15話 鼻に匂うは花の香り
俺とフィーリアは騎士団が在中している建物へとやってきていた。
赤いレンガ造りのその建物は質実剛健な印象だ。騎士団そのものを暗喩してもいるのかもしれない。
入口に近づくと、そこに控えていた騎士が俺たちに慇懃な挙動で話しかけてくる。
「こちらは騎士団の詰所です。何かご用でしょうか?」
「死神ってやつをぶっ殺したんだが」
「……はい?」
「死神ってやつをぶっ殺したんだが」
「……はっ、えっ!? い、今上のものを呼んできますので、少々お待ちくださいっ!」
男は慌てて建物の中に入ろうとして立ち止まり、思い出したように俺たちに敬礼してから再度駆けて行った。
「随分慌ててたな」
「あんな言い方じゃ混乱するのも無理ないですよ」
「物事は簡潔に伝えた方がわかりやすいって聞いたぞ」
「程度ってものがあるんです」
程度か。細々としたことが嫌いな俺には難しい話だ。
建物の中に通され、小部屋で事情を聴かれてから十数分後。
事実確認が終了したようで、一人の騎士が部屋に入ってきた。
茶髪で長身の男は身に白の隊服を纏い、その身からは落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
その端正な顔だちは美形と言って差し支えなく、騎士団の中でも人気がありそうなのが容易に窺えた。
がっちりした体形とは程遠いが、しっかりと鍛えていることがわかるその体つきに、俺の中で目の前の男の好感度が上がる。
体を鍛えているやつに悪いやつはいないからな。
「待たせて申し訳ない。君たちの言う通り、廃墟の中に死神の死体を発見したよ」
「まあそうだろうな」
「ユーリさん。相手は国家権力の権化なんですからもう少し口調に気を付けてくださいっ。……すみません、私の連れがご迷惑をおかけして」
フィーリアが小声で俺に注意した後、男にペコペコと頭を下げる。
というか相手の前で国家権力の権化とか言っちゃう方がよほど失礼だと思うのだが、そこのところはどうなのだろうか。
男は気にした様子も見せず、フィーリアに優しく笑って首を振った。
「いやいや、畏まらないでくれると嬉しい。騎士でない君たちにまで堅苦しくされてしまったら、僕の気が休まる時が無くなってしまうからね」
「そうか。よくわからんが大変だな」
「あはは、同情してくれてありがとう」
男は軽く息を吐き、元からいい姿勢をさらに良くして話し出す。
「申し遅れたね。僕はゴーシュ・モラトリム。ここ、ヒュマン王国騎士団の副団長をやっている。今回のことは感謝してもしきれないよ。本当にありがとう」
そう言って頭を下げられた。
半分自分が戦いたいからやったことではあるが、感謝されて悪い気はしない。
「俺はユーリだ」
「私はフィーリアです」
「ユーリ君にフィーリアさんか。覚えたよ」
そう言ってゴーシュは笑う。
おそらくは仕事用の笑みなのだろうが、自然な笑みと見分けがほとんどつかない。
演技が下手くそなフィーリアとは大違いである。
「本当は僕たちがもっと迅速に捕まえられれば一番なんだけどね……。知っての通り、この国は他種族でも自由に出入りができる。出自不明の犯罪者や罪徒が多くて、国民の盾となるべき僕たち騎士団は情けなくも手を焼いているんだ」
ゴーシュは自身の力不足を悔しそうに歯噛みしながら俺たちに言う。
罪徒、罪徒か。あー罪徒ね。……罪徒って何だ?
「国際指名手配されたりする特に凶悪な犯罪者のことですよ」
フィーリアが小声で耳打ちしてくれる。
コイツ、俺の知らない間に着々と人間世界の知識を蓄えていってやがる。
……というかまた勝手に頭の中覗いたな?
