160話 ターニングポイントは突然に
急遽増えた休養日の最終日、三日目。
ようやく外を出歩けるほどに回復したフィーリアと、街を歩く。
さすがにこの前のトレーニングは少々やりすぎてしまったようだ。「ようやく動いても痛みが出ない身体に戻りました……」と疲れたように言うフィーリアを見ると、なんだか罪悪感が湧いてくる。
「悪かったな、三日前はちょっと激し過ぎた」
「いえいえ、元はと言えば私が原因みたいなところもありますし。……でも急いでるからといってドアをぶち破っていくの、あれを癖にするのはやめてくださいね? お金結構かかりますし、ご主人から怒られちゃいましたから」
「わかった」
どうやらフィーリアは宿の主人に注意されたらしい。
例え全額弁償したとしても、同じようなことが続けば出て行ってもらうとも言われたとか。
「にしても、あの主人もおかしなことを言う。ドアは破るためにあるものだというのに」
「ドアは開けるためにありますからね、絶対に。何のために取っ手が付いてると思ってるんですか」
なるほど、新たな発見だ。
フィーリアといるとやはり学べることが多い。
感心していると、フィーリアがお返しとばかりに謝ってくる。
「というか、むしろ私の方こそすみません。休養日を増やしてしまって」
「いや、アシュリーが甲斐甲斐しく看病をしてくれたおかげで昨日は一人で依頼を受けに行けたからな。そこまで迷惑はかかってないぞ」
フィーリアが筋肉痛で動けないことを知ったアシュリーは、もはや介護と呼ぶのがふさわしいくらいの甲斐甲斐しさでフィーリアを世話してくれた。
しかもそれを楽しそうにやるのだから、アシュリーはわからない。
まあそのおかげで昨日の俺はワニの魔物と戦えたのだ。アシュリーには感謝しなければならないだろう。
「今度アシュリーちゃんにもお礼言いに行かなきゃですねぇ」
「そうだな」
そんな会話をしながら街を歩いていると、ふとフィーリアが立ち止まる。
どうやら露店に並んだ商品の一つを注視しているようであった。
「ユーリさん、ちょっと買い物してきてもいいですか?」
「ああ、付き合うぞ」
フィーリアに付き添い、露店に近づく。
シートの上に商品だけを乗せた、最も簡易な造りの露店だ。
そこの店主にフィーリアが話しかけた。
値段を窺い、迷わず購入する。
商品を受け取る際に「ありがとうございます」とフィーリアが浮かべた微笑に、店主は心を奪われ呆けた顔をしていたが、それは関係のない話だ。
「いやー、いい買い物しました」
買い物を終えたフィーリアは宿に帰るとほくほく顔で頬に手を当てる。
だが、俺には何を買ったのかわからない。
「それはなんなんだ?」
「なんだと思います?」
逆に聞き返され、手渡された俺はそれを注意深く見て見る。
見たところ、黒い小さな箱のように見えるが……黒いのは、金属が錆びているのか。
つまり材料は金属? 重さ的には金属でも不思議はないな。
続いて振ってみるが、音はしない。匂いを嗅いでも、錆の匂いがきついだけだ。
……駄目だ、わからん。
「降参だ。何のトレーニングに使うのか、見当もつかん」
「トレーニングには使いませんよ」
「……何だと? じゃあお前は今、トレーニングに使わないものを買ったのか?」
「はい、そうですけど……」
「そんなヤツ、初めて見た……」
はぁー、驚いた。
俺は口をポカンと開け、フィーリアを見る。
まさかトレーニングに使うでもないものを買うなんて……。
「いるところにはいるんだな……」
「そんな人そこらじゅうにいますよ!?」
おいおいフィーリア、そこらじゅうにはいないだろ。
いても三割ってところじゃないか?
