146話 振り返らない
翌日。
俺たち三人はギルドのエウオサに感謝を受けていた。
「本当にありがとうございました。あなた方の力添えなくしては、事態の鎮圧は困難でした」
頭を下げるエウオサ。
フィーリアとアシュリーがそれをやめさせようと口を開ける。
「やめてください、別に私たちだけの力じゃないですから。こんなに大規模な混乱が起きたのに誰も死人が出なかったのは、エウオサさんがギルドの指揮をとって治安維持隊と協力して迅速に動いてくれたからです」
「そうよ。それに、あたしたちの当初の依頼じゃ『街の人にはバレずに始末する』って話だったはずじゃない。不測の事態だったとはいえ、それが成し遂げられなかったんだからそこまで感謝される謂れは無いわ」
そんな二人の言葉にも、エウオサは姿勢を崩さない。
「私たち魚人は、あなた方三人に助けられたことを生涯忘れません。ギルドの長として、そして一人の魚人として――本当にありがとうございます」
そんな多大な感謝を受け、俺たち三人はギルドを後にした。
水都の道を歩く俺たち。
昨日の今日だということもあり、街の人々の目が俺たちに集まってきているのを感じる。
聖魚が偽物だったことが証明されたことで、彼らが持っていた俺たちへの反感の念は綺麗さっぱり消え失せた。
それどころかむしろ『偽物から街を救った英雄』として見られているようで、俺たちはすれ違いざまにキラキラした目を向けられる。
俺たちを称える声が絶え間なく耳に入り、中には握手を求めてくる人までいる。
だが、俺はそんな状況にも表情を崩さずにいた。
「……で、ユーリさんは何を不機嫌になってるんですか?」
「……別に不機嫌じゃない」
フィーリアの質問にそう返すと、アシュリーが首を横に振った。
「嘘ついたって無駄よ。あんたわかりやすいからすぐにわかるわ」
それにフィーリアも頷く。
どうやら顔や態度に気持ちが出てしまっていたらしい。
そこまで感づかれていたら、隠すのも馬鹿らしいか。
そう考えた俺は、二人に自分の気持ちを打ち明ける。
「……不機嫌というより、腑に落ちないことがあってな」
「なんですか?」
俺は深刻な顔で語る。
なにせ深刻な問題だ、自然と顔も気持ちも引き締まる。
「水都の街の人たちが俺たちに感謝してくれたり、俺たちを尊敬したりしてくれているのは嬉しい。それは本当だ。……だが、もっとも感謝されるべきヤツへの感謝がみられない。それが気になってな」
「もっとも感謝されるべきヤツぅ? 誰よ、それ?」
「筋肉だ。俺が感謝されるのはもちろん嬉しい。……だが一番感謝されるべきは、どう考えても筋肉だろう!」
「絶対違うと思うわよ」
俺の熱弁をアシュリーが即座に否定する。
その言葉に俺はピタリと立ち止まり、筋肉を解放した。
「ほう、絶対だと? ならばアシュリー、お前は上腕二頭筋に誓えるか!? 誓えるのか!?」
「め、目がマジすぎて怖いんだけど……」
アシュリーが俺から目線を逸らし、一歩後退する。
おっと、怖がらせてしまったようだ。
さすがに勢いづきすぎたかもしれないと少し反省し、俺は筋肉の解放をやめる。
そして自らの腕を見つめた。
「……すまん、取り乱した。悪いな、上腕二頭筋」
「あたしに謝ってくれる!?」
アシュリーは今度は怒り始めた。忙しいヤツだ。
悪い悪いと謝って、俺は話題を戻す。
「というわけで、筋肉がなぜ感謝されないのかを二人に考えて欲しい」
「あれよ、人じゃないから」
アシュリーが即座に答えてくる。
時間をほとんどかけていないにもかかわらず、その指摘は中々どうして鋭いものだ。
「なるほど、正論だな。だが聞かなかったことにする」
「なんでよ!?」
詰め寄って来るアシュリー。
