179話 ザゾルとの戦い
「俺と戦おうぜ、ザゾル」
ニヤリと笑って告げた俺の言葉に、ザゾルは慌ててフィーリアの方を向いた。
「フィーリアさん、あんたの連れが変なこと言いだしたぜ!?」
「いいだろフィーリア、許してくれよ」
「今回はある意味人助けみたいな面もありますし……いいでしょう、許可します」
さすがフィーリア。これでコソコソ隠れて戦う必要が無くなったな。
「私が許さなくてもどのみち戦う気だったんじゃないですか……」
「心を読むな心を」
それに当然だろ、相手は魔人だぞ?
「さて、これで障害はなくなったわけだが」
「ちょっと待ってください、私は障害だったんですか!?」
フィーリアがショックを受けたように肩を震わせているが、今はかまってやれない。
それよりもザゾルと戦わなきゃだからな。
「で、でも駄目だ。さっきも言ったけど、この国は今暴力を厳しく取り締まってんだよ。もしこの情報が魔王様に伝わったら、俺は捕まっちまう」
ザゾルは首を振り、俺の提案を拒否する。
どうやらガルガドルの暴力排除政策はかなり厳しく国民の頭にもインプットされているようだ。
だが、今回ばかりは問題ない。
「その点は大丈夫だ。前もって許可を得てきたからな」
「だろ? だから諦めようぜ……ん? 許可を得てきた? ……誰に?」
「誰って、ガルガドルに」
そう、何を隠そう俺はここに来る前にガルガドルに「話の流れで戦うかもしれないけど許してくれ」と伝えてきたからな。
先の展開を読んだ上でのお願い、これぞインテリマッスルの真骨頂だ。
というわけで、俺がいくら暴れても双方の合意があれば問題はない。
「魔王の許可って……あんたら、本当何者だよ……」
「どこにでもいる普通の筋肉だ」
「そこはせめて人間であってください」
そんな会話をしつつ、俺たちは周りを気にせずに戦えそうな場所を探し始めた。
ふらふらと辺りを彷徨うこと数十分。
あまり人目に付かないところがいいだろうと考えた俺たち三人は、街はずれの洞窟へとやってきていた。
魔物もいなければ何かが封印されているわけでもなく、ここを訪れる魔人はまずいないらしい。
中を進むと瘤のように通路が広がり部屋になっている箇所があり、広大とまではいかないが戦闘するに充分なだけのスペースが確保できている。悪くない。
フィーリアが雷魔法を使って内部を照らせば、そこはもう即席のバトルフィールドだった。
しかも、俺とザゾルだけのフィールドだ。
こういうのはテンション上がってくるな。普通にワクワクしてくる。
「……本当にいいんだな?」
ザゾルが準備運動をしながら言う。
手首と足首を回しつつも、どこか心配そうな表情だ。
「悪いけど、魔人と人間じゃ素のスペックが違うんだ。大怪我しても責任はとれねーぜ?」
「問題ないな。見ろ、俺の興奮度合いを」
俺はその場で軽く二人に分身して見せた。
それを見たザゾルは「に、人間って皆そんなことできんのか!?」と驚く。全員が出来るわけじゃないぞ、これは修行の賜物だからな。
「というわけで、分身が朝飯前位なレベルでは戦える。むしろお前の方が大怪我しないように気を付けてくれ。多分俺は喜びのあまり加減できなくなるからな」
「怖いこと言わないでくださいよユーリさん……。あ、一応二人が怪我した時のために私が備えてますんでご心配はなさらず。首が取れたりしなければ大丈夫です」
さすがに首が取れるような事態にまで発展してしまうことはまずないだろうと思うので、フィーリアがいる限りは安心だ。
俺とフィーリアの話を聞き、ザゾルもようやく覚悟を固めたようである。
「そういうことなら、遠慮はいらねーか」
フーッと息を吐くと、身体中から力を抜くザゾル。
そう、力はたしかに抜けている。なのに、感じる殺気は先程までとはまさに雲泥。
目があっているだけでヒシヒシと伝わる刺すような痛み。
開かれた瞳孔は、半ば魔物と見まがうようなギョロリと大きい黒目をしていた。
「本気で行くぜ? 後悔すんなよ?」
「いいぞ……いいぞぉザゾル!」
感情に呼応するがごとくはち切れんばかりに躍動した俺の筋肉が、一瞬で上着を吹き飛ばす。
いい闘志持ってんじゃねえか! それを全力でぶつけてこいよ!
先に動いたのはザゾルだった。
俺へと口から白い何かを飛ばしてくる。
常人では見切ることのできない速度で飛来するそれを、俺の眼球は即時に捉えた。
糸だ。蜘蛛の糸。
おそらくこれが直撃すれば身動きが取れなくなって負けは確実だろう。
初手から良い攻撃してくるじゃねえか。
俺は歓喜に打ち震え、ピストル拳を撃ち放つ。
洞窟の中にパンッと破裂音が響くのとほぼ同時、蜘蛛の糸は途端に霧散した。
そのゼロコンマ一秒後。
俺はザゾルの目前に接近する。
「オラアアアッ!」
「っ!?」
思い切り全力を叩き込む……が、すんでのところで避けられた。
黒い影が距離をとったのが見える。
「威力といい速さといい、あんた本当に人間かよ。自信失くすぜ」
「なに冷静気取ってんだザゾル? もっと本気で来いよ。理性なんざ棄てちまえ」
まだまだこんなもんじゃねえだろ、お前の本気は。
本気出すのが久しぶり過ぎて本気の出し方さえ忘れちまったか?
