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168話 レース開始

 朝。

 モーモーレースを控えた俺は、いつも通り日の出より早く起床する。

 分身したり宙に浮いたりと軽く身体を動かしてみる。

 うん、いつも通り良い調子だな。

 調整などしなくても、俺の筋肉は常にベストな結果を出してくれる。


 となると、問題はフィーリアか。

 昨日は太腿がどうとか言っていたが、コンディションに問題はないだろうか。

 気になるところだが、まだ日の出前。無理やり起こして調子を崩させては本末転倒だ。

 ここは起きてくるまで我慢だな。

 俺はジッと息を止めながら、フィーリアが起床するのを待った。


「ふぁあ……おはよー、ございます」

「おはようフィーリア。調子はどうだ?」

「ちょっと待ってください、いま身体を動かしてみますから……」


 眠そうにとろんとした瞼でそう言って、フィーリアは細い腰を左右に捻る。

 それから立ち上がり「ん~っ」と言いながら身体を伸ばした。


「……問題なさそうですね。やっぱり太腿が筋肉痛になりましたけど、動けないほどじゃないです。前の私なら間違いなく動けなかったでしょうけど……ちょくちょくユーリさんに付き合わされていたトレーニングの成果でしょうか」

「おお、そりゃよかった」


 俺と出会ってから、フィーリアの身体も少しは丈夫になったらしい。

 ……もしかして、ずっと一緒にいるから気づいていないだけで、フィーリアの身体にも筋肉が付いているんじゃないだろうか。

 そう思い至った俺は、先入観を払いのけてジッとフィーリアの身体を見る。

 身体は、細いな。太腿も……細いな。

 出会った時の華奢な印象から全然変わってねえぞ。


「なんですかユーリさん、ジロジロ見て? ……ひょっとして、興奮しました?」

「いや、ガッカリした」


 もっと筋肉がついてるのかと思ったんだ。

 そう思ったままに口に出すと、フィーリアの得意げな顔が瞬く間に崩れる。


「ちょっ、人の身体見てガッカリしたとか言わないでくださいよ! デリカシーカムバック!」

「あいつは死んだ、もういない」

「そ、そんな……!」

「冗談はそのくらいにしてだな。太腿の筋肉痛は本当に大丈夫か? マッサージしてやろうか?」

「いえ、明日が本気で怖いのでやめときます。倍の痛みはシャレになりません、本当に」


 そうか、残念だな。初めて人に試すチャンスだと思ったのに……。


「……え?」

「ん? なんだ、どうした?」

「そのマッサージ、誰にも試したことないんですか?」


 どうやら心を読んだようだ。

 だとしても、そんなに引っかかるようなことでもないと思うが。


「ああ、そうだぞ。森にいるときに考案したマッサージだけど、ずっと一人で住んでたからな。自分にしかやったことはない」


 そういえば昔はよくやったものだが、最近はめっきりやらなくなったな。

 筋肉痛になることが皆無になったからだが。

 久しぶりにやりたかったな。


「……ちなみに、どんな感じでやるのか聞いても?」


 ふむ、どうやらフィーリアはマッサージの方法が気になるようだ。

 本来は秘伝なのだが、フィーリアならいいか。教えてやろう。


「そうだな……太腿の場合、まず三人に分身してもらう」

「その時点で常人には無理ですね」

「次に、分身した三人それぞれの太腿のツボを俺が本気で押す。これで効き目は三倍だ」

「ユーリさんの本気ですか……太もも壊れちゃいそう……」

「で、最後に太腿が二倍に腫れ上がれば終了だ。見た目は凄いことになるが、効果はちゃんとある。自分で試したからな」

「ユーリさんユーリさん。多分それ、ユーリさんには耐えられても私には耐えられないヤツじゃないですか……?」


 うん? うーん……。


「……頑張ればイケる!」

「絶対無理ですよ! あっぶない、私危うく実験台になるところでしたよ!」


 おかしいな、なんでこんなに不評なんだ?

