表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/196

150話 宇宙はいつも傍にある

 ある日。

 俺たちは昼下がりの街中を歩いていた。

 別に休養をとっているという訳ではなく、依頼場所に向かっている真っただ中である。

 ただ、いつもとは少し違った依頼ではあるが。


「スランプの芸術家を立ち直らせる依頼、か。……こういうのは初めてだな」


 そもそもギルドにこういった依頼が並ぶこと自体が少ない。

 ギルドに並ぶのはそのほとんどが荒事関係の依頼である。

 中にはお使いや仕事の手伝いのようなものもあるにはあるが、その数は多いとは言えない。

 増して芸術家と関わるような依頼など、全くの初めてだった。


 しかし、俺はこの依頼には自信がある。

 なぜかって? 決まっている。

 俺の筋肉を見れば、スランプなどというものはたちどころに吹き飛んでしまうからだ。

 筋肉には宇宙が宿る。それがよく鍛えられていれば言わずもがな。

 無限に広がる宇宙を見れば、芸術家ならインスピレーションが湧いてきて然るべきだ。

 俺は右腕の筋力を解放し、まじまじと眺める。


「……っ! 上腕二頭筋に星座が見える……!」


 俺には見えた。筋肉という力の塊に、燦燦と輝く星々が。

 一等星、二等星、三等星……星は筋肉という世界で皆一様に眩い輝きを放っている。

 そして俺は理解する。

 海が生命の母だというのなら、筋肉は宇宙の母なのだ。

 あまりに大きなスケールに、つうと涙が頬をつたった。


「な、なんで泣いてるんですか……?」

「宇宙を感じたからだ」

「宇宙を……?」


 疑問でいっぱいの声をだすフィーリアに、俺は自らの右腕を見せつけた。


「見ろフィーリア。ここが宇宙だ」

「宇宙人に頭を改造でもされたんですか?」


 口をぽっかりと開け、自分の頭を指差すフィーリア。

 駄目だコイツ、理解することを放棄してやがる。


「話にならんな……」

「こっちの台詞をとらないでください」


 そんな会話をしているうちに、俺たちは依頼の場所、すなわち依頼人の家へとたどり着いた。


 家は屋敷と呼んだ方がふさわしいと思えるような大きさをしていた。

 俺が全力で殴っても一発では吹き飛ばせないくらいの大きさ、と言えばその巨大さは充分に伝わると思う。

 ただでかいだけじゃなく、門の形やら家の佇まいやら、全てが意匠の凝ったデザインをしていた。嫌でも目に飛び込んでくる主張の強さは、これぞ芸術家の屋敷といった感じだ。


「ほわぁー、すごいですね」


 感心しきった様子でフィーリアが言う。

 口が半開きになっているところをみると、相当感心しているようだ。

 この感心の矛先がこの屋敷なのか俺の筋肉なのかは分からないが、とりあえずチャイムを鳴らして訪問を知らせる。


「入ってくれたまえ」


 門に備え付けられたスピーカー越しに男の声が聞こえたかと思うと、門が自動でスゥーッと開いて俺たちを迎え入れた。おお、すげえ。

 俺たちは招かれるままに屋敷へと足を踏み入れた。




 屋敷に入ると、一般的な部屋くらいの大きさの玄関には依頼人と思しき男が俺たちを待ち構えていた。


「フィーリアです。よろしくお願いします」

「ユーリだ。よろしく頼む」

「フッ……よろしく、ムッシュ、マドムアゼル。僕はミュラー。君たちと出会えた神の導きに感謝を」


  整った顔の男――ミュラーというらしい――は金髪を手で軽く撫でる動作をしながら返答した。

 香水でもつけているのだろうか、人工的な良い匂いが俺の鼻を刺激する。

 そしてなんといってもかなりヒョロヒョロだ。王都の人間の筋肉の貧相さに少し慣れてきた俺に、再び衝撃を与えるほどのヒョロヒョロさ。

 顔は驚くほどのイケメンではあるのだが、体が貧相すぎて男前と言われると違和感がある感じがする。

 イケメンと男前って違うよな。


「僕と顔を合わせられるなんて運がいいよ。僕を見た人は幸せになれるってきくからね。全く、いくら僕の風貌が現実離れしているといったって――」


 ミュラーはそこまで言って手で髪を梳き、一瞬間を取る。

