165話 向き不向き
そして翌日。
一夜を過ごした洞窟を出る。
そして昨日と同じ要領で魚を取る。
グルたちがまた野菜を分けてくれたので、魚と野菜で豪華な朝食となった。
そして、あっという間に出発の時がくる。
「せっかく親友になれたところだが、俺とフィーリアはあっちに行かなきゃならん。わかるか? グル、ピャア」
言いながら、二匹の頭を撫でる。
二匹は拒みも警戒もせず、俺の手を受け入れてくれた。
「お前たちは強い。腕っぷしじゃないぞ? 心の話だ。お前らに会えてよかった」
「グルル」
「ピャアア」
この反応は……分かっているのだろうか。
さすがに細かい心の動きまでは俺でも理解しきれない。
「なんとなくですけど、お別れだってことはわかってるみたいですよ」
そっか。心を読んだフィーリアが言うなら間違いないな。
俺がひとしきり頭を撫でた後は、フィーリアが撫でる番だった。
「こんな無人島で、出会えたことも、仲良くなれたことも、奇跡みたいです。ピャアちゃんとグルくんに会えて、私、とっても楽しかったですよ? あ、あとお野菜も、ありがとうございました。本当はもっと一緒にいたかったですけど……ごめんなさい、私たちも戻らなきゃいけない場所があるんです……ぐすんっ」
頭を撫でながら、フィーリアの目からは涙がぽろぽろと流れ出る。
「グラアァ……」
「ピャア……?」
グルとピャアは心配そうにフィーリアを見つめていた。
「フィーリア、泣くより笑った方がいいぞ。じゃないと二匹に心配されちまう」
「わかってますよぅ……ぐすっ……わかってますけどぉ……!」
「ぐぅぅ~……っ!」と気合を入れて、フィーリアが自分の頬を押しつぶす。
その痛みで無理やり涙を止めたようだ。
赤くなった頬のまま、フィーリアは笑顔を作る。
「もう大丈夫です、泣きません。お別れは笑顔でしますっ」
「ああ、それがいい」
そして、俺は空気を蹴りだし、フィーリアは風魔法で浮き始める。
昨夜に見えた光の方へと、俺たち二人は進み始めた。
そんな俺たちに、島に残った二匹は大きな鳴き声をかけてくれる。
「ピャアッ、ピャアッ!」
「グルルッ! グルルッ!」
ありがとうなお前ら、言葉が伝わらなくても何言ってるかはわかるぜ。
俺は小さくなっていく二匹に大きく手を振った。
「じゃあな! ピャア、グル!」
「ピャアちゃん、グルくん、お元気で!」
俺とフィーリアは二匹の姿が見えなくなっても手を振り続けた。
島が米粒の様に小さくなるまで、振り続けた。
もしかしたら、俺はこの先グルとピャアに会う機会はもう二度とないかもしれない。
だけどこの思い出は俺の中に残り続ける。アイツらもそんな風に思ってくれたらいいな、なんてことを思った。
「っ……! っ……!」
島が見えなくなってから数分。
隣を見ると、フィーリアが唇を白くなるほど噛んでいる。
泣くまいと、必死で我慢しているようだ。
コイツは病的に涙もろいからな、耐えるのも大変なんだろう。
念のために声をかけておいた方がいいかもしれないな。
「元気出せよフィーリア、一期一会だって。出会いもあれば別れもあるのが人生だろ」
「そうですよね。前を向いて生きていかなきゃ、ピャアちゃんとグルくんにも失礼ですもんね。……うん、私、気持ちを切り替えます」
「そうしろ。ほら、大陸っぽいのも見えてきたぞ」
「わぁ、本当ですね! 頑張りましょーねユーリさんっ! あと一息ですよっ!」
ちょっと無理に明るく振舞ってる気もするが……まあ、落ち込んでいるよりはマシか?
「ああ、そうだな」
「もう、なんですかその反応。もっとキャピキャピしてください、キャピキャピ!」
「……善処はする」
俺にキャピキャピさを求めるのは正直御免願いたいのだが。自分で言うのもなんだが、正直対極に位置する人種だぞ。
まあしかし、せっかくフィーリアが明るくなったのだ。
ここで一肌脱がなくて、何がパートナーだって話だよな。
やるしかない、フィーリアのためだ。
ゴホン、と一つ咳をして、俺は精一杯のキャピキャピさを見せつける。
「うっわー! すっごいねフィーリア! 見て見て、おっきい大陸だよ~?」
「ひぃぃ、ユーリさんが壊れたぁぁぁっ!」
おい! お前がキャピキャピしろって言ったんだろうがっ!