 俺はフィーリアのためを思って言ったというのに。

 人間関係というのはままならないものだ。そう思いながら、俺はフィーリアと共に貸してもらった部屋を出た。




 外に出ると、街は熱気にあふれていた。

 普段暮らしている街がレース会場になるだけあって、参加しない人たちにとっても非日常を味わえる貴重なイベントなのだろう。

 変わり映えのない日々の中に時折訪れるそういった特別を、普通の人間は大事にすると聞いたことがある。

 ちなみに俺は毎日が波乱万丈なので毎日が特別だ。


「凄い熱気ですねー」

「ああ。俺たちもちょっと注目されてるみたいだしな」


 先ほどからチラチラとこちらを窺うような視線を感じる。

 これは俺の勘違いではないだろう。


「それはきっと、『魔物役を人間がやる』っていう話が広まってるからですよ。なんかもう国中の人が知ってるみたいですよ?」

「噂が広まる速度が速いな……」


 そういや、人口千人くらいとか言ってたっけか?

 それならまあ、珍しい話はすぐに国中に広まるか。

 ただでさえ俺たちは『外の世界からやってきた人間』として珍しがられてるからな。


「話聞いたぞ、頑張れよ!」


 すれ違いざま、そんな声がかけられる。


「任せろ、ぶっちぎりで優勝するからな」

「あはは、まあ期待してるぞ」


 あちらは冗談だと思ったようだ。

 まあいい。レースが始まればその考えも改めざるをえないだろうからな。

 そう意気込む俺の元に、一人の老人が歩み寄ってくる。

 国王だ。


「おお、二人ともやる気は充分な様じゃな」

「国王様に貰ったチャンスですから、私とユーリさんもやる気が出ます」

「見てろよ、最高に楽しいレースを見せてやるから。まだまだ生きてやるって思えるようなな」


 俺の宣言に、国王はニヤリと笑う。


「そりゃあ、楽しみじゃなぁ……! 楽しみ過ぎて儂、心臓が止まりそうじゃよ。……うっ!?」

「おい!?」

「ホッホッホッ、冗談じゃ冗談」


 しゃれにならない冗談はやめてくれ。


「まあ頑張るんじゃな。儂は参加者全員を応援しとる」と言って、国王はどこかへ行ってしまう。

 どうやらレースの参加者全員に順番に声をかけているようだ。


「ああ、頑張らせてもらうぜ」


 背中にそう声をかけると、国王はホッホッと背中を揺らした。




 そして、レースの開始時刻が近づいてくる。


「そろそろ開始が近いみたいですし、私たちも準備しましょー」


 フィーリアに頷きを返し、俺はスタート位置に並ぶ。

 そこにはモーモーという名の、巨大な魔物がすでに何匹も並んでいた。

 茶色い毛皮に包まれた身体は地竜車の様に巨大で、とてもこの巨体が高速で動くとは思えない。

 しかしフィーリアによるとこの身体で優に時速百キロを超える速度で走るというのだから、魔物も侮れないよな。


「負けねえぞ」


 地面に膝をつき、上にフィーリアを迎え入れる体勢を作る。


「モー……!」


 お、そっちもやる気は充分か?


「こっちだって。モー!」

「なんでユーリさんがモーモーの言葉を喋ってるんですか」

「伝わるかなーと思った」

「純粋ですね……」


 呆れたような顔をしながら、フィーリアが俺の上に乗る。

 体感的にはふわり、といったくらいの重さだ。

 これならほとんど誰も乗せていないのと変わらない。

 思う存分、力を発揮することができる。


 街の人間は俺たちがおふざけで参加していると思い込んでいるようだが、俺は本気だ。

 そしてもちろんフィーリアも。


「狙うは優勝唯ひとつですよ、ユーリさん」

「当然だ」


 言葉を交わす。

 と同時に、開始の笛が鳴り響いた。

 さあ、レース開始だ。

告知が遅れましたが、『魔法? そんなことより筋肉だ!』の三巻が発売されました!(表紙は下にあります)

最終巻になるので好き放題してます!

web版はまだ続くのでよろしくお願いします!

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