「はぁー。……まあとにかく、これは魔道具ですよ、魔道具!」
「へぇー」
「途端に興味失くすのやめてください」
「よく気づいたな」
「気づきますよ」と言ってムッと眉を顰めるフィーリア。
仕方がないので、話を聞いてやることにする。
「これはですね、魔道具は魔道具なんですけど、かなり長い間使われていないものです」
「まあ、そうだろうな。だからそんな錆びてる訳だし」
「普通、魔道具って一部の物を除いてかなり高額なんですよ。あんなところに売ってるのはおかしなくらい。つまり、この魔道具はもう使えなくなった物というわけです。ここまではいいですか?」
「ちょっと難しくなってきた」
「混乱するのが早くないですか?」
フィーリアの説明が難しいのだ。俺の頭が悪いわけでは断じてない。
こういう時は、筋肉に置き換えよう。そうすることによってより理解しやすくなるのだ。
「つまり魔道具が僧帽筋で、お金がヒラメ筋で……よし、待たせたな。理解できたぞ」
「どういう理解の方法をとってるかは、今は聞かないことにします」
別に聞いてもいいのだが。
フィーリアは呆れの混じった顔で俺を見ながら、指をにゅっと二本をたてる。
「魔道具が使えなくなる理由は大きく分けて二つ。単純に壊れたか、はたまた中の魔力が尽きたか。前者なら私には直せませんけど、後者なら魔力の波長を合わせれば、私の魔力を注ぎ込むことによって直せます」
「ちなみにこれ、結構高等技術なんですよ?」と言って胸を張るフィーリア。
ドヤ顔コンテストで一位をとれそうなほどのドヤ顔だ。そんなコンテストはないだろうけど。
「で? これを直してどうするんだ?」
そう言いながら俺はフィーリアに魔道具を投げ返す。
それを受け取ったフィーリアは、顔の横に魔道具を持ってきてニヤリと笑った。
「決まってるじゃないですか、露店に出します。安く買って高く売る……くくく、私って天才ですね!」
なるほど、そんなことを考えてたのか……。
というか、お金なんて依頼の報酬で溜まっていく一方だというのにまだ儲けようとしてるのか。
「……小狡いことを考えることにかけては、俺はお前を尊敬するよ」
「小狡いとはなんですか、賢しいと言ってください!」
「小賢しい?」
「酷いっ!」
わんわんと泣き真似をするフィーリア。
顔を小さな手で覆い、女の子座りで床に腰を下ろしている。
そのまましばらく黙っていると、フィーリアの手の隙間が少し開いた。
「……ちらっ」
「……」
「……ちらっ」
「チラチラ見るな、励ましたりなんかしないからな」
「えー、なんでですか。励ましてくださいよぅ」
「だってまず傷ついてねえだろ」
半目で言うと、フィーリアは小さく目を見開く。
「よくわかりましたね、私が傷ついてないって」
傷ついてたらチラチラこっちを見て来たりしないんだぞ。
というかそれ以前に、俺はフィーリアのパートナーだ。フィーリアが何を思っているかくらいはわかる。
「ほ、ほぉー、そうですか。ふ、ふむふむ」
なぜか突然狼狽え始めるフィーリア。……コイツ、心を読みやがったな。
読んでほしい時に読まない癖に、こういう時だけ読みやがって。
「ま、まあとにかく! この魔道具を直してみましょう! 直してみないとわからないけど、きっと価値のある魔道具の予感がしますよぉ……!」
「どうせなら凶悪な魔物が中から飛び出してくるような魔道具だといいよな」
「え、普通に嫌ですけど……?」
そんな会話をしながら、フィーリアが魔道具と魔力の波長を合わせていく。
数十秒後、「あ、いけそうです」と言ったフィーリアの身体から、魔道具に気が移っていくのが俺にもわかった。おそらく今まさに魔力の譲渡を行っているのだろう。
「……ふぅ、できました」
おでこにかいた汗を拭うフィーリア。
満足げな顔で、手に持った黒い魔道具を見下ろしている。
「で、結局何の魔道具だったんだ?」
「それはこれからわかるはずなんですけど……って、嘘!?」
突如フィーリアの顔色が変わる。
それを見て緊急事態だと察した俺は、すぐに戦闘態勢をとった。
「どうしたフィーリア!」
「近づかないでくださいユーリさん! これ、転移の魔道具――」
見る見るうちにフィーリアの身体が透けていく。
「フィーリアっ!」
考えるより前に、俺は腕を伸ばしていた。
すんでのところで、フィーリアの腕を掴む。
著しい速さで白く染まっていく視界。利かなくなる五感。
何が起きたのか考える暇もなく、俺の意識はそこで途切れた。
後半の急展開具合がすさまじい。
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『融合魔術師は職人芸で成り上がる』
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