なら俺が思い出させてやる。
「ウリャアアッ!」
空気摩擦で拳に炎を灯し、それを十メートル先のザゾルへと放つ。
ザゾルは水魔法で打ち消そうとしたが、俺の炎はそれを突き破った。
「なっ!?」
炎の拳はザゾルの頬を掠める。
そしてそのまま洞窟の壁を破壊した。
たらり、と擦った頬から血を流しながら俺を見てくるザゾル。
そんなザゾルに俺は叫ぶ。
「来いよ! もっと来い! こんなもんじゃまだ俺が満足できねえ、もっと俺を楽しませろ!」
もっと俺の魂を震わせてみろ!
殺す気で来い! じゃねえと殺すぞ!
「ユーリ、あんた俺より全然戦闘衝動有り余ってるじゃねえか。……まあいい、俺も今更不完全燃焼じゃ終われねえしな」
そう言うと、ザゾルは両腕を地面につけた。
四足歩行か? そう思ったのも束の間、ザゾルの脇腹から二本の脚が突き出てくる。
そうか、それが蜘蛛の魔人であるお前の本来の姿か。
「いいぞ……最高だお前」
口角が上がりそうになるのを抑え込みながら、再度ピストル拳を放つ。
しかし容易に避けられてしまった。
六足歩行になったことで飛躍的に速度が上昇してやがる。遠距離攻撃じゃ捉えきれないかもな。
ザゾルは洞窟というフィールドを目一杯に活用し、壁を這いまわる。
そして時折隙を見つけては俺に蜘蛛の糸を飛ばしてくる。
この攻撃自体は速度もそこまでではなく、対処は容易だ。だが――
「チッ!」
跳んでその場を離れる。
そこに一瞬遅れて雷魔法。
「やるなユーリ! 今のを避けるとは思わなかったぜ!」
洞窟の天井から楽しそうに聞こえてくるザゾルの声。
どうやら完全に本能を剥き出しに出来たようで、その声色は心底楽しそうだ。
本気をぶつけられる相手ってのは楽しいもんだよな。
わかるぜ、ザゾル。俺も今その楽しさを全身で味わってるところだからな。
だけど非常に残念なことだが、そろそろ理性の抑えが効かなくなりそうだ。これ以上やると戦えなくなるまで戦っちまう。
だから――ここらで終わりにしようぜ、ザゾル。
「楽しかったぜ」
床を蹴りだす。
蹴りだした洞窟の床がバキョリという音を立てて凹む。俺は止まらない。
俺の接近に対し、ザゾルが蜘蛛の糸を放ってくる。左腕を犠牲にして被害を抑える。俺は止まらない。
接近した俺に至近距離から雷魔法と水魔法が連続して撃ち込まれる。どちらの威力も一級品。俺は止まらない。
そして――
「オラアアアッ!」
――右腕で、ザゾルの腹をぶん殴った。
ザゾルは洞窟の天井にめり込み、意識を失う。その瞬間、俺の勝ちは決まった。
ふぅ……良い戦いだったな。
数分後。
「ありがとなユーリ、久しぶりにスカッとした気分だぜ! 溜めてたもん全部発散できた!」
「おお、そうか。それなら俺も嬉しいぞ。それに、さっきの戦いは良い戦いだった」
俺とザゾルは肩を組みながら元いた街まで戻っている最中だった。
肩を組んでいるのは何も怪我が完治していないからという訳ではない。
元々それほど重い怪我は双方なかったし、怪我自体フィーリアがすべて治してくれたからな。
ならなんで肩を組んでるのかって? 決まっている。
全力を賭けて戦った相手とは自然と心が通じ合うもんだ。
「そういう仲良くなり方って私にはあんまり理解できませんねー」
「何、理解できない……?」
フィーリア、お前にはこの感覚がないってのか!?
そ、そんな馬鹿な……!
「……ハッ! そうか、だからフィーリアには友達が少ないのか!」
「思わぬところから痛恨の一撃を喰らって瀕死です。誰か私に回復魔法をかけてください」
がふっ、とまるで本当に一撃喰らったみたいに衝撃を受けるフィーリア。
それにしても可哀想だ。この感覚が理解できないとは……。
そんなとき、肩を組んでいたザゾルがぽろっと口を零す。
「なら実際に味わってみればわかるんじゃ?」
……おお、たしかに!
実際に本気でぶつかり合えば分かるか。
言葉で伝えるよりも簡単に伝わりそうだし、アリだな!
「ザゾル、いい考えだ。早速俺がフィーリアに実践するとしよう」
「しませんよ。……しませんからね!?」
「照れるな照れるな」
「照れてないですから! 本当に!」
結局、フィーリアは真剣勝負を受けてはくれなかった。
まったく、シャイなやつで困る。