だが、俺は冷静に言う。
「たしかに人ではない分、感謝はされづらいだろう。それは俺も理解できる。だがこの街は聖魚という魔物を信仰し、あまつさえ崇めているんだぞ? なのに筋肉に感謝できないなんて、道理が通ってないだろ」
なぜこんなにスラスラと言葉が出たかというと、俺も以前はアシュリーと同じことを考えていたからだ。
人ではないから人気がでない、感謝されない。そういうことなのではないかと思った時期もあった。
だが、この水都では魔物さえ熱狂的な人気を持っているのだ。ならば筋肉はもっと人気がないとおかしいだろう。
「む、むぅ……」
俺の指摘に、アシュリーは唸る。
やはりこの問題の答えはそう容易にはでない、か。
「フィーリアは何かないか?」
顎に手を当てて考えている様子のフィーリアに話を振る。
「うーん、そうですねぇー……」
フィーリアはそう言ってから、桃色の唇を開いた。
「まだユーリさんのような身体を見たのが初めてで、慣れていないだけなんじゃないでしょうか。今はまだ、筋肉が凄すぎて圧倒されている段階というか。今の聖魚の話だって、何百年と口頭で伝承されてきたから人気が出たわけですし」
フィーリアは続ける。
「今は筋肉の人気がゼロだとしても、きっと何日かして水都の人々がユーリさんの筋肉に慣れてくれば、今の何倍も人気がでるはずですよ」
「フィーリアっ……!」
俺は感動したぞ!
目から鱗だが、これこそが俺の求めていた答えだ! ありがとうフィーリア!
「まあゼロに何かけてもゼロなんですけど」
「フィーリアぁ……!」
一旦浮かれさせてから落とすのを止めろ!
「おっ」
そんな会話をしている間に、俺たちは目的の場所へと到着していた。
そこにあったのは、水都に来た時と同じマガメ車。
そう、俺たちは今日水都を発つのだ。依頼を終えた俺たちが水都に留まる理由はもうないからな。
「水都も今日で最後だと思うと少し名残惜しいな」
そう言うと、アシュリーが意外そうに俺を見た。
「へぇ、ユーリでもそんな気持ちになることがあるのね」
「ああ、もちろん。ここまでの水圧を感じられる場所でトレーニングできる機会なんてのは滅多にないからな。名残惜しさを感じずにはいられないぜ」
「あたしの思ってた名残惜しさと違う……」
アシュリーが納得いかなそうな顔をするのを、フィーリアがウンウンと頷きながら慰める。
「アシュリーちゃんは間違ってないですよ。ユーリさんの価値観が人と百八十度ずれてるだけです」
「そんなにずれてねえよ」
百八十度じゃ完全に逆じゃねえか。
俺は他人よりほんの少しばかり筋肉への畏敬の念が強いだけだぞ。
「おーい、皆待ってー!」
マガメ車に乗り込もうとした俺たちに背後から子供の声がかかる。
見ると、そこにはこちらに駆け寄ってくる三人の姿があった。
カレンとドゥーゴ、それにイサジだ。
カレンとドゥーゴが走ったせいで息を切らしているのをチラリと見て、ドゥーゴが俺たちに声をかけてきた。
「今日発つことは知っていたんだが、私やドゥーゴ殿は今回の件で記者やら何やらに色々と話を聞かれてな。来るのがギリギリになってしまった。すまないな」
「いえ、来ていただけただけでも嬉しいです」
フィーリアの言う通りだ。
水都の復旧作業で忙しい中、まさか見送りにまで来てくれるとは思わなかった。
「今回上手く事を収められたのは、イサジに水中での動き方を教わってたおかげみたいなところもあるしな。感謝してるぜ」
俺がそう言うと、イサジは「私が教えたことが役に立ったのなら何よりだ」と微笑んだ。
「三人とも、また水都を訪れる時は連絡してくれ」
「ああ、その時はまた手合せするぞ」
「望むところだ」
