169話 再会
スタートの合図と同時に、猛然と駆けだす。
参加者は十二組。
その全員が横に並べるような横幅があるのはスタート地点兼ゴール地点のここだけだ。
つまり、最初でいい位置をとるのが勝利への近道。
「スーパーユーリさんモードっ!」
力を溜めておくなんてナンセンス。最初から全力だ。
人間が魔物役をやるからといって油断していた参加者たちを一瞬で置いてきぼりにし、俺はトップに躍り出る。
「大丈夫かフィーリア、ちゃんと乗ってるか?」
「は、はい、なんとか……!」
よしよし、いい根性だ。
さすがにずっとスーパーユーリさんモードで走る訳には行かないが、この程度の短時間ならフィーリアも耐えてくれる。
あとは、このリードを守り抜くだけ――
「モーッ! モーッ!」
チッ、もう追ってきやがったか!
スーパーユーリさんモード中ならまだしも、普通の状態じゃ俺よりモーモーの方が速いのか……?
いや、他のモーモーどもは追いついてくる素振りが見えない。
こいつらのペアだけが特別速いんだ。
視界の端に、茶色いものがチラチラと移り始める。
並ばれたようだ。
クソ、俺もまだまだ修行が足りねえぞ。
肩を並べて走る俺とモーモー。
「君たちがレースに参加するって聞いたときは驚いたけど、負けないよ!」
どうやらモーモーの騎手はこの国に来て最初に遭遇した男のようだ。
あんな冴えない顔してたくせに、モーモーを乗りこなすことにかけては一流か。やるじゃないか。
少しずつ、モーモーが俺の前を走り始める。
ジリジリと、茶色い巨体が視界を占めていく。
「ユーリさん、あと半分くらいです、頑張ってください!」
「ああ、わかってる」
四足歩行用の重心移動を徹底しろ。人間だった時の記憶などかき消せ。
後脚で地面を力強く蹴り、前脚でグンと身体を前に進める。
俺は魔物。四足歩行の魔物。モーモー!
「負けねえぞ……!」
四足歩行だろうが、勝負である限り俺は負けねえ。
気合を入れ直し、再びモーモーと肩を並べる。
「驚いたな。本当に人間か……?」
「俺はモーモーだっ!」
「面白い。だが、こっちだって前回優勝したっていうプライドがあるんでね」
最後のカーブに差し掛かったところで、男がクンと身体を倒した。
ほとんど横九十度まで倒れた体勢で、そのままカーブを曲がり切り。
最後の直線に入ったところで、再度男がリードする。
「このレースはただ早ければいいってものじゃない。騎手のスキルも重要なのさ」
ゴールまではおよそあと五十メートル。
差は三メートル。
ゴール地点に集まった観客たちは、思いもよらぬ俺たちの善戦に沸き立っていた。
だけど、善戦じゃ意味がない。勝つことに何よりの意味があるのだ。
身体の上から、フィーリアの声が聞こえる。
「もう一回スーパーユーリさんモードです!」
そうだな、勝つにはそれしかねえ。
悪いが、こっちの騎手も中々根性座ったやつだぜ。
「信用してくださいユーリさん、絶対落ちませんから!」
「ああ、最後の勝負だ! 信頼してるぜフィーリア!」
ギュウッとフィーリアが腰を落とし、重心を下げる。
次の瞬間、俺はスーパーユーリさんモードを発動した。
最後の直線、ゴタゴタ言わずにスピード勝負と行こうじゃないか。
「おらあああっ!」
こちとら四足歩行どころじゃねえぞ。
これだけ早く足を動かしゃ、残像でぶれる。もはや八足歩行だ。
そしてそのまま、ゴールへと駆けこんだ。
歓声が巻き起こる。
勝ったか、勝ったのか!?
審判役は……アイツか!
