166話 裏技なんて都合のいいものは基本ない
男と軽く話をしながら、人々が住む場所へと案内してもらう。
「しばらく外に出ないうちに、人間も変わったものだな……。外の人間は皆こんなに筋肉がついているのか?」
俺の身体を興味深そうに眺める男。
そんなに見つめられると照れるじゃないか。でも嬉しいからもっと見ろ。
「いえ、この人が特殊なだけです」
「残念ながらフィーリアの言うとおりだ」
まだまだ俺の体型はこの世界のスタンダードとは言い難い。
まあ、筋肉は奥深いからな。
一朝一夕では理解できず、その崇高さを感じ取るには少し年月がかかるのだろう。
「そうか。君には悪いけど、ちょっと安心したよ。外の人間が皆こうならどうしようかと思った」
安心……どういうことだ? しばし考え、結論に至る。
「ああ、安心してくれ。今から鍛えればあんたでもトップクラスの筋肉持ちになれるぜ」
「どういう思考を辿ればそんな結論になるんですか?」
あれ、違ったか?
自分が筋肉道において取り残されたかもしれないと焦っているのかと思ったのだが、違ったらしい。
と、そんなことを話している間に目的地に到着する。
土魔法で作られた家々が並び、パッと見はそこまで王都とも違いがあるようには見えない。
さすがに王都と比べてしまうと諸々のスケールは小さいが、それ以外は極めて普通の住宅地だ。
「ここがアルバトだよ。まあ、国というよりは村くらいの規模しかないけどね」
「少し意外だったな、もっと魔物との戦いの跡やらがあるのかと思った」
軽く家々を見渡してみても、特にそういった傷は見受けられない。
それどころか、そこらを歩いている人々の多くは戦闘の心得がなさそうにも見えた。
「あはは、昔は結構そういうこともあったみたいだけど、今はないなぁ。五年くらい前に、魔国の王様が代替わりしてからはね」
「王様が替わったんですか?」
「ああ。それ以降は以前と打って変わって平和になったよ。たまにおてんばなお姫様が、見張りの目を盗んで遊びに来たりもするくらいだ」
そう語る男の顔色は柔らかだ。
なるほどどうやら、アルバトと魔国は上手くやっているらしかった。
魔国といえば、魔人が住む国。
てっきり無法地帯に近い状態なのかと勘違いしていたが、そういうわけでもないらしい。
意外と秩序立っているようだ、と俺は頭の中で魔国の情報を入れ替える。
「君たちが急いでいるのもわかるけど、魔国を通過するための手続きにはかなり時間がかかる。なにせ、あそこに住んでるのは人間じゃなくて魔人だからね。だから、今日くらいはゆっくりしていってくれないかな。国外からの人なんて、何十年振りかなんだ。海から流れ着くくらいしかこの国に来る手立てはないからね」
「きっと皆君たちと話したがるよ。お願いだ」と言われてしまえば、断ることも難しい。
「まあ、この国の人間に筋肉の素晴らしさを教えるいい機会だな。いいだろう」
「異教認定されないといいですよね」
「笑顔で不穏なことを言うな」
そういうわけで、しばしの間この国の人たちの交流を楽しむことにした。
そして、数時間後。
ある程度交流も楽しみ、好意で自宅の二階まで貸してもらった俺たちは、その場所でくつろぎながら話し合う。
「いやー、参りましたね……。どうしましょう」
「どうするかなぁ。まさか一か月も待ちぼうけ喰らうことになるとは……」
しかし、アルバトの人々には概ね好意的に受け入れられたにもかかわらず、俺たちのテンションは低かった。
ちょうどこの夕日と同じように、段々と下がっていっている。
それにはもちろん理由があるのだが。
詳しく聞いてみたところ、魔国を通過するために必要な手続きを全て済ませるには、一か月近くの時間がかかると言われたのだ。
一か月。三十日。七百二十時間。……そんなに待てるか!
