147話 おふざけもほどほどに
水都から戻ってきて二日後。
一日は休息に充てた俺たちであるが、今日は盗賊討伐の依頼を受けて森へとやってきていた。この森をもう少し進むと、盗賊たちの拠点があるらしい。
「ユーリさんユーリさん。見ててください!」
「ああ」
何を見せてくれるのかと思ったら、フィーリアはただ真っ直ぐに歩き出す。
そのまま十歩ほど歩いた後、俺を見てふふんとドヤ顔を浮かべた。
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はフィーリアさんです!」
……おお。
で、それを見せられて、俺はなんて言えばいいんだ?
「……そうか、よかったな」
迷った末に無難な言葉を返すと、フィーリアは探偵にでもなったかのように神妙な顔でコクコクと頷く。
「なるほどなるほど……私に見惚れておざなりな返答しかできなくなってしまったんですね」
「今日はいつにもましてプラス思考だな」
「だって、本当は今日も休んで宿でゴロゴロしてるはずだったんですよ? 無理やりにでも気分を上げなきゃやっていられません」
そう、今日の依頼は本来であれば俺一人で受けるはずだったのだ。
だが、俺が宿を出る直前になって、フィーリアが「私も行きます」というので二人で行くことになったのである。
そういやあの時はなんであんな急に心変わりしたんだ?
それまでにあったことと言えば、アシュリーが部屋を訪ねてきたことくらいだが……。
「アシュリーちゃんってば、準備万端のユーリさんを見て私まで依頼に行くと思ったみたいで、『フィーリア姉、もう依頼を受けるなんて凄い!』って言うんです。そんなの、依頼を受けるしかないじゃないですか!」
「筋金入りの見栄っ張りだな。というか自業自得じゃねえか」
「まあ、それを言われると弱いんですけど」
答えるフィーリアは苦々しい顔だ。
まあ、フィーリアはアシュリーに異常なほど慕われてるからな。
失望されたくないって気持ちは分からないでもない。
「というわけで、今日はサクッと倒してお昼までには終わらせますよ。それで午後はゴロゴロタイムです!」
フィーリアは目にメラメラと炎を燃やす。
動機が不純な気はするが、なんにせよやる気を出してくれるのは有難い。
それから歩くこと三十分。
ついに盗賊たちの拠点を発見した。
洞窟の前に二人の見張りがいて、その他の仲間は洞窟の内部にいるようだ。
「私が行きます」
「わかった」
こういう時の初撃は大抵俺なのだが、今日はいつにもましてフィーリアがやる気だ。
俺に有無を言わさず、魔法の展開を始める。
午後からぐうたらすることを実現するために全力を注いているようだ。
フィーリアの身体からは、まるで殺し屋のような圧力が発されている。
そのやる気を普段から見せてくれると俺的には嬉しいんだがなぁ。
「ふうっ!」
フィーリアは空気を吐き出し、土魔法を行使する。
洞窟の入り口部分の地面がせり上がり、瞬く間に洞窟は封鎖された。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「どうも、こんにちは」
狼狽える見張り二人の前に、俺たちは姿を現す。
「て、てめえらがやったのか! ふざけやがって!」
「あの…下、注意しなくて大丈夫ですか?」
激高する男に、フィーリアは男の足元を指差す。
男はそれに従う様に視線を下げた。
「はぁ、下だって!?」
「あ、すみません。上でした」
「はあ? ……うお、ちょっ、待っ――!?」
見上げた男の目には、きっと迫りくる岩が視界いっぱいに移っていたことだろう。
それを避けることも出来ず、男は岩に潰され身動きが取れなくなった。
「お前も狡い手使うよなぁ」
男の上空で土魔法を行使しながら下に注意をひきつけるとか、単純に性格が悪い。
まあ、戦いでは騙される方が悪いのだが。
俺の言葉に、フィーリアはニコニコと笑みを浮かべる。
「使えるものはなんだって使わせてもらいます。私は乙女なので」
「乙女は相手を騙して満足げな笑みを浮かべたりはしないと思うぞ」
「チッチッチッ。私はただの乙女じゃなくて、純情で清純な乙女ですからね」
「ならなおのことしねえよ」
そんな会話をしながら、俺は残った最後の一人に口から唾を飛ばす。
