16話 ガチガチのガチで
今日は数日に一度の依頼を受けない休養日だ。
これは別にフィーリアが働きたくないからという理由でとっているわけではない。俺にとっても休養日は必要なのだ。
依頼ばかり受けていては身体を鍛える暇がないからな。実践に耐えうる体を作るためには、日ごろの鍛錬が物を言う。
そういうわけで、俺は休養日を利用して身体を鍛えていた。
「ユーリさんって休養日の意味知らないんですか? 休む日ですよ、休む日」
いつも通りの裾が桃色な白い服をきたフィーリアが俺に聞いてくる。
その服を気に入ってくれているのだろうか。
服を選んだ俺としては気になるところだが、いかんせんフィーリアが一着しか服を着ないからわからない。
「別に休まなければいけないほど体を酷使したつもりはないからな。それに、体を動かさないと夜寝れない」
「昨日命がけの戦闘してましたよね……? 私なら絶対一歩も動きたくないですよ」
「フィーリアは貧弱だな」
「ユーリさんが強靭すぎるんです。絶対体の作りが普通じゃないと思います」
小指一本で腕立て伏せをする俺をドン引きした表情で見ながら言うフィーリア。
しかし俺はこの訓練に納得していなかった。
「これじゃ楽すぎるな……。フィーリア、背中に乗ってくれ」
「はぁ、別にいいですけど……。……私、重いですよ?」
言いにくそうに言ってくるフィーリア。
重いのか。それは好都合だ。
「むしろ重い方がいいぞ。訓練になるからな」
「相変わらずデリカシーないですねー」
フィーリアは何かを諦めたような表情で首を横に振り、「乗りますよ?」と言って俺の背に乗った。
背中に生温かい人肌の温もりを感じる。
俺はフィーリアを背中に乗せたまま小指一本で腕立て伏せを始めた。
だが、すぐに感じた違和感に首をひねる。
「フィーリア、おまえ軽いじゃないか」
「え、そうですかね?」
なぜかフィーリアの声は弾んでいる。
「そうだ。これだとあまり俺の筋トレにならないな。もう少し太る予定はないか?」
「ありませんよ!」
なぜか怒り出した。やっぱりエルフはよくわからん。
「別にエルフに限ったことじゃないですっ! まったく……ユーリさんにはデリカシーってものがないんですか?」
「勝手に人の心覗くやつに言われたくねえよ」
「他の人には使いませんよ。ユーリさんは特別です。うれしいですか?」
顔は見えないが、確実にからかってやがるな。
俺は返事をしない。
「まあ、こんな能力持ってる私となんか関わりたくないって思うのが普通ですよ。おかげで里で暮らしてた時も誰も寄ってきてくれませんでした。相手が拒絶している場合は心の中見えないんですけどね」
「私、寂しい子なんです」といってフィーリアは泣きまねを始める。
泣きまねはわざとらしいが声も沈んでいるし、避けられていたのはきっと事実なのだろう。
「まあ、いわゆる普通じゃないやつは社会からはじき出されるからな。俺もただひたすらに強くなることしか考えてなかったせいか、ずっと独りぼっちだった。友達は一人もいねえし、彼女もできたことがない」
俺の言葉を聞いたフィーリアは泣きまねを止める。
「ユーリさん……もしかして慰めてくれてます?」
「いいや、ただの独り言だ」
「私たち、似た者同士ですね」
ふふーんと上機嫌な声を出すフィーリア。
「そうかもな。まあ俺は寂しいなんて思ったことはなかったけど」
そういって俺は腕立てを止め、フィーリアを背中から下ろす。
「なんでですか? 普通寂しくありません?」
「俺には筋肉がいたから」
俺は鍛えあげられた自らの体をみつめる。相変わらず美しい。
軽く汗ばんだ俺の体は光に照らされ、キラキラと眩いばかりの輝きを放っていた。
俺は自分の体に思わず見とれてしまう。
「病気ですか?」
「体が丈夫なのが俺の自慢だ」
「体じゃなくて、頭の病気です」
「それもないな。俺インテリだし」
「そうですか、もう手遅れですね。さっき似た者同士と言ったこと撤回します」
そんなことを言い合いながらその日は終わった。
フィーリアが寝てからは片足爪先立ち空気椅子を延々続けた。
地味に思えるかもしれないが、こういう地道な作業が美しくしなやかな、いわゆる強い筋肉を形作るのだ。
俺はまだ見ぬ強敵との戦いを妄想しながら夜を過ごした。
「ふぁーあ。あ、ゆーりさんだぁー。おはようございまぁーす」
