156話 兄妹
そしてババンドンガスのSランク任命式当日。
俺とフィーリアはウォルテミアの好意もあり、ババンドンガスの任命式に参加させてもらえた。
式の会場に現れたババンドンガスは、自身の金髪をいつものようにカチカチに固めて棘のようにしていた。
「やっとお前らに追いつけたぜ。あっという間に追い抜かれちまうもんだから焦ったがな」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「おう」
ババンドンガスは少し照れくさげに手をあげて応える。
元々上背があるだけあって、フォーマルな衣装も中々似合って見えた。
「ところでババンドンガス。寝癖が酷いが、大丈夫か?」
「これは寝癖じゃなくてセットしてんの!」
「え、セットしてそれなんですか……?」
「フィーリアちゃんまで酷いなおい!」
「お兄ちゃんの美的センスは、独特」
「ウォルテミアまで……もう俺この髪型やめよっかな……」
落ち込むババンドンガスにネルフィエッサが声をかける。
「まあまあ、そこまで変じゃないわよババンドンガス。決して似合ってもないけれど」
「前半だけ聞きたかったぜ……」
ネルフィエッサの追い打ちで、ババンドンガスはグロッキーになっていた。
式の前から神経使って大変だなコイツも。
肝心の任命式については特に語ることはなかったが、ギルド長が俺たちの時と同じように「Sランクにはまともなヤツがほとんどおらんから、お主には期待しておる」と言っていたのが印象に残った。
俺という至極真っ当な人間がいるというのにまだ人材を求めるとはギルド長も強欲だ。
式を終えたババンドンガスはネルフィエッサとウォルテミアを連れて自分の家へと帰るという。俺たちも流れで呼ばれたので、一緒することにした。
そこそこ交流もあるし、家に行くくらいなら邪魔にもならないだろう。
「ヒトノイエ……オヨバレ……アアアァァ……」
「しっかりしろフィーリア、正気を取り戻せ」
友達がほとんどいないフィーリアはこの状況にブルブルと身体を震わせている。
歓喜と緊張とが混ざり合って自分でも訳が分からなくなっているようだ。
本当コイツメンタル弱いな……。
家についた俺たち。ババンドンガスは何年も冒険者を続けてきただけあって、家の方はかなり豪華だ。
とりあえず開いているソファに座り、ババンドンガスの祝賀会を楽しむ。
奮発して料理や酒を買ったらしく、テーブルの上はどれもこれも舌鼓をうつようなもので満杯だった。
「お、美味しそうですね……」
「ああ、じゃんじゃん食ってくれ!」
「じゃ、じゃあ遠慮なく……ん~、美味しいです!」
フィーリアがほっぺたを押さえている姿を見て、俺も料理を食べてみる。うん、たしかに美味い。
並べられた料理の数を見て、五人では少し量が多いのではないかと思っていたがそんなことはなく、光のような速度で料理が胃袋の中へと消えていった。
「はぁ~、食った食った!」
酒以外はほとんどテーブルから縋らを消したところで、ババンドンガスが腹を撫でながら満足げに呟く。
丁度その時、ウォルテミアが俺とフィーリアの方をチラリと見た。
どうやら今この瞬間を、魔石を渡すチャンスととらえたらしい。
俺とフィーリアは頷きを返し、ウォルテミアの様子を見守る。
「お、お兄ちゃん」
「ん? なんだウォルテミア、どうした」
「あの、これ……受け取って」
そう言ってぎこちなく、ウォルテミアはスライムの魔石をババンドンガスに手渡した。
「お前これ、スライムの魔石……? え、なんでウォルテミアがこれを……?」
「お兄ちゃんがネルフィエッサさんに、スライムの魔石が欲しいって言ってたの、聞こえたから……」
「そっか、そういうことか」
ババンドンガスは納得したように小さく言葉を発し、そして唇をぎゅっと強く噛んだ。
