横は例にもれずヒョロヒョロだ。
「あの……Dランクの依頼が見当たらないんですが……」
フィーリアが男に疑問をぶつける。
そう、掲示板にはDランクの依頼は貼っていなかった。
Eランクの依頼はあるのだが、これではここに来た意味がない。
それを聞いた男は気の毒そうな顔をする。
「お嬢ちゃんたち、気の毒だがこの街にDランクの依頼はないんだよ。この街は危険が多いからね。外に出る依頼は全てCランク以上の依頼になってしまうのさ」
おいおいなんてこった。それじゃ俺達はここまできてEランクの依頼に逆戻りしなきゃなんねえのか?
フィーリアはこちらを睨んでくる。
「ユーリさんがたいして聞き込みもせず勝手に決めるから……」とでも言いたげな目だ。
「ユーリさんがたいして聞き込みもせず勝手に決めるから……」
実際に言われてしまった。
たしかに行き先に関しては俺の独断だったからな。このままでは俺の信用はどん底だ。
何かいい方法はないものか。
……とりあえずこの男に聞いてみるか。
「おいあんた、なんか裏ワザみたいなもんはないのか? Eランクから一気にCランクに上がりたいんだ」
それを聞いた男は顔を赤くする。
「おい、それが物を聞く人間の態度か?」
怒らせてしまったようだ。
俺は敬語は面倒くさいので使わない。だが確かに不作法だったかもしれないな。
こりゃあ反省だ。
「私たちにとってはここが最後のチャンスなんです。なんとか、お願いできませんか……?」
俺がしゅんとしていると、フィーリアが男に懇願した。
体を前に倒し、手を顔の前で組んで上目使い。あざとい。さすがフィーリアあざとい。
男は顔を赤くしてフィーリアを見る。ただし今度は怒りが原因ではない。
世にも美しい少女が目の前であざといポーズでお願いしているのだ。そりゃあ誰だって照れる。俺だってちょっと照れる。
男はしどろもどろになりながらもCランクになる方法を教えてくれた。
戦闘大会で決勝トーナメントに残ることができればCランクに相当する力を持っていると認められ、ギルドでもCランクの依頼を受けられるようになるらしい。
「ご親切にどうもありがとうございます!」
フィーリアは花のような笑顔で男に礼を言う。男はもう茹だこのようだ。
「こ、今度食事でもどうかな」
「すみません。私、殿方と二人きりになるのは怖くて……。お誘いありがとうございました。ユーリさん行きましょう」
男の誘いを断り、フィーリアは俺の手を引いてギルドを出る。
なにが「殿方と二人きりになるのは怖くて……」だ。俺はおまえが怖いわ。
こいつは魔性の女だ。自分が可愛いと自覚してる女ほどたちが悪いものはない。
「私、ユーリさんのために情報収集してあげたんですけど? 男の人と二人きりになるのが怖いのも事実ですし」
ギルドを出るや否や、フィーリアがこちらを見ながらほっぺたを膨らませる。
こいつ、また心を読みやがった。
「お前、そんなこと言いながら宿では俺と二人きりじゃねえか」
「それは……ユーリさんはその、特別……ですから」
尻切れトンボに答えるフィーリア。
俺の鍛えた耳じゃなきゃ聞き取れないところだ。まあ、聞き取れたところで意味は分からないのだが。
「特別? 何が特別なんだよ」
「……うー! ユーリさんは男というより筋肉だってことですよ!」
なんだ、「うー!」って。
威嚇のつもりか? そんな弱そうな威嚇じゃ効果がないんだがなあ。
「何だと! ……いいこと言うじゃねえかフィーリア! そうだ、俺は男である前に筋肉だ」
腕を曲げ、筋肉を解放してフィーリアに上腕二頭筋を見せつける。括目してこの筋肉を見ろ!
「あ、あとな。威嚇はもっと強そうに見せないと効果がないぞ? 見てろ、こうだ。うおおおおぉ!」
「……ユーリさんは救いようのない馬鹿ですね。あとうるさいんで黙ってください」
改善点を教えてあげたっていうのにこの扱い。フィーリアは俺には理解しきれない。
言われたとおり黙っていると、フィーリアがふふ、と笑いをもらした。
「やっぱりユーリさんは不思議な人ですね」
「そうか? 俺にしてみたらフィーリアの方がよっぽど不思議なんだが」
「そうですか?」と言って頬に人差し指をぷにっとあて、首をかしげるフィーリア。
まあ機嫌が直ったみたいでよかった。