一日二日の滞在なら問題はないが、さすがに一か月は長い。長すぎる。
「なにか、裏技とかないですかねー。魔闘大会の時みたいな」
ごろごろと床を転がりながら言うフィーリア。
やっと帰れると思っていただけに、かなりショックを受けているようだ。
「聞いて回ってみるか」
「そうしますか。じゃあ、私の出番ですね」
「なんだ? 随分とやる気だな」
いつもこういう時はあんまり動こうとしないのに。
意外そうな顔をしているのに気付いたのか、フィーリアはスクッと立ち上がり、えへんと貧相な胸を張る。
「そりゃもう、働かないと帰れませんからね。それに、こういう情報収集には外見が優れている方が有利です。具体的に言うと、超絶美少女エルフの私とか!」
「へー」
「……超絶美少女エルフの、私とか!」
「ほー」
「……ぐすっ」
「泣くなよ」
「反応が薄すぎて、恥ずかしくなっちゃいました……。心のケアをしてください」
フィーリアは赤面しながら目元を擦る。
メンタルの弱さを少しは克服してくれ。
大体、心のケアって言ったって……こんな感じか?
「かわいいかわいい」
「えへへ、完治しました!」
ちょろすぎだろコイツ。
「じゃあ、早速聞き込みに行きましょう! ほらユーリさん、早く早く!」
「おう、わかったわかった」
フィーリアに腕を引かれ、二階を貸してくれた家の持ち主に出かけることを報告し、俺たちは外に出る。
人を探してみると、数分で見つけた。
腰の少し曲がった、七十歳か八十歳くらいの男の老人だ。
家の庭で畑仕事をしているようだ。
話しかけようとフィーリアと共に近づくと、それに気づいた老人は先に口を開いてくれる。
「おおう、君らがこの国にやって来たって噂の二人組か。えらい強そうな兄ちゃんと、べっぴんな姉ちゃんじゃな」
「おいおい、それほどでもねえぜ」
「べっぴんだなんて、えへへ……」
「予想以上の反応にワシ困惑」
「なんじゃ君ら、面白いのう」と言ってから、老人は堂に入った仕草でごほん、と咳をする。
「ワシがこの国の王様じゃ、よろしくの」
「え、お、王様なんですか!?」
フィーリアが驚きの声を上げる。
いや、俺も驚いた。
王様ってイメージと真逆だしな。
失礼ながら服もよれよれだし、肩に鍬乗っけてるし。
住んでいる家の大きさも、他の家と全く変わらない。
「おお、そうじゃぞ。ワシ王様。畑仕事なんてしてるから驚いたかの? 王様といっても千人ぽっちの国じゃからな。暇なんじゃ。ジッとしとるのは性に合わんしの」
驚いたが……これはある意味アタリかもしれないな。
王様に聞く以上に確実なことはないだろう。
フィーリアも同じことを考えたようで、俺の方を見てコクリと頷いた。
「すみません国王様、お話があるのですが……」
「おう、なんじゃなんじゃ。いくらでも聞くぞい、なんせ暇じゃからの」
そして、フィーリアが俺たちの事情を話し終える。
「――と、こういうわけで、魔国を通過する許可を得るための裏技みたいなものはないかなーなんて思ってるんですけど……やっぱりそんなのはないですかね?」
「ふむ……いや、あるぞい」
「え、あるんですか!?」
国王は顎を引き、肯定を示す。
「うむ。二日後に『モーモーレース』というレース大会が開かれるんじゃ。モーモーという牛型の魔物やらなんやらに騎手が乗って、誰が一番早いかを競うレースなんじゃがな? それで優勝した人間は魔国の王様に表彰されるために、特例として魔国に入る許可が出ることになっとる。一旦魔国に入ってしまえば、魔国としてはこちら側に戻すのも外の世界に出すのも同じ手間じゃし、きっと外に通してくれるじゃろ」
「なるほどな」
「二日後なんて、運命が私たちに味方してるとしか思えませんね! 絶対優勝しましょう、ユーリさん!」
ああ、そうだな。
まさに俺たちのためにあるような大会だ。
「ただ、問題があってのぅ……」
と、国王の声が苦みを帯びる。
「問題? なんだ?」
「行けるのは優勝者だけ……つまりは一人だけじゃ。ああ、厳密にいうと優勝者に加えて優勝者の乗った魔物もじゃから、一人と一匹だけと言った方がいいかの。つまり、君らのうち魔国に行けるのはどちらか一人だけじゃ」
……ふむ、それはたしかに問題だな。
「ど、どうしましょうユーリさん……!?」
フィーリアが震える声で聞いてくる。
パートナーがインテリマッスルな俺の知能に期待してくれているのだ。ここはなんとか応えねば。
「いや……俺に考えがある。聞いてくれるか、フィーリア」
「は、はい。聞きますっ」
フィーリアと国王が俺に注目する中、俺は高らかに言い放つ。
「――俺が、モーモーになる!」
俺はモーモーになるぞ、フィーリア!




