167話 実力主義
「ユーリさんが、モーモーに……って、どういうことですか?」
高らかに告げた俺の言葉を理解できなかったのか、聞き返してくる。
そこまで難しいことは言ってないつもりなのだが。
「だから、俺が魔物役をやるってことだ」
「……?」
「俺が魔物役をやって、お前が騎手をする。これなら二人とも許可が貰えるだろ? 『優勝者とその優勝者が乗った魔物』に許可が出されるらしいからな」
これこそが盲点、ルールの穴。
ふふふ、俺にかかればこの程度のルールのほころびを見つけることなど造作ない。
なにせ俺はインテリマッスルだからな。
「日々色褪せない突拍子のなさですね。お陰さまで毎日が新鮮な驚きで満ちています」
「なるほど、この発想力が羨ましいと?」
「いえ、そういうわけじゃ決してないですよ。決して」
「ふぅ……嫉妬とは些か見苦しいな」
「話聞いてます?」
首をかしげてくるフィーリア。
もちろん聞いてるぞ、聞いたうえでの発言だ。
「まあいい。とにかく、そういう案だ。どう思う?」
「いやいや、いくらなんでもそれは……。第一、ルール上無理じゃないですか。騎手は人間で、走るのは魔物っていうのがルールなんですよね、国王様?」
「面白そうだからオッケー!」
「国王様!?」
「さすが国王! 話がわかるヤツだぜ!」
国王はふぉっふぉっふぉっ、と笑いながら皺の刻まれた顔で俺を見る。
「儂ゃもう老い先短いからな。バカやるやつ見んのが唯一の楽しみなんじゃよ。魔物のレースに人間が参加するたぁ、バカすぎて儂お前大好き!」
おお、どうやら俺の筋肉に魅了されたらしい。
気持ちはわかるぞ、国王よ。俺は誇らしい気分で胸筋を張りあげる。
「好きにやれ! ただし死んでも知らんからな?」
年齢を重ねると共にすっかり白くなった片眉を上げ、国王は言う。
俺はニカッと笑ってそれに答えた。
「死ぬ? あり得んな。俺の目に見えているのは、優勝の一文字だけだ!」
「二文字ですユーリさん」
「……優勝の二文字だけだ!」
「アヒャヒャヒャヒャ、君バカすぎるじゃろ! 儂を笑い殺す気か!」
国王は目尻に涙をためながら、ヒーヒー言いつつ地面を叩いている。
ジジイお前、老い先短いどころかまだまだ元気じゃねえか! チッ、長生きしろよ!
そして翌日。
気持ちの良い太陽の光を浴びながら、俺とフィーリアは街を歩いていた。
「街の中を魔物が走るとか、すごいレースもあったもんですよね」
「楽しそうだよな、参加できてよかった」
当日はこの街並みをモーモーをはじめとする魔物に乗った騎手たちが駆け抜けるのだという。想像しただけで鳥肌が立ってくるな!
そんなことを思いながら、街を抜け、平原へとやってくる。
この国にある唯一の平原らしい。
特に遮蔽物もない見晴らしの良い場所で、練習には最適だ。
もちろん、来たる翌日に迫ったモーモーレースのための練習である。
モーモーレースで魔物役を務めることになった俺だが、出場するにあたって一つ条件が課された。
それはズバリ、『四足歩行で走る事』。魔物の速さを競う大会であり、他の出場魔物は全員四足歩行であるから、これは当然とも言って良い条件である。
それに、二足歩行じゃ余裕過ぎるからな。ちょうどいいハンデだ。
こんな機会でもないと、四足歩行で速く走る練習なんてしないしな。
ある意味いい機会を貰った。ありがとう、モーモーレース。
「モーモーって魔物見てきましたけど、めちゃくちゃ大きかったですよ。体重数百キロかつ、最高時速も百キロ超えとかいう話です。あんなのもう魔物というより質量の塊ですよ。毎年何人かは怪我人も出てるみたいですし……」
「おお、楽しみだな!」
「楽しみに思えるその神経が羨ましい……」
羨んでいるうちはまだまだだな。
真に欲しいと思うのならば羨むな、勝ち取れ!
と、そんなことを思っている間にもフィーリアの話は進む。
「でも、意外と大会のレベルは高いみたいですね。他の参加者の方々は入念に準備してきてるって聞きましたし。優勝するのはきっと生半可じゃ無理ですよ」
「わかってる。だから練習するんだろ」
「そりゃそうですね。ごもっともです」
俺は正論しか言わないからな。
正論マンと呼んでもいいぞ。……いや、それだったらマッスルマンの方がいいな。
「……そうだ。いっそのこと、合わせて正論マッスルマンってのはどうだ?」
「なんでもかんでも安易に合体させればいいってものじゃないと思います」
くっ、たしかにその通りだな……。
平然と心を読んだうえ、正論マッスルマンの俺に正論で返してくるとは……!
