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153話 依頼の内容

「今日はお二人に、依頼をお願いに来ました」

「へぇ、依頼ねぇ」


 まさか同業者に依頼をされるとは思ってもみなかったな。初めての経験だ。

 同業者に信頼されていると思うと悪いもんじゃないな。


「別にいいぞ、受ける。な?」

「はい、ウォルテミアちゃんの頼みなら断るのもどうかと思いますし」


 フィーリアも頷く。

 顔見知りの相手だし、断る理由がないよな。

 ウォルテミアはきょとんと大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。


「……え。私まだ、内容話してないのに……?」

「ああ、そうだったな。で、内容は?」


「……変わってる」と呟き、ウォルテミアは椅子からお尻を浮かせて少し前に座り直す。

 そして小さい口を懸命に動かして、依頼について説明した。


「難しい依頼ってわけじゃない、と思います。スライムを私のところまで誘導してくれるだけ。倒す必要はない……というより、倒さないでほしい。あと、諸事情があってギルドは通せない。だから、信用できないと思ったら断ってほしい、です」


 どうも依頼の内容というのはスライムをウォルテミアのところへ誘導するだけ、なようだ。

 これを聞く限り、特に難しくも危険もないように思われる。

 魔闘大会で戦ったウォルテミアの実力は大したものだった。

 あのウォルテミアが頼んでくるのだから、AランクやSランク級の依頼なのかとてっきり思ったが……どうやらそういう訳でもないらしい。


「ギルドを通せない理由は教えてもらえるんですか?」

「あと、どうせならババンドンガスに頼まない理由も教えてくれると助かる」


 アイツなら、俺の知っている限りウォルテミアのためなら身を粉にして働くはずだ。

 むしろウォルテミアのために何かをしてあげることに喜びさえ見出す男だろう。シスコンだからな。

 ウォルテミアの話の通り、スライムを集めるというだけなら特に危険なこともないだろうし、わざわざ俺たちに頼む理由がわからない。

 まあ、何かしら理由があるんだろうけどな。そんな俺の考えはやはり当たっていたようで、ウォルテミアはあらかじめ言うことを整理していたようにスラスラと喋る。


「フィーリアさんの質問にも、ユーリさんの質問にも、答えは同じ。……今回のことは、お兄ちゃんには内緒だから。ギルドを通すとお兄ちゃんにもバレちゃうかもしれない」

「ババンドンガスさんには内緒? それはまたどうしてですか?」


 フィーリアの質問に、ウォルテミアは一瞬間を開けた。

 ずっと俺かフィーリアに向いていた視線を、初めてテーブルの上のコップへと移す。


「……秘密でプレゼント、用意したくて」


 躊躇いがちに発された言葉は、とても可愛らしいものだった。


「お兄ちゃん、もうすぐSランクになるんです。そのお祝いのために、プレゼントとしてスライムの魔石をプレゼントしようと、……まあ、そんな感じ、です」


 マジか。ババンドンガスがSランクになんのか。

 意外……いや、俺たちより先にAランクではあったんだもんな。


「Sランクなんて、ババンドンガスさんすごいですね! おめでとうございます!」

「……うん」


 ウォルテミアは俯き、少し恥ずかしそうに髪で顔を隠す。

 妹としても、兄のSランク昇進は喜ばしいことなのだろう。


「ただ、スライムは一番メジャーな魔物だけど、魔石はとっても珍しくって。れあれあなんです。少し前から合間を縫って自分でも探してるけど、中々見つからなくて……」


 そこまで言って、ウォルテミアは顔を上げた。


「だから、信用できそうな人を頼ることにしました」

「なるほど、俺の筋肉に共鳴したってことか」

「共鳴はしてないけど、頼りにはしたいです」

「ふむふむ、共鳴されたとあらば依頼を受けない訳にはいくまいな」

「ユーリさん話聞いてました? ウォルテミアちゃん共鳴してないって言ってますけど」

「ウォルテミアっ」


 俺はウォルテミアの方にずいと身体を乗り出す。

 ウォルテミアのポーカーフェイスが目と鼻の先に迫る。

 突然の接近にも、ウォルテミアは慌てた様子などなく俺を見返してきた。


「なあウォルテミア」

「はい、なんでしょう」

「共鳴、してるよな」

「……便宜上、共鳴した(てい)をとります」


 ウォルテミアは平坦な声で俺の言葉に同意した。

 それを聞いた俺はにんまりと笑い、筋肉を解放する。


「よし、共鳴したな! これで俺とお前はマッスルフレンズだ!」

「え、私マッスルフレンズになった、んですか……?」

「ああ、おめでとう!」

「あ、ありがとう……?」


 困惑気味のウォルテミアに手を差し出すと、ゆっくりとウォルテミアがその手をとる。

 二倍くらいの大きさの差がある俺の手とウォルテミアの手が、今ガッチリと結ばれる。

 筋肉を解放したことによって弾け散った上着がはらはらと部屋を舞っていた。なんという感動的な光景であることか。


「ユーリさんがすみません、ウォルテミアちゃん。か、必ず依頼は成功させますから! 安心してください!」

「うん、頼りにしてます」


 フィーリアが俺とウォルテミアの手を離そうと画策する。

 しかし、ピッタリとくっついたその手は全く離れそうなそぶりを見せない。


「うんしょ! うんしょ! ……ぜ、全然離れない……!」

「これがマッスル接着剤だ」

「わけのわからないことを抜かしてないで、早くウォルテミアちゃんを解放してあげてくださいっ」


 たしかにいつまでも手を繋いでいてはウォルテミアの迷惑になるので、俺は手を離すことにした。

 相手の気持ちを考える。これがジェントルマッスルの秘訣だ。




「じゃあ、私はこれで」


 話を終えたウォルテミアは音もなく椅子から腰を上げ、玄関の扉の方へと進む。

 そして俺たちの方を振り返り、ぺこりと一礼した。

 そんなウォルテミアに、俺は高らかに声をかける。


「じゃあな、友よ!」


 マッスルフレンドである俺とお前は心の友だ。

 ウォルテミアは少しなんかを躊躇して、そして口を開く。


「さよなら、フィーリアさん。それと……と、友よ」

「ウォルテミアちゃん、無理しなくてもいいんですよ? ユーリさんの言うことなんか真に受けなくても」

「勇気だして言ったのに無理してるって言われるのって一番きついよな」

「……」


 ウォルテミアは無言でかぁぁと頬を赤くした。

 あーあ、フィーリアったらなんてことを。

 当のフィーリアは慌てふためき、ウォルテミアの肩に手を置いて平謝りを始める。


「ご、ごめんなさい、私そんなつもりじゃ……!」

「う、ううん、大丈夫。私気にしてな――」

「本当にごめんなさいウォルテミアちゃん! 代わりに馬車馬のごとく働きますから! 鞭で打ってくれてもかまいませんから!」

「そ、そこまで気にしてない。……フィーリアさんって、変態?」


 フィーリアの誠意のこもった謝罪を間近で見たウォルテミアは、一歩後ろに交代する。

 その目は恐怖に染まっていた。


「ち、違いますよ!?」

「ばれちゃったな、ドンマイ」

「いや、違いますからねっ!? 本当に! 本当に違いますって!」


 そんなこんなで次はスライムの出る森で合流する話をつけ、ウォルテミアは帰って行ったのだった。

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