 そして続けた。


「――いや……これも美を極めたものの義務、か」


 あ、俺こいつ苦手だわ。

 俺は直感した。

 なんというか、波長が合っていないのが初対面でもわかる。


 一通りの挨拶を終えると、ミュラーはフィーリアの方を向いた。

 なぜか正面ではなく若干斜に構えている。


「でも君なら釣り合いそうかな? どう、付き合ってみない?」

「お断りします」


 瞬速で振られたミュラーは、しかし落胆するそぶりも見せない。


「うんうん。よくわかってるじゃないか。フィーリア君、たしかに君はすごく美しい。でもそんな君でさえ僕には釣り合わないんだよ。何故かわかるかい? 一番美しいのは僕だからさ。この世に一番は一人しかいないんだ」

「はぁ、そうですか」

「どうか落ち込まないでくれたまえ。僕はみんなの美の偶像でいなきゃならないのさ。君は悪くない。悪いのはこれほどの美を持って生まれてしまった――――僕なんだ」


 なんだこのノリ。ついていけねえ。

 フィーリアは呆れ果てた様子でチラリと俺の方を見る。

 こっちを見られても、俺にもこいつとの接し方は分からん。

 そんな俺達の反応を知ってか知らずか、ミュラーは制止のきかない機械のように話し続ける。


「美しさを数値化するのは野暮だけれど、あえて数値化してみるとしよう。十段階で言うと、フィーリア君が十で、ユーリ君は……六、くらいかな。ちなみに僕は一億だ」


 十段階じゃねえのかよ。

 というか俺の六点って微妙すぎんだろ。この筋肉が見えねえのか?

 俺はさりげなく上着を脱いだ。鍛え抜かれた体が外気にさらされる。

 ミュラーはそれを澄んだ瞳でジッと見つめる。


「僕には理解できないけれど、芯のとおった信念が見える。惜しむべくは、それを理解してくれる人が限りなくゼロに近いだろうことだね。僕から六点を取るとはやるじゃないか。今まで見てきた生物の中でも間違いなく上位数パーセントに入る、誇って良いよ」


 ……もしかして、誉められてんのか?

 なんだ、良いやつじゃないか。

 俺はおとなしく上着を着直した。


「ミュラー、お前とは気が合いそうだぜ」

「ユーリさんってば、単純なことこの上ないですね」

「うるせえ」

「でもそんなところも素敵です」

「白々しすぎるだろ」

「えー、せっかくほめてあげたのにぃ」


 フィーリアが口を尖らせるが、反応は返してやらない。

 俺をからかおうったってそうはいかないぞ。

 これで反応した日には、しばらくからかわれることになるのは目に見えてるからな。


「仲が良いんだね。良いことだ」


 ミュラーは俺たちのやりとりをニコニコと笑顔で眺めていた。

 ……なんというか、変なヤツだなコイツ。

 まあ、芸術家というだけあって、一般人の俺とは違う感性を持っているんだろう。


「ミュラー。おしゃべりはこれくらいにして、そろそろ依頼の話に移ろうぜ。スランプを抜けたいんだったか?」


 俺がそう言うと、ミュラーは金髪を掻き上げる。

 そして頭に手で触れたまま、ポーズをとるように一時停止した。


「スランプという言い方はあまり好みじゃないな。言うなればそう……『僕の意欲が少しばかりバカンスをとってしまっている』といった感じかな」

「長い上にわかりにくいな」

「きっと行き先は水都だろうね。あそこはいい。常に幻想的な光景が視界を埋めてくれるから、生きているだけで心が洗われるしね。魂が綺麗になるよ、あそこは。君たちは行ったことあるかい?」

「ありますよ。飲玉とか適応石とか、なかなか他では味わえないような経験が出来ました」

「へぇ、行ったことあるのか。じゃあ少し水都について語り合おうか」


 ミュラーとフィーリアが水都の話題で盛り上がり始めるのを見ながら俺は思った。

 スランプな割に危機感ねえなコイツ、と。

皆様のおかげで、『魔法? そんなことより筋肉だ!』2巻が発売されます!

発売日は9月25日です!

書影は下にありますのでよければ見てみてくれると嬉しいです。

表紙のユーリの筋肉度合いが凄いことに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