バッとそちらを仰ぎ見る。
「優勝は、フィーリア選手!」
高らかに宣言された言葉を聞き、俺は安堵の息を漏らした。
いやぁ、かなりギリギリの勝負だったな。
あなどれねえぜ、モーモーレース。
「優勝、優勝ですよ!」
「ああ、ギリギリだったけどな」
「いやー、よかったぁ~っ!」
喜び合う俺とフィーリアの元に、国王がやってくる。
「ふぉっふぉっ、まさか本当に優勝しちまうとはの。周りみんな、口あんぐりあけとったぞ」
「楽しいレースは見られたか?」
「ああ、宣言通り見せてもらったよ。とても楽しかったのじゃ。こんな馬鹿やるヤツは久々での。やっぱり人生冒険じゃな」
「来年は儂も魔物役ででてみようかのぅ」という国王。
それはやめておいた方がいいと思うぞ、さすがに。
「というわけで、優勝者の君らには魔国のお偉い様から直々に魔国への招待がなされる……ことになっておるのじゃが」
とそこで、国王は眉をしかめる。
「まだあちらさんからの使者が来てないんじゃよな。普段ならレースも見ていくのじゃが」
「なにかトラブルが起きたってことですかね?」
「かのぅ、わからん。まあ、来るまでゆっくり待っておると良い。話を聞きたそうなヤツも仰山いることじゃし」
国王はチラリと後ろを見る。
そこには優勝した俺たちを一目見ようと集まる国民の姿があった。
「じゃあ、使者が付くまでの間はコイツラと話しとくか」
「そうですね。到着なされたらきっとそのまま魔国に行くことになるんでしょうし」
「ふぉっふぉっ、そうしてくれると助かるの。君らが元の場所に戻れるよう願っておるぞい」
そう言って国王は去っていく。
残された俺たちは、詰め寄って来る観客たちや死闘を演じたレースの参加者たちと会話に花を咲かせるのだった。
「ふむ、速さのコツ……か。それは魔物を信じることだな。騎手が魔物を信じれば、魔物も騎手を信じてくれる。そうなったとき、真の速さというものを手に入れられるのだ」
「ユーリさんがまともっぽいこと言ってる……!」
おいおいフィーリア、俺はいつもまともだぞ。
「あと、筋肉をつけると良い。かといってレースではあまり騎手の体重が重いと不利になるそうだから、引き締まった筋肉をつけるのがおすすめだ」
「な、なるほど、魔物を信じるのと、筋肉をつける、ですね! 勉強になりました!」
「ああ」
本当はこの男にも俺のようなビューティフルなマッスルをゲインしてもらいたいものだが、おそらく不必要だろうからな。
必要以上に筋肉をつけてしまって、その筋肉を疎ましく思う、なんてことはその人間にとっても筋肉にとっても一番不幸であってはならないことだ。そんな悲劇は起こさせないぞ。
さて……と。
これで大体の人間とは会話しおわったかな。
「あ、使者が来たぞ!」
誰かが不意に声を上げた。
おお、やっと来たらしい。
何かトラブルがあったようだが、結構時間がかかったな。まあ、逆に丁度いいタイミングだったと言ってもいいが。
どうやら魔人は空から飛んできたようで、皆が手で日光を防ぎながら上を見つめている。
それにのっとり、俺とフィーリアも同じように空を見る。
「おお、あのおてんばお姫様も一緒だぞ!」
「ああ、だから遅れたのか。きっと、あの子が付いてくるって言って聞かなかったんだろうなぁ」
おてんばお姫様? ああ、よく護衛の目を抜け出して遊びに来てるっていう……って、ああ?
目を擦ってみるが、目の前の光景は変わらない。
目の前に降り立った数人の魔人。
そのうちの、一番前に立つ少女。
俺とフィーリアは、彼女に強烈な既視感を覚えた。
少女は口を大きく開き、声を発する。
「あれ!? ユーリとフィーリアだ! 久しぶりだな!」
「お前は……」
「元気だったか!? ロリロリは元気だった!」
そこにいたのはゴスロリ服の少女――ロリロリだった。
お待たせしました!
次話は21日に更新します!




