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159話 ぴったり半分こって意外と難しい

「ユーリさん、今日は晴れてますねー」

「ああ、そうだな」


 こんな日は依頼でも受けて身体を動かしたい気分だ。だがしかし、今日は休養日。

 あらかじめ決めていた休みのため、フィーリアを無理やり依頼にかりだすのもはばかられる。

 第一、フィーリアはまだ寝ぼけ眼を擦ってはいるが、今はすでにもう昼だ。

 休養日の前日に「明日は何をしましょうか。楽しみですねー!」と興奮し、それが原因で遅くまで寝つけず、結局お昼前に起きて休養日の大半を寝て過ごす美少女――それがフィーリアである。ぽんこつなことこの上ない。

 そんなフィーリアは水を注いだコップに口をつけ、へふぅ、とのんびりとした声を漏らした。


「こんな晴れた日は、なんだかケーキが食べたい気分ですねぇ」

「天気関係あるのか?」

「関係ないですねぇ」


 ないのかよ。


「……ユーリさん。お金は払いますから、私が昼食を食べている間にケーキを買ってきてはくれませんか?」

「俺がか?」


 たしかにこのまま部屋に篭っていても何も起きないし、外に出ること自体はやぶさかではないが……「ケーキ」という物は俺と相性が悪い。

 あのホイップクリームとスポンジで出来た菓子は、少し揺らしただけでぐちゃぐちゃになってしまうのだ。なんという脆弱さ。筋肉のきの字も見当たらん。

 繊細な作業が苦手である俺には、ケーキを買ってくるという作業は中々に難易度が高いミッションである。

 返事を渋る俺に、朝食兼昼食を作ろうと立ちあがったフィーリアは耳元で告げる。


「買ってきてくれたら、私筋肉のこと好きになるかもなー」

「行ってくる」


 俺は迷う間もなく駆けだした。

 宿のドアを開ける手間さえ惜しんだ俺はドアをそのまま人型の形にぶち抜き、ケーキ屋へと走る。

 こうなればもう運ぶのが苦手だとか、そんなことは言っていられない。

 苦手なのなら修行にもなる。そう考えれば、ケーキを運んでくることなど修行。

 むしろ進んで引き受けて然るべきではないか。

 しかもその副産物として、フィーリアが筋肉を好きになるというオマケつき。これではケーキを買いに行かないという選択肢など、ハナから存在しないようなものだ。




 それから十数分後。


「買ってきたぞ」


 俺は右手にケーキを抱えて宿へと返ってきた。

 風通し抜群となった部屋のドアを通り、フィーリアのところへと届ける。


「す、すごい勢いで出て行きましたけど、身体は大丈夫……なんですよね、ユーリさんは」

「ああ。それもこれも筋肉のおかげだ」


 艶のある上腕二頭筋を見せつける。

 見よ、この雄々しい力瘤。これを駆使しなければ、宿のドアは破れないのだ。


「あのドアはあとで私が宿のご主人に謝って弁償しておくとして……買ってきてくれてありがとうございます」


 そう言うフィーリアは丁度昼食をとり終えたところのようだった。

 期せずして、タイミング的にもバッチリだったか。

 嬉しそうに頬を緩ませながら箱を開けていくフィーリアを見る。

 買ってきたのは無難にショートケーキだ。注文を聞く前に買いに行ってしまったのは失敗だったかもしれないが、フィーリアが一番好きなのがショートケーキなことはすでに知っている。だから多分大丈夫だろう。


