175話 成長の成果とロリロリのお願い
翌日。
俺とフィーリアは魔王城の長い廊下を二人で歩く。
話の話題は魔国についてだ。
「思った以上に皆さん優しくて、ちょっと緊張してたのが馬鹿みたいですね」
「ああ。ここまでの扱いをしてくれるのは予想外だった」
俺たちは魔国の正式な客人扱いとなり、ガルガドルの命の下、魔王城に寝泊まりが許された。
食事も美味い、風呂もでかい、ベッドも柔らかいとまさに至れり尽くせりだ。
「お姫様になった気分です」とフィーリアが顔を綻ばせる気持ちもよくわかる。
「ただまあ、贅沢な暮らしもいいが、俺はこれから行く場所の方がはるかに楽しみだな」
「ユーリさんはそう言うと思ってましたよ私。なんてったってユーリさんですもん」
弾む足取りの俺が向かう先。
それは魔王城の地下に内設された訓練スペースだ。
結局訓練してる時間が俺にとっては一番幸福な時間なのである。
それを良く知っているフィーリアは、呆れた顔で俺を見ていた。
「そんな顔して、実はフィーリアも楽しみにしてるんだろ? 口元、緩んでるぜ?」
「緩んでませんよ!? 楽しみにし過ぎて錯覚起こしてませんか!?」
そんな会話をしているうちに、俺たちは訓練場所へとたどり着いた。
訓練場の頑丈な分厚い扉を開けると、中にいたロリロリがバッとこちらを見た。
そしてトタトタと駆けてくる。
「お、来たなー! 二人とも時間ピッタリだ!」
俺たちは昨夜、ロリロリの成長の成果を見るために訓練場に集まることを約束していた。
今は丁度その時間なのである。
「悪いな、遅くなって。フィーリアがいつまで経っても起きなくてよ」
「うぅ、だってあの柔らかいベッドが私を離してくれなかったんですもん……」
フィーリアが自らを恥じるように俯きながら告げる。
朝のフィーリアはそりゃもう酷かったからな。
「私は布団と一体化してしまったので、ベッドの上から動けなくなりました」とか寝ぼけたままの真顔で言ってこられて、俺もほとほと呆れたもんだ。
まあそれでもなんだかんだでギリギリ約束の時間には間に合わせる辺り、努力は認めないでもない。
「まだフィーリアは朝が弱いままなのか? 早起きは三文の得なんだぞ?」
「言い返す言葉もありません……」
五歳児に諭される十七歳。
……悲しくてあまり見ていられないな。
さっそく本題に入るとしよう。
「で、だ。ロリロリお前、魔王より強くなったとか言ってたけどあれは本当なのか?」
俺の言葉にロリロリはブンッと首を縦に振る。
「うんっ! 父上は駄目! 弱すぎる!」
「……いや、弱すぎるってことはねえだろ?」
いくら全盛期から衰えたとはいえ、あんだけの雰囲気を持つヤツが弱すぎるわけがない。
しかしロリロリは尚も力強く主張する。
「だって父上、ロリロリが一発魔法を打つとすぐに『やーらーれーたー』って言って倒れちゃうんだ! おかげで全然しゅぎょーにならない! 弱すぎて困りものだ!」
……ああ、多分そりゃあれだな。
弱すぎるというか、ガルガドルが演技してるんだな。
父と娘の触れあいの一環として考えているだけで、本気でぶつかりあおうとはハナから考えていないんだろう。
もしくは娘が可愛すぎて模擬戦闘でさえ手を出したくないのかもしれない。……あの親馬鹿っぷりじゃ案外こっちの方が濃厚かもな。
「まあいい。さっそく成長したお前の姿を見せてくれ」
「うんわかった!」
そう言うと、ロリロリは倉庫から備品を運んできた。
ゴムのようなものでできた、人型の人形だ。
どうやらそれを人に見立てて技を披露してくれるらしい。
「度肝抜かれても知らないからな! いくぞー!」
そう言うと、ロリロリは両手を遠くの人形の方に伸ばし、カッと蒼い目を見開く。
そして瞬きもせず人形を凝視した。
そのまま数秒が経つ。
「んーとな? これをこうして……こう!」