「……負けたよ」
認めよう。完敗だ。
俺は今日この日、フィーリアに敗れた。
そして、敗者に正論マッスルマンを名乗る資格はない。
「おめでとうフィーリア。今日からお前が新しい正論マッスルマン――いや、正論マッスルウーマンだ!」
「!? なんでですか!?」
「勝ち抜き交代制だからだ」
「なくていいところで実力主義が導入されてる……!」
そんな言葉を吐くフィーリアの声色は、とても嬉しそうには聞こえない。
まったく、素直じゃないヤツだ。
「まあまあフィーリア。口ではそんなこと言っても、表情を見れば本当の気持ちは一目瞭ぜ……あれ? 顔もあんまり嬉しそうじゃないな」
「その称号を喜べるのはユーリさんくらいなもんです。いえ、割と本気で」
こんな名誉ある二つ名もないだろうに。もったいない。
悲しいことに、こうして正論マッスルマンの歴史は一代限りで潰えることとなった。
「そんなことより練習ですよ、練習っ」
またも正論。
やっぱり正論マッスルウーマンの素質があると思うのだが。
強いて言えば、マッスル要素が皆無なことがとても大きな問題だな。
とはいえ過ぎたことをいつまでも気にしていても仕方ない。
俺は気持ちを切り替え、練習に励むことにする。
そういえばフィーリアから練習を急かされたのなんて、初めてかもしれないな。
昔は面倒くさがりだったのに、立派に育ったものだ。俺は嬉しいぞ、フィーリア。
そんなフィーリアのやる気に答えて、俺も本気を出すことにしよう。
モーモーレースは騎手が魔物の上に乗った状態で街中を駆け、一周した時の順位を競う大会だ。
つまり、フィーリアには俺の上に乗ってもらうことになる。
筋肉を解放し、平原に膝をつく。
丈の短い草がチクチクと足に刺さるが、このくらいは問題ない。
「さあ乗れ」
「じゃあ、失礼します」
「ふぅ」と息を少し吐き出すとともに、フィーリアが俺の上に跨る。
相変わらず軽いな、もっと筋肉をつけた方がいいと思うぞ。
フィーリアは制止した状態の俺の乗り心地具合を確認するように、ぽんぽんと何度か俺の身体を軽く叩いた。
「乗り心地はどうだ。落ちそうになったりしないか?」
「……思ったより、いいです。ちょっとびっくり」
上から感心したようなフィーリアの声が聞こえてくる。
ふふん、そうかそうか! 乗り心地がいいか!
やっぱり身体を褒められると元気が出てくるな。
「そうだろう、鍛え上げたからな。背中の広さでもモーモーどもには負けんぞ」
「魔物とそんなことを競うのはユーリさんくらいなものですよねー」
「俺は誰にも負けたくないからな。……動くぞ?」
「あ、はい」
フィーリアが落ちないよう気をつけながら、ゆっくりと動き出す。
「おお……。動くとなんか、変な感じですね。身体が擦れてくすぐったい感じがします」
「まだ速度上げても大丈夫か?」
「はい、まだいけそうです」
確認をとりながら、徐々に速度を上げてゆく。
最初の頃は少しおっかなびっくりだったフィーリアだが、ものの数分もすればすっかり慣れたようで、俺を自在に乗りこなしていた。
「意外とバランス感覚良いなお前。芯がぶれてない」
「あ、そうですか? 一応森育ちですし、知らない間に鍛えられてたんですかね?」
「これなら、俺も本気で走れそうだ」
そう言って、俺は最後のギアを上げる。
スーパーユーリさんモードだ。
フィーリアがここまで出来るとなれば、あとは魔物役の俺次第。
しっかりと練習しなきゃだからな。
「んひぃっ!?」
突如格段に速くなった俺に、フィーリアがそんな声を上げた。
保っていた上体をすぐに前に倒し、身体ごと俺の背にくっついてくる。
その選択自体は悪くないが、代わりに下半身の力が抜けてしまっていた。
これだと騎手の安定性に欠いてしまう。
「お、落ちるぅ……!」
「太腿で俺を挟め! 脇腹だ!」
「太腿でって、そんな……へ、変態です!」
何を考えてるんだお前は。
こっちは真面目に練習してるんだぞ、変なことを考えるんじゃない。
「優勝しなきゃ帰るのに一か月かかるんだぞ? それでもいいのか?」
「うぅ……恥ずかしい……! や、やりますよ、やればいいんですよね!?」
そう言って、ムギュッとフィーリアの両脚が俺の脇腹を挟んだ。
よし、これで少しは安定したな。
「じゃあカーブ行くぞ。頑張れフィーリア!」
「も、もう無理ぃ……!」
「抗議できてるうちは大丈夫だ!」
「スパルタが酷い……!」
情けない声を上げながらも、しっかりと俺の背に貼りつくフィーリア。
フィーリアは意外とやればできるんだよな。
そして、夕方。
一日中二人で練習しただけあって、成果は出た。
あとはそれを明日の本番で発揮するだけだな。
「良く頑張ったな。結局一度も落ちなかったじゃないか、凄いぞ」
「ふ、太腿が攣りそうです……」
軽く足を震わせるフィーリアに、肩を貸してやる。
「明日筋肉痛になってそうだけど、大丈夫でしょうか……」
「そうなったら、俺が朝マッサージしてやる。速攻で筋肉痛が治るマッサージだ」
「え、そんなのあるんですか? 今までもやってくれたらよかったのに、いじわる!」
「ただし、翌日に倍の痛みになった筋肉痛がやって来る。今までもやってほしかったか?」
「ユーリさんの優しさを身に染みて感じました。いつもありがとうございます」
「こちらこそどうも」
互いに感謝の言葉を交わし、俺たちは平原を後にした。