「……あ、もしかして俺も罪に問われるのか?」
俺はぽつりと言葉を漏らす。
戦うのに夢中で忘れていたが、相手が罪徒とかいう犯罪者とはいえ殺してしまったんだった。
そんな俺の質問に、ゴーシュは首を横に振る。
「いや、そんなことはないよ。凶悪な犯罪者や罪徒の確保は『生死問わず』だからね。騎士団はまだ死神の尻尾を捉えられていなかったし、このままだともっと犠牲者が出ていてもおかしくなかった。感謝こそすれ、捕まえる道理はないよ」
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
とりあえず、捕まらなくて一安心である。
「それよりどうだい、ユーリ君。騎士団に入るつもりはないかな。それだけの実力があれば問題なくやっていけるよ」
ゴーシュが身を乗り出して俺に問う。
騎士団か……。
「悪いが断らせてもらう。組織に束縛されるのは好きじゃないし、人のために働くって性分でもないしな」
「ユーリさんって自己中ですもんね」
「うるせえよ」
余計なこと言うな。権力の権化の前で畏まってたお前はどこへ行った。
俺が脈なしと知ったゴーシュは標的を移すことにしたようだ。体の向きを俺からフィーリアへと回転させる。
「フィーリアさんはどうかな。失礼ながら、見たところかなりの魔力を持っているように見受けられるけど。ああ、一応言っておくとこの国はエルフでも問題なく騎士として雇うだけの度量はあるよ。騎士と言っても皆が剣を使う訳じゃないし」
「ごめんなさい。私も騎士団に入ることはできません。ユーリさんに付いていくと決めたので」
「そうか、残念だな……」
両方に断られたゴーシュは残念そうに俯いた。
なんだかその肩に悲壮感を覚える。
「人手不足なのか?」
「人手自体は足りているけれど、一定以上の力を持っている人は正直足りていないね。死神事件も解決したし、僕はこれから王都にとんぼ返りさ」
よくわからないが大変だということだけはわかった。
「お疲れ様です。いつも私たちのためにありがとうございます」
「僕は騎士だしね。とにかく今回はありがとう。また会えることを願っているよ」
事実確認も終わった俺たちはゴーシュと別れ、宿へと帰ることにした。
宿への帰り道。
もはや見慣れた通りを歩いていると、不意にフィーリアが口を開く。
「ユーリさんってすごい鼻が利きますよね」
「なんだ、やぶからぼうに」
「……もしかして、私の匂いもわかったりします?」
「そりゃあ、こんだけ一緒にいりゃあな」
なんだかんだずっと一緒にいるんだ。流石に匂いは覚えてしまった。
フィーリアは「そうですか」と言って手を体の後ろで組む。
「……私ってどんな匂いですかね」
「えっ、自分の匂いを知りたいって……。フィーリアはそういう趣味があったのか」
「どんな趣味ですか! ……エルフって体臭ほとんどないんですよ。だから自分の匂いも分からないっていいますか、わからないと知りたくなるっていいますか……」
「でももういいですっ」とフィーリアはそっぽを向く。
怒らせてしまったようだ。
「そうだなあ……。フィーリアはたしかに人間と比べるとかなり匂いは薄いな。あ、なんか香水使ってたりはしないよな?」
「エルフは刺激臭が苦手なので、そういうものは使ったことありませんね」
フィーリアは不満げながら俺の質問に答えてくれた。
口をきいてくれたことにとりあえず安堵し、俺は続ける。
「フィーリアは、花みたいな匂いがする。他のエルフの匂いを嗅いだことないからそれが種族全体の特徴なのかはわからないけどな。でもいい匂いだとおもうぜ。俺はフィーリアの匂い好きだよ」
「!? そ、そうでしゅか。……コホン。そうですか。ゴホゴホ」
「……」
噛んだことには突っ込まない。あからさまな咳にも突っ込まない。
俺は優しい男なのだ。ジェントルマッスルなのだ。
なにはともあれ、機嫌が直ったみたいで一安心だな。
「……私、噛んでませんから」
「そうだな、フィーリアは噛んでない。だから俺を睨むのはやめてくれ」
そんな真っ赤な顔で睨まれたってどうしたらいいかわからんぞ。
「私噛んでません」
「うんうん。もうわかった、わかったから」
「私噛んでません」
「あれ? 言葉通じてる? もうわかったって」
「私噛んでませんよね?」
「ああ、噛んでない。噛んでないから元に戻ってくれ!」
「噛んだんですよ! 私は噛んでしまったんですよ! 事実から目をそらさないでください!」
情緒不安定すぎるだろ! なぜ俺が怒られる?
人付き合いの経験が少ない俺にはこういう時どうすればいいのか全く分からない。
……とりあえず褒めておこう。
「噛んだけど、まあいいんじゃないか? 可愛かったし。美人は得だな」
「……子供扱いしてませんか? とりあえず褒めとけばいいって思ってるでしょ」
ジトッとした半目を向けてくる。
フィーリアって意外と鋭いよな。もしかしてまた心読まれたか?
「……さあ、帰るぞ」
「あ、置いていかないでくださいよ。子供扱いしてるんですか?」
「うるさい」
「ひどいです、傷つきました」
俺達は言い合いをしながら宿へと帰った。
一章はこれにて終了です。次話からは新章になります。
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