そのままの顔で、ネルフィエッサの方へふるふるとゆっくり首を向ける。
「……どうしようネルフィエッサ。俺、泣く」
「我慢することないわ、泣きなさい」
「……うぉぉぉぉ! うぉぉぉぉっ、ウォルテミアぁぁぁっ!」
部屋にババンドンガスの熱気あふれる鳴き声が木霊する。
正直、ウォルテミアがプレゼントを渡した段階で、泣くだろうなというのは全員が察した。
だけどまさかここまで号泣するとは……。
「ウォルテミアが天使過ぎる……! なんだよこれ、俺死ぬのか……!?」
「お兄ちゃん、死なないで」
「死なん! 俺は絶対に死なない! 不老不死になってやる!」
ウォルテミアのババンドンガスに対する影響力がえぐすぎる。
どこまで妹を溺愛してんだ。
「すまんすまん、やっと落ち着いた」
数分後、少し気持ちが収まったババンドンガスはようやくまともな精神を取り戻した。
この数分アイツ「不老不死になるぞ!」しか言ってなかったからな。頭がパンクなヤツだ。
「ありがとなウォルテミア、すげえ嬉しい」
「……どういたしまして」
「そのお返しといっちゃなんだが、俺とネルフィエッサからもお前にプレゼントがあるんだ」
そう言ってババンドンガスはポケットをゴソゴソと漁り、中から何かを取り出した。
手の平に収まるサイズの物のようで、まだ掌の中に何が入っているのかは窺い知ることはできない。
「これなんだ」
手を広げると、そこにはスライムの魔石があった。
貰った物を返すってことか、と一瞬考えた俺だが、ウォルテミアが渡した魔石は未だにしっかりとババンドンガスが持っている。
つまりウォルテミアが渡したのとはまた別のスライムの魔石を、今ババンドンガスはウォルテミアに差し出しているのだ。
「……え? どういうこと……?」
何がどうなっているのかイマイチ現状を呑みこめず、ウォルテミアはこてんと首を捻る。
その動作に頷きを返しながら、ババンドンガスは事情を説明してくれた。
「実はな、ウォルテミア。俺がネルフィエッサと話してたのは、『お前にスライムの魔石をプレゼントしたい』って話だったんだよ。ほら、前々から欲しがってたろ? だから今回、Sランクになったお祝いにあげようと思ってな。ネルフィエッサにも協力して夜通し探し回って、何とか手に入れたってわけだ」
「なんでお兄ちゃんが私にプレゼントくれるの? お兄ちゃんのお祝いなのに……」
「そりゃお前、俺がお前の兄貴だからだ」
なんだその理由。全く理由になってないぞ……だけどババンドンガスが言うと、なんとなく納得できてしまう気がする。不思議だ。
「まあ、ババンドンガスは昔からウォルちゃんのことが大好きなのよ。だから、受け取ってあげて?」
「……うん」
ネルフィエッサに諭され、ウォルテミアはゆっくりと魔石をその手に受け取る。
そしてコロコロと掌の上で遊ばせた後、ババンドンガスにニコッと笑いかけた。
「ありがとうお兄ちゃん……とっても嬉しいっ」
「おお、喜んでくれるかウォルテミア! その笑顔が見れただけで俺は最高に幸せだ!」
揃って満面の笑みを浮かべている兄妹。
いい兄妹だな、羨ましい限りだ。
「お前もそう思うだろ、フィーリア?」
フィーリアの方を向いてみる。
するとフィーリアは顔を耳まで真っ赤にして、口をだらしなくぽかんと開けながら俺を見ていた。
……ん? なんかおかしくないかお前?
そのとろんとした目に八の字型に下がった眉、まるで酔ってるみたいな――
「はら、へれ? ほろほろ~」
「……お前、酒飲んだな?」
「にょんでないっ!」
「ぜってー飲んでるじゃねえか」
せっかく人が感動的な気分に浸ってたってのに。
こりゃあ、この兄妹の雰囲気を崩さないためにも早いとこ退散するべきかな。