「おう、おはよう」
フィーリアが起きてきたのでギルドへ向かう。
いつもと同じように薬草採取の依頼を受けた俺達は、再び森へと足を運んだ。
特に問題もなく依頼を終えた俺たちは、ギルドへと報告に向かう。
「はい。確かに規定の数の薬草を確認いたしました」
報酬を受け取り、ギルドを出ようとする。
「ちょっと待てよ!」
男の声に呼び止められる。
振り向くとヒョロヒョロの男が立っていた。
「何の用だ」
「用があるのはお前にじゃねえ! 隣のエルフさんにだ」
「なんでしょうか」
「あんた、うちのチームに入らねえか? 俺達はガチガチのガチでSランクパーティーになるのを目標にしてるんだ。あんたはエルフだし、ぜひ俺達のチームに入ってほしい」
「はぁ……」
少し斜めを向き決め顔になっている男に対して、フィーリアはあいまいな返事をする。
俺としちゃあ回復魔法が使えるフィーリアには離れてほしくないんだけどな。
話し相手にもなってくれるから一緒にいるのも苦じゃないし。
「そんな筋肉ダルマみたいな男とチームを組んでても未来はねえぞ。俺達と一緒にチーム組もうぜ。そうすりゃガチガチのガチでいつか必ずSランクだ」
「……あなたのチームはブロッキーナを一瞬で討伐できますか?」
男は大げさに驚いた動作をする。
「おいおい、そんなのは無理さ。アイツはBランク上位の魔物だぜ? まだ俺らも戦ったことはねえ。……でも俺らなら三十分もありゃあ討伐できるかもな。まあ、あんたが入ってくれりゃあきっとガチガチのガチで瞬殺できるようになるぜ」
「ならお断りしますね」
フィーリアは流れるように礼をし、ギルドから出ようとする。
「お、おいおい待ってくれ。なんで急に断るんだよ」
男が慌てて呼び止める。
フィーリアは男の方を振り返り、微笑を浮かべて言った。
「私の組んでいるユーリさんはブロッキーナを瞬殺できるんですよ。ユーリさんとのチームの方が未来がありそうなので、私はあなたたちとチームを組むことはありません。以上です、では」
そういって今度は俺の手を取り、ギルドを抜け出す。その足取りはいつもよりもだいぶ速い。
「Eランクがそんなことできるわけねえだろ。嘘つくんじゃねえよ!」
男のわめき声が後ろから聞こえた。
「ご迷惑をおかけしました」
もう少しで宿に着くというとき、フィーリアが口を開いた。
「別におまえのせいじゃねえだろ」
「そうですけど……」
「まあ、あれだろ? なんだかんだ言ってたが、俺を選んだのは俺の筋肉に惚れたからだろ?」
「いえ、断じて違います」
「嘘つけ」
「心の底から否定させてもらいます」
軽口を叩きあい、俺達は顔を見合わせて笑った。
宿に戻った俺は、飛び込むようにして勢いよく椅子に体を預ける。
「あーあ!」
「……どうしたんですか?」
「なんで誰もこの筋肉の美しさが分かんねえのかなって」
誰が何と言おうと筋肉は筋肉だ、尊いものだ。その考えを捨てる気はない。
だが、多くの人間にとって筋肉は完全にいらない子扱いだ。
「必要最低限だけあればいい、あとは無駄」みたいな考え方で、まるで馴染める気がしない。
なんだか悲しい気分になるぜ。ベリーサッドだこの野郎。
「それは……魔法がありますからね。わざわざ筋肉を鍛えなくても、魔力で身体を強化すれば同じことだと考える人が多いんでしょう。でも魔力が特に少ない剣士なんかは体を鍛える人も少なくないって話を里長から聞いたことがあります。それで強化魔法の効果の低さを補うらしいです。まあユーリさんほど鍛えてる人は間違いなくいないと思いますけど」
「へえ、剣士! なるほどね」
たしかにあの死神とかいう剣士は中々身体を鍛えていたな。
体の線は病的なまでに細かったが、そこらの冒険者とは筋肉の質が違った。
他にもあのレベルの剣士はいるのだろうか。
もしかしたらいるかもしれないな。期待だけしておこう。
「でも魔法使い以外の冒険者は基本的に魔法使いより下に見られることが多いようですけどね。魔法でも斬撃に似たことはできますし。まあ、稀にあの死神みたいに単独ですごく強い人もいるそうですが」
「……そうか」
俺は魔法使い以外の冒険者たちのことを考えて、少し悲しい気持ちになった。
魔法使いが全盛の今、それ以外の冒険者は不遇なんだなあ。




