14話 『死神』
本来の体型へと変貌した俺は、歓喜に震えながら拳を構える。
強者とやり合う感覚、これこそ万物に勝る快感だ。
死神は鍔に手をかけたまま口を開き、薄い唇の間から言葉を発する。
「それにしても、咎人が自分の方からやってくるとはな。やっと自らの罪に気付いたか、人間」
「おまえも人間だろ。何が言いたい。よくわからんぞ」
俺の反応に死神は落胆したかのように首を振る。
「ならば私が貴様に教授してやろう。貴様の罪を」
「悪いがそんなものに興味はない」
俺は床を蹴りだし死神に接近する。
しかし、予備動作なしのダッシュにもかかわらず死神は俺の動きを捕捉しているようだ。大抵のやつは気づかれる前に殴れるんだけどな。
そのまま突っ込むのは危険が大きいか? ……いや、このまま突っ込む!
俺は速度を保ったまま死神の懐へ入ろうと試みた。
刀の範囲に入る。
死神は刀を抜き、その勢いのまま俺に斬りかかる。
――居合。
それはいままで魔物としか戦ったことのない俺が味わったことのない、最速の居合だった。
受けた体から血が噴き出す。
俺は構わず殴ろうとするが、すり足で避けられてしまった。
今の居合といい、速さは俺より上のようだ。俺は死神から一度距離をとる。
死神は死神で、自らの剣を見つめて不思議そうな表情を浮かべていた。
「貴様のその体……いやに固いな」
「ああ、鍛えたからな。こっちこそ驚いたぜ。俺の体を斬れるほどの剣士がいるとはな」
「なにを世迷いごとを。刀で斬れば体が斬れるのは当然の道理だろう」
普通はそうだが、俺の体は下手な金属よりもよほど丈夫である。
俺の皮膚を斬るほどの刀の技量、それは素直に称賛すべきものだ。
「貴様ほどの力量の相手を斬るのは惜しい。だが、貴様もまた咎人。罪を雪いでやろう」
死神は片手で持ち上げた剣先を俺の顔に向け、淡々と言う。
「罪、ね」
こいつは常識から外れた力を持っている。
そういうやつは大体常識はずれの考えを持っているものだ。
俺はあいにく一般人だし、そんなもの持っていないが。
「そうだ、罪だ。貴様らは皆、背徳という罪を犯している。義務を放棄してるんだ」
掠れていた声の中に芯ができはじめた。
こりゃあ……もう一段階強くなったか? いいねえ。
俺は笑みを浮かべるのを我慢して続きを促す。
「義務か。何の義務だ?」
「死ぬ義務だ」
死ぬ義務……なるほどわからん。
「一般人を殺したのもそれが理由か」
「そうだ。俺は義務を果たさせてやったにすぎん。俺が殺すことにより、殺された人間は自らの罪を自覚するのだ」
言ってることがよくわからん。
インテリの俺が理解できねえことを言うんじゃねえよ。
「そうか。じゃあいくぜ」
考えるのが面倒になった俺は再び殴りかかった。
死神の刀の範囲に入る。
すでに刀を抜いている死神は俺の左肩から斬ろうと刀を振るう。それを後退することで避ける。
死神はそれに対応し、さらに一歩踏み込んで下から斬り上げてきた。
これは避けられない、そう判断した俺は腕に力を込める。
――刀と腕がぶつかり合い、そして刀ははじかれた。
俺と死神は互いに距離をとるが、死神の目には驚愕の色が浮かんでいる。
「なっ!? 貴様、どういう体だ!」
「なんてことはねえ。ただの修業の賜物だ」
しかし中々殴れないな。
これだけ速い刀捌きだと近づくのは難しい。
ただ、防御だけを考えれば刀も防げるってのは嬉しい情報だ。
「……俺は死ぬわけにはいかんのだ。貴様ら人類に義務を果たさせるまでは、決して」
俺は死神の話を無視し、構えを取った。
コイツの考え方は全く理解できない。よって聞く意味もない。
