148話 馬鹿っていうヤツが馬鹿
俺とフィーリアは魔物退治にやってきていた。
平原という開けた視界が気持ち良いが、天気はあまり良いとは言えない。
今日は風が強く、外に出たときから絶えず風の音が耳に届いている。
聴覚が制限され、目に見える物全てが風に揺られて動いている分、敵の発見も普段よりは難しくなる。
「気を引き締めていくぞ、フィーリア。……フィーリア?」
隣を見ると、フィーリアがいない。
おかしいな、ずっと隣にいたはずなんだが……。
「……てぇぇぇ……」
「っ!?」
突如、後ろの方から声が聞こえる。
魔物が出てきやがったか!
「ユーリさぁぁん……。待ってぇぇ……」
「……なんだ、どこの魔物かと思えばフィーリアかよ」
そこにいたのはフィーリアだった。
風が強くて髪がブワッブワになっている。
それを綺麗に梳かし終えると、フィーリアは頬を膨らませた。
「ちょっと、私でテンション下がるのやめてくださいよ。ほらほら見てください、超絶美少女エルフのフィーリアさんですよ~?」
そういってひらひらと手を振るフィーリア。
「なあフィーリア、魔物は見なかったか? 戦いたいんだが」
「無視ですかそうですか……怒ってもいいですか?」
「怒らないでくれ」
「じゃあ許してあげます」
「ありがとう」
そんな会話をしつつ、俺たちは魔物探索に戻る。
どうやら今回の依頼で目標となっている魔物は、今までとは一味変わった魔物だということだ。
俺たちはその魔物の素材を収拾するために、今日は平原へとやってきている。
「でも嫌じゃないですか? 悪口を言う魔物とか」
そう、今俺たちが探している魔物はキンググッチーという、相手の悪口を言いまくる魔物らしい。
キンググッチーというのはグッチー属という分類の魔物であり、グッチー属には二種類の魔物が存在する。
まず普通のグッチー。こちらは鳴き声が「ばか」というだけの魔物だ。
こちらは大した脅威でもない。
問題はもう一種類、グッチーの上位種であるキンググッチーの方だ。
こちらのグッチーは非常に知能が高く、その人間の見た目や挙動を見ると瞬時に言われていそうな悪口を割り出し、それによって精神攻撃を仕掛けてくる……という、非常に奇妙な性質を持つ魔物なのだ。
その上このグッチー属の二種類の魔物は、悪口を言う前に倒してしまうと身体がドロドロに溶けてなくなってしまうので、素材をとることができない。面倒なことこの上ない魔物たちである。
「まあ、俺は面白い魔物だと思うけどな」
特にキンググッチーの方は、肉体的な攻撃力はほとんどないにもかかわらず、数多の冒険者を引退に追い込んだという伝説も持っている魔物だ。
そういう強さというのは普通の強さとはまた別だからな。
油断はできないが、楽しみではある。
「個人的には、悪口言われるとわかってるのに探すのは気が進まないんですけどねー……って、あれ?」
フィーリアが平原の先を指差す。
そこには、平原に紛れられるとは思えないほど場違いな、黒い身体をした小さな魔物がいた。
大きさと形はスライムに似ているが、スライムほど柔らかそうではない。
そしてその見た目でまず目に入ってくる、人間とそっくりな形の口。
間違いなくグッチーである。
俺たちが近づくと、接近に気付いたグッチーはこちらを向いた。
そして口を開く。
「ばぁ~か」
「……」
「ばぁ~か! ばぁ~か! ばぁぁ~~かっ!」
……なんだコイツ。すげえイラつくんだが……。
おそらく威嚇をしているのだろうが、聞いているだけでイライラしてくる。
話で聞いてた鳴き声より何倍もイライラする言い方しやがって。
今すぐにでも倒したいが、今回の依頼内容にはコイツの素材もある。もう少し待たないと素材は手に入れられない。
「くっそ、ぶん殴りてぇ……」
「馬鹿って酷いです……。もう言わないでくださいぃ……!」
「ばぁ~か! ばぁ~か!」
「うぜぇ……」
「うぅ……ぐすっ……!」
怒る俺と、真に受けて震えるフィーリア。
あれだな、楽しみだったけど前言撤回だ。
これ、全然楽しくねえわ。
それから数分後。
「ばぁ~か」の嵐を耐えきった俺たちは、無事グッチーの素材を手に入れていた。
しかし、その被害もまた大きかった。
「甚大な大きさの心の傷を負いました……」
そう言うと、フィーリアは平原の真ん中で倒れ込む。
そしてピクリとも動かなくなってしまった。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫です。……ただ少し、時間をください」
フィーリアがそう言うのであれば……と、俺はフィーリアの言う通り黙って周囲を警戒することにした。
するとしばらくして、フィーリアがぶつぶつと何かを口にしていることに気が付く。
「フィーリアさんはとてもお淑やかで可愛いですね。大好きです!」
「フィーリアさんって全世界の女の人の理想であり、全世界の男の人の憧れですよね!」
「フィーリアさんは本当に女神様と見間違うほどの美しさです! ……ふう、少し楽になりました」
眉を寄せる俺の前で、フィーリアはパンパンと服を払って立ち上がる。
「……えぇ……。お前、何やってんの……?」
「自分がどれだけの可愛さを誇っているかを思い出すことで、心の傷を癒したんです」
「なんだその狂気しか感じられない回復の仕方は……」
呆れる俺だが、フィーリアの顔色は先程よりも随分良い。……というよりも、普段より肌がつるつるになっている気さえする。
そんな特殊能力持ってたのかよお前。
「にしても、手ごわいですね」
今の一連の行動を「にしても」という一言で済ましていいのかは疑問だ。
だがたしかに、手ごわい相手なのは間違いない。今まであまり相手をしたことがないタイプだ。
というか、相手が曲がりなりにも攻撃をしてきているのに、こちらは攻撃するのを待たなければならないというのがイマイチ性に合わない。
「もう帰っちゃいたい気分ですよ、実際」
「今回ばかりは少し気持ちも分からなくもないな」
「ですよね!? じゃあ、本当に帰っちゃいましょうよ!」
そう言ってフィーリアは王都の方へと歩き出す。
責任感の強いフィーリアのことだ、まさか本当に帰ってしまう気はないだろう。
ちょっとふざけただけの行動だとわかっているので、俺は特に止めることもない。
「本当にこのまま帰りたいですねー」
そう言いながら、フィーリアが二歩、三歩と歩く。
と、それを邪魔するように、黒い塊が飛び出してきた。
「……え?」
先程のグッチーよりも二回り、三回りほど大きな体。
丸く黒い身体から生えた短い四肢。
そして、人と同じ構造の口。
それこそまさしく、今回の標的であるキンググッチーであった。
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『死霊術師は未練を晴らす ~白骨に魔力をこめたら美少女に~』
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