なんで恐怖に震えてるんだよ!
俺なりに努力したのにその態度は酷いぞ!
「俺お前嫌いっ!」
「わわわ、嫌いにならないでくださいよぅ!」
「ばか。あほ。どじ。まぬけ」
「ひ、酷い……! また泣きますよ!? 良いんですか!?」
コイツ、涙を武器にしてきやがった……!
しかも脅しではなく、実際に目が潤んでやがる。どんだけ撃たれ弱いんだ。
くそぅ、それをされたらこっちは何も出来んぞ……!
「……悪かったよ、俺も言い過ぎた」
「いえ、こちらこそごめんなさい。ちょっとふざけすぎちゃったみたいです」
互いに謝り合う俺とフィーリア。
しかし、これで終わりにしてはいけない。
反省するだけでは意味がないのだ。
向上しなくては。
「次から気をつけたいから、何かアドバイスをくれ」
「アドバイス、ですか……? 今回のことはどちらかというと私の方が悪いので、アドバイスのしようもないですけど……まあ、強いて言うならというところで」
フィーリアはピンと指を立てる。
「なるべく優しくしてください。出来るだけ甘やかしてください。可能な限り褒めてください。ついでに少々お金もください」
「ここぞとばかりに無茶苦茶言いやがる」
お前はどれだけ甘やかされたいんだ。
げんなりとした顔をする俺に、ふふふと小さく笑うフィーリア。
「嘘ですよ。今のままのユーリさんで私は充分満足です」
「なんだ、そりゃよかった。一瞬本心かと思ってビビったぞ」
「もう、ユーリさんったらぁ。あんなの本心なわけないじゃないですか、二割くらいしか思ってないですよ」
二割は思ってるのかよ。
そんな会話をしながら、俺たちは見える陸地に向かってひたすらに飛び続けた。
島を出発してから一時間くらいが経っただろうか。
ようやく俺とフィーリアは、光の出所だった大陸っぽい陸地に辿り着き、足を下ろす。
一時間ぶりの地面は俺をがっしりと迎え入れてくれた。
「あー、疲れましたー……。魔力が足りて良かった……」
「さて、まずは人を探すか」
「相変わらず無尽蔵の体力ですね……。でもたしかに、あんまりゆっくりしてると日が暮れちゃいますし、疲れてますけどそうしましょうか。疲れてますけど」
「筋肉をつければ疲れんぞ。事実俺は全く疲れていない」
「無茶苦茶なこと言わないでください。それはユーリさんだけですから」
海岸線に降り立った俺たちがそんな会話をしていると、がさりと音がする。
見ると、人が腰を抜かしていた。
「な、なんだ、君たち!? 海の方から飛んできたのか……!?」
おお、いきなり人がいた。
幸先がいいな。
「大丈夫ですか? すみません、驚かせてしまって……」
「あ、ああ……すまないね」
フィーリアが優しく声をかけながら、男を起き上がらせる。
こういうのはフィーリアの役目だ。
俺がやると下手すると骨を折ってしまう可能性があるからな。一般人はか弱くていけない。
「でもやりましたねユーリさん、これで帰れますよ!」
人を見つけたフィーリアは有頂天になって笑顔を見せる。
まあ、気持ちは分かる。
やっと帰る手立てが見つかったようなものだからな。
人がいるなら、移動手段もあるはずだ。
王都に帰れる日もそう遠くはないかもしれない。
「ん? 帰る?」
フィーリアの会話が聞こえたのだろう、男が不思議そうな顔をする。
「ああ。ちょっとしたミスで無人島に飛ばされてな。王都ってわかるか? 俺たちはそこに帰ろうとしてるんだ」
「なるほど……。それは大変だったな」
「ああ、でも楽しかったけどな。良い出会いもあったし。で、ここはどの辺りなんだ?」
俺の質問に、男は平然と答える。
「この国の名はアルバト。海のあるこちら側以外、三方を魔国に囲まれた国だよ」
おいおい、ちょっと待てよ。
魔国って言ったら、魔人が住んでるっつー国だよな?
そんな魔国に三方を囲まれた国……だと!?
「やべえ、楽しいことになりそうな匂いがぷんぷんするぜ!」
「や、厄介ごとが起きそうな匂いがぷんぷんします……」
得られた情報に、俺とフィーリアは対照的な表情を浮かべるのだった。