「あれ?」


 そう思った俺の予想とは裏腹に、箱の中身を見たフィーリアはあまり嬉しそうではない。

 というよりむしろ、少し不審そうな顔さえしている。


「これじゃない方が良かったか?」


 不安になって尋ねるが、フィーリアは「いえ、そういうわけじゃなく」と首を横に振る。

 味の問題ではないなら何なんだ? そう思う俺に、フィーリアはケーキを指差しながら言った。


「あの……一個しかありませんけど……?」

「ん? フィーリアは少食だし、一個で充分だと思ったんだが……。もし足りないなら、もう一回走って買って来るぞ」


 まさか数の問題だとは思わなかった。

 ケーキを二個食べようとするなんて、今日は特別お腹が減っているのだろうか。


「あ、いえ、そういうわけじゃなくて。ユーリさんは食べないんですか?」


 ああ、なるほど。

 俺の分がないことを疑問に思ったようだ。


「俺のことは気にするな」


 自分の分を買っている時間さえ惜しかったからな。

 甘いものは嫌いではないが大好きという訳でもないし、それならばフィーリアの元に早く届けるのを優先しようと思ったのだ。さすが俺、ジェントルマッスルである。


 フィーリアはケーキと俺をしばらく見比べ、やがてポン、と手を叩く。


「んー……じゃあ、半分こしましょうか!」

「いいのか? 食べたがってたのに」

「いいんですよ、昼食食べたばかりでお腹もすいてる訳じゃありませんし。それに、買ってきてもらって自分だけ食べるのもなんだか悪いじゃないですか」

「まあ、そういうことなら……食う」


 そういうわけで、俺はフィーリアと一つのショートケーキを分け合うことになった。

 フィーリアは意外と……というか普通に俺のことを考えてくれていることが多い。

 それと同じくらい俺はフィーリアのことを考えてあげられているのだろうか、と不安になることも時々あるくらいには。

 ナイフを手に取りケーキを分けようとするフィーリアを見ていると、将来いい奥さんになりそうな予感がした。


「じゃあ、分けますねー?」


 そう言うと、フィーリアは器用な手さばきでケーキを側面から上と下に二分割した。

 そしてクリームとイチゴの乗った上部分を自身の皿に乗せ、下半分を俺に渡してくる。


「はい、半分です」

「なんつー斬新な半分こだよ。こんなの見たことねえ」


 半分この基準を根底から覆しかねない所業だぞ。

 同じなのは量だけじゃねえか。ケーキの下半分ってほぼただのスポンジだぞ。

 いい奥さんになりそうだと思った俺に謝ってくれ。


「冗談ですよぅ」


 フィーリアはいたずらな笑みで舌をぺろりとだし、今度はきちんと半分ずつにわけ、さらに取り分けていく。

 作業をしながら、フィーリアは俺に尋ねてくる。


 「でもどうです? 意外と器用じゃなかったですか?」

「たしかに、いつもどこか不器用な感じがするフィーリアにしては器用だったかな」

「へへへ。この日この瞬間のために、三か月前からちょくちょく練習してましたからね」

「ケーキを横に斬る練習をか?」

「はい、その甲斐がありましたっ」


 ……それに何の意味があるのだろうか。

 俺にはわからない。


「はぁー、頑張ってよかったなぁー」


 いや、お前がそう思ってるならいいけどさ。






 そしてケーキを食べ終わり。

 ここからが、いよいよ俺にとっては本題だ。


「フィーリア、フィーリア」

「はい、なんですかユーリさん」


 ちょんちょんと肩を叩き、フィーリアの目線を俺に向けさせる。

 そして、筋肉を解放した。


「この筋肉をみてくれ。どうだ、好きになったか?」


 そう、フィーリアはケーキを買ってきたら筋肉が好きになるかもしれないと言った。

 つまり今この瞬間から、フィーリアは『こちら側』の人間となったのだ。

 おめでとうフィーリア、コングラッチュレーション!

 俺は胸筋を動かしフィーリアを祝福する。

 しかし、フィーリアはそんな俺を見て手を横に振る。


「ユーリさんユーリさん、私『好きになるかも』とは言いましたけど『好きになる』とは言ってませんよ?」


「騙されましたねー?」と言うフィーリア。

 俺は筋肉の解放を止め、露骨に肩を落とした。

 そしてしゅん、と俯く。


「……そ、そうか……」

「……あれ、ユーリさん?」

「いや、もういいんだ。俺が勝手に期待しただけだからさ……。悪いな、いつも筋肉筋肉ばっかり言ってさ。迷惑だったよな……」

「あの、そんなに落ち込まれると私も良心が痛むといいますか……。き、筋トレくらいなら一緒にしてもいいですよ?」

「言ったな?」

「え?」

「よし、筋トレを始めるぞ!」


 再度筋肉を解放、そしてフィーリアに詰め寄った。

 心配そうな顔をしていたフィーリアは段々と顔色を変えていく。


「……まさか、騙しました? ずるいです! 卑怯ですっ!」

「何とでも言え! お前はもう筋トレから逃げられないんだからなぁっ!」


 ズルいでもなんでも言うがいい!

 大体、最初にお前が騙したのがいけないんだぞ!

 バーカ、フィーリアのバーカ!


「嫌がってる女の子に無理やり筋トレさせるなんて、こ、心が痛まないんですか?」

「筋トレ最高ー! きーんとれ! きーんとれ!」

「ああ、ユーリさんが壊れちゃいました……」


 結局この日は休養日にも関わらず、一日中二人揃って筋トレを行った。

 そして翌日にフィーリアが全身くまなく筋肉痛を発症し、一歩も動けなくなり、休養日がさらに三日も増えることとなったのだった。

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