唾は空を切り裂きながら音速で飛んだ。
しかし狙いは僅かに外れ、男の頬をかすめて消えていく。
男は頬から血を流しながら、追い詰められた絶体絶命の状況に舌を打った。
「くっ、まさか遠距離攻撃ができる水魔法使いまでいやがるとは……!」
「いや、それは唾だ」
「……」
相手は首をかしげる。
そしてこめかみをぽりぽりと掻く。
「……くっ、まさか遠距離攻撃が出来る水魔法使いまで――」
「だから、唾だ」
男の真横に一発発射してやる。
横にあった岩は爆発した。
「なんだお前は! 化け物じゃねえか!」
「失礼な、俺は人間だぞ」
そう言って男の背後に回り込み、手刀で失神させる。
これで今回の依頼は達成だ。
正直少し……大分暴れたりない気もするが、つい先日水都での戦いを経験したばかりだからな。あれが基準になってしまっては、大抵の戦いは物足りなく思えてしまうのも仕方ない。
「もっと強いヤツと戦いてえな」
「私はこのくらいの力の差がある相手が丁度いいんですけどねー」
フィーリアはそう言うが、俺は知っている。
なんだかんだ言って、フィーリアはどんな強敵との戦いにも最終的には臆さない勇気を持っているのだということを。
つまりは結局、フィーリアも俺と同じように強者と戦うことに何よりの喜びを覚える人種であるということだろう。
そうならそうと言えばいいというのに……まったく、素直じゃないヤツだ。
「わかってる、お前のためにもなるべく早くもっと強い相手と戦わせてやるから」
「何もわかってないですよね、絶対」
親指を立てウィンクをした俺に、フィーリアは呆れた顔を浮かべた。
そして、依頼を終えた俺たちは宿へと帰ってきた。
フィーリアは宣言通り、帰ってきてからずっとベッドの上でゴロゴロしている。
ちなみに俺は暇なので二人に分身したりしていた。敏捷性が鍛えられてオススメだ。
ずっと素早く動かなきゃいけないから体力もボディバランスも要求されるし、意外とバカにできない訓練である。
「あ、ユーリさん。私、最近悩んでいることがあるんです。聞いてくれます?」
「聞くぞ、なんだ?」
丁度分身も終わりにしようと思っていたところだったので、俺は休憩がてらフィーリアの相談に乗ってやることにする。
パートナーが悩んでいたら相談に乗ってやらんとな。
フィーリアはベッドの上に腰掛け、物憂げな顔で胸を押さえた。
「私、もしかしたら恋してるかもしれないんです……」
「へえ、誰にだ?」
フィーリアが誰かを好きになるなんて考えたこともなかったが、フィーリアも女だ。そういうことも自然なことなのだろう。
胸がチクリと痛んだ気がしたが、特に気にせず俺はフィーリアの答えを待つ。
「自分にです」
「……」
俺はその一言で察した。
たまにある発作みたいなやつだ。
フィーリアは定期的に自分を褒めないと生きていけないらしい。
半目を向ける俺の前で、フィーリアは語りだす。
「全力疾走した後、間髪入れずに鏡を見る機会ってよくあるじゃないですか」
「生まれてこのかた一回もねえぞ」
「そうすると、必ず胸が高鳴るんです」
「いや、それ走ったからだろ?」
「あとは、限界まで息を止めた後に鏡を見ても、胸が苦しくなって呼吸も荒くなるんです」
「息を止めてたら、そりゃそうだろうな」
「私、やっぱり恋をしているんでしょうか……? ユーリさん、黙ってないで答えてください」
「俺の言葉はお前に届いていないのか?」
しっかりしろフィーリア。
ナルシストが強すぎてもはやヤバいヤツだぞお前。
「あ、そうだ。アシュリーに聞いてみたらどうだ?」
「え、それは駄目ですよ! こんなふざけたこと聞いたら、私がナルシストだってばれちゃうじゃないですか!」
フィーリアは慌てたように手を横に振る。
アシュリーにはもうナルシストなことはとっくにバレてると思うぞ。
それでも慕われてるのはよくわからんが。
……というか。
「お前、ふざけてるって自覚はあったのか?」
「ユーリさんはくだらないことでも真面目に聞いてくれるので、話甲斐がありますし話してて楽しいです」
「俺をからかうのはやめろ!」
お前ふざけてるときと真面目なときの差が無さすぎるんだよ!
マジかと思ってビックリしちまうだろうが!