俺とイサジはガッチリと握手を交わした。
そして、息を整えたカレンとドゥーゴも俺たちに別れの挨拶をしてくれる。
目が合って早々、カレンは俺たちにぺこりと頭を下げた。
「皆さんのおかげで、パパがやる気を出してくれました。ありがとう!」
頭を上げたカレンの顔は満面の笑みだ。
ドゥーゴが研究を再開したのが本当に嬉しいのだろう。
花の咲く様な笑みに釣られて、俺たちもつられて笑顔になってしまう。
特に何度か一緒に遊んでいたアシュリーはなおさらだ。
「わたし、夢が出来たんだ。学者になって、お父さんの研究を手伝うの」
「素敵な夢じゃない。頑張り屋なあんたならきっと叶えられるわ」
「うん、ありがとうアシュリーさん!」
「学者かぁ。じゃあそれまで僕も研究を続けなきゃだな」
二人の会話を聞いていたドゥーゴが、娘のカレンの頭を撫でながらしみじみと呟く。
「そうだよ、やめるのなんて許さないんだから!」
頭を撫でられながら言うカレンに、ドゥーゴは一瞬ハッと息を止めた。
そして目を細めながらカレンを見る。
「……なんかお母さんに似てきたな、カレン」
「へ、そうかな? えへへ~」
カレンは母に似ていると言われ嬉しそうだ。
目の前で繰り広げられる微笑ましい光景を、俺たちは黙って見守る。
ひとしきりカレンを撫でた後、ドゥーゴは俺たちの方へと向き直った。
「君たちのおかげで、一歩進むきっかけがもらえたよ。本当にありがとう」
「カレンちゃんを大切にしてあげてくださいね」
「ああ、もちろん。もう二度とカレンにあんな泣き顔はさせたくないからね」
「わ、わたし泣いてないし!」
いや、結構ガンガン泣いてたぞ。
そう思ったが、口に出すのは止めておいた。
子供の頃は強がりを言いたがるものらしいからな。
こういう経験も、カレンを大人にするために必要なことなのだろう。
「じゃあ、行くか」
一通り別れを済ませた俺たちは、マガメ車に乗り込む。
バブルフィッシャーという魔物の吐いた泡に包まれた車内は、適応石を離しても地上のように息が出来た。
「じゃあな」
俺たちは三人に手を振る。
三人も俺たちに手を振ってくれた。
俺たちを乗せたマガメ車はどんどんと水都を離れていく。
遠くなっていく水都の全景に見切りをつけ、俺は進行方向へと身体の向きを変えた。
イサジやドゥーゴは水都で自分たちのやるべきことをやっていくだろう。
それに俺が負けるわけにはいかねえ。
全身の筋肉がドクンドクンと心臓のように脈打っているのが自分でもわかった。
こうなったら昂ぶってとてもジッとしてなんていられない。
「俺も頑張んねえとな。……よしっ」
「ちょ、ちょっとユーリさん!?」
「止めてくれるな、フィーリア。全身の筋肉が俺を突き動かしてるんだ」
「意味が分かりませんけど!?」
フィーリアの制止を振り切り、マガメ車から身体を投げ出す。
そしてマガメ車の前を行くように水中を泳ぎ始めた。
突然前に現れた俺の姿に、マガメの首元に乗っている御者が目を丸くする。
「来いよマガメ、どっちが速えか勝負だ」
そう言いながら御者の後ろを見ると、頭を押さえているフィーリアと呆れた顔のアシュリーが見えた。
それを気にせず、俺は全速力で泳ぎだす。
瞬く間に遠くなっていく水都は振り返らず、俺は前へ前へと泳ぎつづけた。
七章『水都編』完結です、次の話から新章に入ります。
更新頻度が落ち気味でごめんなさい。頑張ります!
そしてもう一つ。
皆様のおかげで九月末に『魔法? そんなことより筋肉だ!』の二巻が出せるようです!
ありがとうございます!
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