141話 新たな情報
「それで、話ってのは何なんだ?」
訓練後、俺たち三人はドゥーゴの下を訪れていた。
ちなみに俺たちがドゥーゴと真面目な雰囲気で会話をしていたという事実について、イサジは何も聞いて来ないで俺たちを見送ってくれた。
守秘義務があるのでイサジにはSランク依頼について伝えることはできないが、俺たちに何かあるのは察しているだろう。推測していてなお、追求しないでいてくれるのはありがたい。
そしていつものごとくというかアシュリーはカレンの遊び相手として駆り出された。
なので現在部屋にいるのは、俺、フィーリア、そしてドゥーゴだ。
「研究を再開しようと思って、僕はギルドから今回の聖魚についての資料を取り寄せたんだ。副ギルド長も喜んで渡してくれたんだけど……そこで少し気になることがわかってね。君たちに伝えておこうと思ったんだ」
そう言ってドゥーゴは辞書数冊分はありそうな、膨大な紙の束を俺たちの前に差し出す。
なんだこれ? 持ち上げたり下ろしたりするトレーニング器具……じゃないよな?
あまりの量に一瞬トレーニング器具と勘違いしてしまった俺だが、どうやらこの紙の束は聖魚の資料を集めたものらしい。
ドゥーゴはどこに何が書かれているかがわかっているかのようにその束の中から一枚の紙を取り出し、その内容を指差す。
「ここ。ここを見てくれ」
見ると、ニョロニョロとミミズのような線が紙の上に何本も引かれている。
……なんだこりゃ、暗号か?
「ね?」
おい待てドゥーゴ、何が「ね?」なんだ。
これで察しろってことなのか? 全然わからねえぞ。
おそらくこれは何かのグラフ?みたいなものなのだろう。俺にわかるのはそこまでだ。
お手上げだとわかった俺は横のフィーリアを見る。
大体こんなの素人が見たってわかるわけ――
「なるほど……。たしかにここ、少しおかしいですね」
マジかお前。
フィーリア、お前は天才か?
「フィーリア、お前このニョロニョロの意味が分かるのか?」
「はい……あ、わからないんですか?」
フィーリアが純粋な顔で聞いてくる。
わからない。わからないのだが……そう聞かれるとなんとなく頷きがたい。
フィーリアが説明してくれたところによると、このニョロニョロは魔法耐性のなんやらかんやらを示しているらしい。普通の聖魚と今回の聖魚では、各種魔法に対する耐性が若干異なるということだ。
言われてもよくわからないんだが、とにかくそういうことらしい。
「別にわからなくても落ち込む必要はないと思いますけどね。私が完璧すぎるだけなので」
そう言って控えめに胸を張るフィーリア。
俺を意気消沈させまいとしてくれているのだろうか。
別に落ち込んではいないのだが……でもフィーリア、お前良いヤツだな。
ここはフィーリアに乗っておくとするか。
「そうだよな。アシュリーもこんなのはわからねえだろうし」
「いえ、きっとアシュリーちゃんはわかると思います。あの子すっごい頭いいですし」
わかるのかよ。なんだよお前ら、天才集団かよ。
……だが、俺だって負けちゃいねえぞ。
「……まあ、このニョロニョロが理解できるようじゃまだまだだな」
俺は立ち上がり、解放した筋肉を見せつける。
この膨れ上がった上腕二頭筋が知力の象徴なのだ。わかるかフィーリア、この湧き上がる知性が。
「インテリマッスルな俺くらいになると、そんなにょろにょろは全く理解できなくなる。どうだ、すげえだろ」
「メンタルの強さは素直に凄いです。そのわけのわからない優越感は一体どこから生じたんですか?」
「筋肉からだ。常に筋肉の鎧を纏うことによって、人は自分に自信が持てるようになる。これが筋肉の力だ」
「羨ましいような羨ましくないような……話を戻しましょう。ドゥーゴさん、この波形が違うってことはもしかして……」
ドゥーゴはフィーリアに頷き、言う。
「ああ、その通り。――今回の聖魚は、聖魚ではないのかもしれない」
ほぅ……。
今回は俺にもわかるぞ。
つまり今回の聖魚は本物じゃなくて、偽物の可能性がでてきたってことだな。
「なら、早くギルドに行った方がいいんじゃねえか? それでもう一回ちゃんと調査すれば、本物か偽物かはっきりするだろ」
「偽物なら、私たちも依頼がやりやすくなるかもしれませんしね」
フィーリアの言う通りだ。
今回の依頼は敵の強さもそうだが、聖魚という信仰された存在が相手なことが依頼達成の大きな障害であった。その前提が崩れるなら、かなり動きやすくなる。
しかし、ドゥーゴの表情は渋い。
「一応ギルドにはもう行ったんだ。だけど、すでに祠を壊す恐れのあるレベルにまで体長が育ってしまった聖魚に対して下手に刺激を与えるのはまずいと言われてしまってね。僕が聖魚の姿を見ることは叶わないだろうから、調査は出来そうにない。……すまない。僕がもっと早くに研究を再開していれば……」
項垂れるドゥーゴ。
俺はそんなドゥーゴの肩に手を置く。
「いいや、問題ねえよ。な、フィーリア?」
俺が話を振ると、フィーリアは胸を張って答える。
「はい。相手がどんな怪物だろうと、私たちが依頼を失敗することはありませんから」
その目には確固たる自信が見えた。
良い目だ。パートナーがそういう精神状態でいてくれる限り、大抵のことはなんとかなる。
「それに、今いただいた情報も何かの役に立つかもしれませんしね」
「そうそう、情報戦は俺の十八番だしな」
「ドゥーゴさん、ここ笑うところです」
笑うところじゃねえ。
ったく、俺だって戦闘に関してはそこそこ頭が回るんだからな?
一時間後。
俺たちはドゥーゴの家を出て、宿へと向かう。
帰り際、ドゥーゴは現在ある限りの資料から、今回の魔物が聖魚でない可能性とその場合の魔物の正体を探ってくれると約束してくれた。
その目は情熱に満ち溢れていて、研究者としての武者震いも抑えきれないようだった。
それを見たカレンがニッコリと笑っていたのが印象的であった。
「つ、疲れたわ……。カレンちゃんってばドゥーゴさんが研究を再開したからか、前にも増して元気なんだもん」
「そう言う割にはまんざらでもない顔してるじゃねえか」
アシュリーは疲れた顔をしながらも、口角は上がり気味だ。
それを指摘されたアシュリーは視線を泳がせる。
「……まあ、その……妹みたいで可愛いし」
照れたように小声で言うアシュリー。
それを見たフィーリアは、咄嗟に口元を押さえる。
「か、かわいい……!」
「か、かわいくないよっ!」
「~っ!」
頬を膨らませたアシュリーを見て、ニヤニヤが抑えきれない様子のフィーリア。
……なんかお前、変質者みたいだぞ。




