178話 蜘蛛の魔人
魔王城を出た俺たちは、ガルガドルが教えてくれた場所へと歩いて移動する。
一時間ほど歩いたところで、目的の場所に到着した。
「ここが魔物から進化した魔人が固まって住んでるって場所か」
もっと荒れてるのかと思っていたが、外見上はそこまでじゃないな。
別に怪我人が倒れてる訳でもないし、壁に血がべったり付いているわけでもない。
……だけどまあ、こうして歩いてるだけでも何人かが遠慮なくガンつけてくる。
こりゃたしかに治安は悪そうだ。
「さすがに今は街中血だらけってことはないらしいですけど、それでも物騒な場所には違いありません。くれぐれも気を付けて――」
「うずうず」
「ちょっと待ってください。今とても聞きたくない言葉が聞こえた気がするんですけど。……いえ、大丈夫。私の聞き間違いという可能性がまだ残ってるじゃないですか。そうですよ、きっと聞き間違えなはず! 間違いないです!」
「なあフィーリア、こういう危険そうな街ってウズウズしてくるよな!」
「うぅ、現実逃避もさせてもらえないなんて……ユーリさんのばかぁ……!」
ん? なんでそんな落ち込んでんだ?
よくわからないフィーリアは置いておいて……この場所の人間に色々と話を聞いてみたいんだが、誰に聞くかな。
最低限話が聞けるようなヤツがいいんだが。
「なあ、あんた」
そんなことを思っていると、横から声をかけられた。
声のした方を向くと、そこにいたのは男の魔人だった。
俺より頭一つ小さく、フィーリアくらいの背丈だ。
その身体は筋肉は少ないまでもしっかりと引き締まっている。
全体として軽そうな印象の、橙の髪を遊ばせた男だ。
「俺に何か用か?」
「あんた、魔人じゃねえよな? 誰?」
随分と不躾な質問だな。
だが答えてやろう、俺はジェントルマッスルだからな。
「俺はユーリだ。そしてこれが上腕二頭筋、これが上腕三頭筋、これが大腿四頭筋、これが――」
「ちょ、ちょっと待てよ。あんた急に何言いだしてるわけ?」
「全筋肉の紹介をしておいた方がいいかと思ってな。ジェントルマッスルな俺はそういう気遣いが自然と出来ちまうんだよ。驚くのも無理はねえがな」
「これほど空回っている気遣いも珍しいですね。脱帽です」
フィーリアが脱帽する程の礼儀正しさだ。
目の前の魔人の男も俺の紳士たる振る舞いに大層驚いている様子である。
「ま、まあいいや。ユーリとそっちのエルフの別嬪さんに俺からの忠告。最近この辺の地区ピリピリしてっから、気を付けた方がいいぜ? 今日も小競り合いがあったばっかだしな」
「ゆ、ユーリさん、聞きました!?」
「ああ」
「今この人、私のこと別嬪さんって!」
そっちかよ。
そっちは今どうでもいいだろ。
「結局私の魅力は万人を魅了してやまないんですよね……ああ、私って本当に罪な女……」
おいフィーリア、見てみろ。
お前が自分に酔ってる間に目の前の男がドン引きしてるぞ。
「あ、あんたら二人揃って頭おかしいのか……?」
「!? おい、フィーリアはともかく俺はまともだろ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私の方が絶対まともですけど!?」
何言ってんだフィーリア、さてはお前正気じゃねえな!?
「……俺、やばいヤツらに声かけちまったかもしんねえ……」
男は俺たち二人を見ながら嘆くように言った。
だから、俺はまともだっつってんだろうが!
それから数分後。
「そういえば……」とようやく当初の目的を思い出した俺とフィーリアは、男にこの辺りの現状について聞いてみることにした。
男はザゾルと名乗った。元はポイズンスパイダーという魔物だったらしい。
「蜘蛛っぽいだろ?」と得意げに言われたが、確かに言われてみればそんな気がしなくもない顔つきだ。
三年前に魔人となってからまず人間の国で暮らしてみようとしたが、すぐに街中の冒険者たちに襲い掛かって来られて逃げるように魔国に来たとザゾルは語った。
そんな風にして他の魔人化した魔物たちもこの国に集まってきているのだという。
「でも、最近はここもヤバい雰囲気なんだよなぁ。不発弾が燻ってる感じっつーか……爆発したらそれこそクーデターとか起きそうな気配だし。俺みたいな魔人が生きていけるのはこの国しかねえから、国王様にはなんとかしてほしいんだけど」
「最近の雰囲気が不穏な理由について、何か知らないか?」
俺の問いに、ザゾルは首を捻る。
「うーん、つってもなぁ……とりあえず、ここに住んでる元魔物の魔人は例外なく欲求不満だな。それは間違いねえよ」
「欲求不満というのは、元々魔物だった時から備えている破壊衝動を持て余しているということですか?」
「ああ。そりゃ俺たちだって我慢しようとはしてるんだぜ? 魔人になって理性も手に入れたわけだしな。だけどよぉ、魔物だったときの本能っつーのは時にそれを超えちまうんだよ」
人間だっていくら理性が強くても三大欲求には敵わないからな。
ザゾルたちのような元々魔物だった魔人の場合には、そこに並ぶように破壊欲とでもいうべき四つ目の欲があるというわけか。そりゃ本能ではいかんともしがたそうだ。
「でもまあ、それは今の国王様が暴力を咎めだした五年前からずっと同じなわけで、最近急に治安が悪くなる理由にはなってねえんだよな。……っつーわけで、わからん! 悪いな、力になれなくてよ」
申し訳なさそうな顔をするザゾル。
「いや、ありがとなザゾル。色々教えてくれて助かった」
「私たちのようなよそ者に事情を話してくれただけでも感謝ですよ。ありがとうございます」
ここまで友好的に接してくれるとは正直予想外だった。コイツは良いヤツだな。
「おお……」
俺たちの言葉を聞くと、ザゾルは目を丸くする。
なんだ? 特に変なことは言ってないと思うのだが……?
「……意外とまともなことも言えるんだな、あんたら。驚いた」
お前は俺たちを何だと思ってやがる。
「……まあいい。今までの話を聞くに、破壊衝動を解放できないとストレスになるんだよな? ってことはお前も溜まってんのか?」
「……まあ」
ザゾルは頷き、つらつらと語りだす。
「抑えるようにはしてるけど、本能には逆らえないみたいなところもあるわけだし正直きついときはあるぜ。一回どっかで発散できりゃあちっとは楽になると思うんだが……」
なるほど。要するに誰かと思い切り殴り合いたいと、そういうわけだな?
「よし。じゃあそのストレス、俺が発散させてやるよ」
「……はぁ? ユーリ、あんた何言ってんだ?」
怪訝そうなザゾルに、俺はニヤリと微笑み告げる。
「俺と戦おうぜ、ザゾル」
丁度俺も戦いたくてウズウズしてたとこだったんだ。
いいだろ? 一戦交えようじゃねえか。