突如、人形の頭の部分が一気に凍る。
そのまま頭から首、そして胴体と凄まじい速度で凍っていき、すぐに人形は大きな氷塊の中に閉じ込められた。
「できた! 成功!」
ロリロリがその光景を見て白い歯を見せ、くるりとこちらを振り返る。
「どう? どう?」
「いや、思ったよりすごかった。やるな、ロリロリ」
あれだけ一気に凍ってしまうとなると、一旦凍りはじめたら回避は至難の技だろう。
魔法を使う前の予備動作がネックだが、発動さえしてしまえば俺でも初見で避けるのは難しい。
なによりあんな風に突然遠くで発動させるような魔法を見たのは初めてだ。
俺は筋肉魔法以外の魔法にはあまり詳しくないからわからんが、その辺りフィーリアの感想はどうなのだろうか。
「魔力をそのまま体外に射出して、それを後から遠隔操作して氷魔法を行使……!? ……いやいや、凄すぎません? そんな魔力の使い方したら、私あの半分の威力もでないんですけど……」
凍った人形を、フィーリアは信じられないといった表情で見つめていた。
どうやらロリロリが今やった魔法はかなりの高等技術が用いられていたらしい。
魔法の扱いに長けたエルフの中でも特に魔法に精通しているフィーリアが驚いてるんだから相当だ。
その興奮そのままに、フィーリアはロリロリの肩を掴んで前後に揺らす。
「ロリロリちゃん、すごいです! 感動しました!」
「うおおおお!? あはは、揺れる揺れる!」
楽しそうだなお前ら。
「ロリロリちゃんにいい刺激を貰っちゃいましたよ。私も負けてられませんね」
落ち着きを取り戻したフィーリアは、ロリロリに触発されて目に炎を宿らせる。
おお、やる気になったか!
フィーリアがやる気になるのは珍しいからな、この隙に!
「どうだフィーリア、一緒に筋トレでも!」
「それは嫌です!」
この野郎、即答できっぱり断りやがって。
せめてもうちょっと悩めよ!
「でもあの魔法、まだ発動に五秒くらいかかるし、その間同じところにずっと止まっててくれる相手じゃないと使えないから、本番じゃ使えないけどなー」
ロリロリは言う。
なるほど、たしかに五秒はちょっと長すぎるな。
集団戦ならともかく、一対一じゃ五秒の隙は大きすぎる。
よほどじゃない限り五秒じっとしている相手なんてまずいない。
そう考えると、たしかに実践で使うのは難しそうだ。
ただ、フィーリアも驚くほど魔力の扱いが上手くなったということは、氷魔法全体の威力も軒並み増しているんだろう。
ちゃんとトレーニングしていたようでなによりだ。偉いぞロリロリ。
「たしかに発動に時間がかかるのはあれですけど、それを差し引いてもさっきのは凄かったですよ」
フィーリアがロリロリの頭を優しく撫でる。
魔法に詳しいフィーリアの方が、俺よりもよほどロリロリの努力を感じられるんだろうな。
「ありがとうフィーリア! でも、一番の問題はそこじゃない……!」
ふと深刻な顔になるロリロリ。
どうやら発動時間の長さ以上に問題なところがあるようだ。
一体何なんだろうか。
「その問題点、私に教えてもらってもいいですか?」
フィーリアも気になったようで、ロリロリに尋ねる。
ロリロリはそれに勢いよく答えた。
「あの魔法は、地味! これが致命的! あの魔法にはカッコよさが足りない……っ!」
「……え?」
呆けた顔をするフィーリア。
しかし俺にはロリロリの気持ちが理解できる。
カッコよさは大切だよな。
俺が筋肉魔法を習得しようと思ったのも、己の肉体で魔法を起こすのが一番カッコいいと思ったからだ。
カッコよさはモチベーションにも繋がる大事な要素の一つである。
「そこで、二人にお願いがあるんだ!」
「なんだ?」
「もっとこの魔法をカッコよくする方法を、ロリロリと一緒に考えて欲しい!」
ほう……面白い。いいだろう。
その願い、聞き届けた!




