154話 卒業おめでとう
「さて、森にやってきたわけだが……」
「どうやってスライムを探しましょうか。ウォルテミアちゃんは今までどうやって探してたんですか?」
「さーちあんどですとろい。見つけたら手当たり次第に殲滅、です」
「な、なるほど……」
数日後、森の前。
幼げなウォルテミアの口から発された物騒な言葉に、フィーリアは少したじろぐ。
見た目が戦いのイメージからかけ離れすぎてて忘れそうになるけど、ウォルテミアだって冒険者だからな。そりゃ魔物討伐だってするだろう。
「でも、そうなるとやっぱり手当たり次第に探すしかないですかねー。強い魔物ならまだしも、スライムの気配を探るのは私でも、多分ユーリさんでも無理でしょうし」
たしかにスライムは弱すぎて気配を探るのは難しい。
アイツラ弱すぎて、ほとんど気配が感じられないのだ。
しかし、インテリマッスルの俺が何も策を考えず足を動かすだけだと思ったか?
「とりあえずは一体見つけるぞ。そしたら俺に考えがある」
俺は二人にそう告げ、森へと入った。
一匹目は二十分ほど探して見つかった。普段はそこかしこにいるように思えるが、いざスライムを目当てに探してみると中々見つからないものだな。まるでセンサーでも付いてるみたいだ。
「じゃー」
ウォルテミアが水魔法をスライムに撃つ。スライムは数秒で討伐された。
今回は、スライムを見つけるのが俺とフィーリア、討伐するのがウォルテミアの仕事だ。
兄へのプレゼントだし、手伝ってもらったとしても最後の作業は自分でやりたいということだろう。その気持ちは理解できるので、獲物の横取りはしない。
スライムなんてさして強くもないし、俺の気持ちも盛り上がらんからな。
これがドラゴンとかだったらヤバかった。理性で抑えきれずに俺が戦いに参加してしまっていた可能性もある。今回の依頼がスライムの魔石でよかった。
「……ダメ。やっぱり魔石はない」
ウォルテミアが少し残念そうな声を出す。平坦な声がいつも以上に平坦だ。
スライムは分裂と繁殖の二種類で数を増やすのだが、分裂で増えたスライムは核を持っていないらしい。割合的には分裂で増えた個体の方がはるかに多いので、スライムの魔石は貴重なのだ。
「で、一体倒したわけですけど。ユーリさんの策ってなんですか?」
フィーリアが俺に尋ねる。突破口のない現状に、俺の秘密の作戦が気になっているようだ。
この分だとウォルテミアも同様だろう。
二人に向け、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、聞いて驚けよ?」
「はい。ユーリさんの策が凶と出るか大凶と出るか楽しみです」
「期待値の低さ半端ねえな」
吉と出る可能性を考察しろ。
「まあいい。俺の策とは、『スライムの匂いを嗅ぎわけよう』作戦だ。今からコイツの匂いを身体に覚え込ませる。そして同じ匂いのする方へと行けばあら不思議、そこにはスライムがいるという寸法だ」
そう言いながら、俺はスライムの身体に鼻をこすりつけた。
すんすん、すんすん。草や土の匂いに混じって、スライム固有の匂いを嗅ぎ取る。
個体ごとに若干の差はあれど、スライムという種族全体で共通した匂いってヤツがあるはずだ。魔物を匂いで探知したことはないが、おそらく成功するはず。
「なるほど……たしかに言っている意味はわかります。でも、魔物の匂いを識別するなんて、聞いたことないですよ?」
「俺の嗅覚は不可能を可能にする。まあ見てろって。ウォルテミアもな」
ウォルテミアはコクンと頷いた。
依頼しにきた以上、俺とフィーリアのやることはある程度信用してくれているのだろう。ありがたい。
スライムの匂いをゆっくりと嗅いでいく。
磯に似た匂いだな……よし、覚えた。
スライムの身体から鼻を離し、俺は上を向く。
次は近くにこの匂いと同じ匂いを見つける作業だ。
「ああ、そうだ。より広い範囲の匂いを嗅ぐために、フィーリアは風魔法でここを風下にしてくれないか?」
「わかりました。……匂いを集めるために風魔法を使うのは初めての経験ですね」
「そうか、何事も経験だぞ」
フィーリアの風魔法によって、数百メートル離れた場所の匂いまでが感じ取れる環境が整った。
俺は肺一杯に空気を吸い込み、匂いを探る。
こっちとあっちとそっち……よしよし、上々だ。
「十五箇所見つけた。順番に行くぞ」
作戦は成功だ。
匂いのした方へと歩き出そうとする俺に、ウォルテミアが尊敬の眼差しを向けた。
「ユーリさん、頼りになる」
「おお、そうか。それもこれも筋肉の力だ」
俺はウォルテミアに背中を向け、背筋を見せつけた。
背後からウォルテミアの不思議そうな声がかかる。
「……嗅覚って、筋肉?」
「知らないのかウォルテミア。ならば教えてやろう。嗅覚も、筋肉だ」
「違いますけどね」
「ちゃちゃをいれるなフィーリア」
「まあとにかく、ユーリさんのおかげでスライムの居場所もわかったことですし、どんどん行きましょう」
そして俺たち三人は、俺の嗅ぎ取った匂いの場所へと歩き出した。
数分後。
俺たちはぷるぷると震えるスライムの目の前に立っていた。
「……本当にいた」
「まさか本当に魔物の匂いを嗅ぎ分けるなんて……」
「そうだろうそうだろう」
俺は二人の反応に満足感を覚えながら頷く。
スライムはウォルテミアが水魔法で倒したが、魔石は持っていなかった。
しかし、スライムが匂いで辿れることがわかったのは大きな収穫だ。
スライム自体は戦闘力がほぼ皆無なので、スライムの魔石を探す時にかかる時間のほとんどはスライムを探す時間に充てられる。そこを短縮できたのは大きい。
「ユーリさん、卒業証書いります?」
次のスライムの居場所へと歩いていると、フィーリアが俺に言う。
「卒業証書? 何のだ?」
「人間のです。おめでとうございますユーリさん、あなたは人間を卒業しました!」
「俺は人間だ」
「またまた~」
竦めた肩をコツンと俺の肩に当ててくるフィーリア。
おい、なんだその「冗談言っちゃってー」みたいな態度は。
俺は本当に人間! 人間だぞ!
「でも本当に、ユーリさんって普通の人じゃ無理なことを軽々とこなしますよねー。今日みたいに魔物の匂いを嗅ぎ取るとか、常人にはどう考えても無理な芸当ですし。時々まじめに人間じゃないんじゃないかと思うことがあります」
「私も、びっくり」
俺のエピソードで盛り上がり始める二人。
空気摩擦で拳に炎を燃やすとか、二人に分身出来るとか、そんなエピソードを聞くたびにウォルテミアの目は驚きに見開かれる。
フィーリアによる俺の超人エピソードが一段落すると、ウォルテミアはくるりとこちらを向く。
いつも涼しげな蒼い瞳が、動揺を表す様に少し揺れていた。
「……ユーリさん、本当に人間?」
「ああ、一応な」
「……本当の、本当に?」
じーっと俺の目を見つめるウォルテミア。
……滅茶苦茶疑われてるんだが。なんでだ?
丸太二本分くらいの四肢の太さになることだって、毒を飲んで抗体をつけることだって、人間なら頑張ればできるだろ。
「なら、なんでそんな人間離れしたことができるの……?」
「まあ理由をつけるとすれば、いつも鍛えてるからだな」
「やっぱりそれが理由なんですかねー」
それが理由に決まっている。
何と言っても、筋肉は凄いのだ。
そうだ、この凄さを少しでもわかってもらわねば!
「筋肉はすごい、筋肉はすごい、筋肉はすごい。大事なことだから二回繰り返したぞ」
「ユーリさん、三回言ってます」
「……三回繰り返したぞ! 三回! 三回!」
「勢いでさっきの発言をかき消そうとしているところ申し訳ないですけど、インパクトありすぎてとても無理ですよ? 久しぶりに度肝抜かれましたもん」
「たしかに忘れられないのも無理はない……。俺の発言は一つ一つが筋肉に直接語りかけているからな……」
「神妙な顔でとんちんかんなこと言うのやめてくれます?」
「ユーリさんは、やっぱり変」
そんな会話をしながら、俺たちは次なるスライムの居場所へと移動するのであった。