そのまま右腕を死神に向け、拳を放つ。
音速を超えた衝撃波を、しかし死神は刀で容易くぶった斬った。
「随分と曲芸じみた技だな。飛び道具まであるのか」
「ピストル拳だ」
「……なんだと?」
「今の技は、ピストル拳という」
「……そうか。まあどんな名をつけようと貴様の自由だが……」
なんだ? 急に憐れんだ目で見てきやがって。
意味が分からん。
死神は「ふぅ」とため息をつき、少し圧を緩める。
といってもこの距離ではその隙をつくことはできない。それはあちらも承知の上だろう。
死神はゆっくりと語り始めた。
「……貴様ほど強ければわかるだろう? 不死の人間などいない。人は皆死ぬ。死は生物に平等な義務だ。『生きる権利』とかほざくやつがいるが、生が権利なら義務はなんだ? ――そう、義務とは死だ。俺はそれに気づいていない咎人達に真実を教えてやってるだけさ。さしずめ真実の伝道者といったところか」
「生きるのが権利ってんなら、別に今すぐ殺すことはないんじゃねえのか?」
「義務の後払いは不可能だ。死んでから思う存分生きればいいだろう」
本当に同じ言葉でしゃべってるのか不安になるな。
言葉通じてるか? 支離滅裂にもほどがあるぞ。
……いや、そういえば俺はフィーリアに出会って生まれ変わったような気もする。
あいつに会うまでの俺は狭い世界で満足していて……まあ死んでいたといっても過言ではないかもしれない。
「おい死神。俺は昔死んでいたんだが、そういう場合はどうなんだ?」
俺の言葉に死神は顔を歪めた。
「……頭がおかしいのか? そんなことがあり得るわけがない。貴様も義務を果たせ」
……来るっ!
俺は死神から発せられる圧が強まったのを感じとる。
死神は言葉を言い終え口を閉じるや否や距離を詰めてくる。
俺は刀を腕ではじき、拳で殴る動作を見せた。
寸前で少し身を引かれたがその程度では逃がさない。
死神の右腕を掴み、逃けられないようにしてから思いっきりぶん殴った。
ガハッと声を上げ、死神の体が宙を舞う。
刀捌きは見事だったが、体はまだまだ筋力不足だな。いまので奴の右腕はちぎれた。
俺は死神に追撃を仕掛ける。チャンスを逃すようなヘマはしない。
空中で近づいた俺、その俺の目をめがけ死神は唾を吐きかけてきた。
上下左右も分からないはずなのに、気配だけで俺の居場所を見抜いたか? やっぱコイツは強え。
――だが、俺もこんなもので目を潰されたぐらいじゃ引かねえよ。
気配を頼りに暗闇の中をぶん殴る。
メキリ、と骨の折れた感触が拳に響いた。
血を服で拭い、死神の姿を探す。
死神は地に倒れていた。
先刻まで右腕がついていた場所から血が大量に流れ、上半身と下半身はちぎれかけている。
俺の追撃は腹の辺りにあたったようだ。
俺はゆっくりと死神に近づいた。
「ガハッ……まさか俺が負ける、とはな。まあ、いい。俺もまた義務を果たす時が……来たというだけの事」
死神が言葉を発する度にその口からは血がこぼれだす。
「俺も楽しかったぜ、最後は久しぶりにアガッちまった」
俺は戦いが長引くほどテンションが上がって強くなる。
長く本気の戦いを楽しめるから自分では気に入っている体質だが、俺相手にテンションが上がるまで生きている相手は稀だ。
気持ちの高ぶりを感じたこの戦いは、そういう意味でいうと俺にとって大満足のものだった。
「最後に……願いがある。無茶な願いなのは……承知の上だが、俺の命は……俺の刀で刈り取ってくれないか」
俺は「わかった」と答え、切り離された死神の右手から刀を奪い取る。
コイツが一般人を殺した犯罪者だということは分かっているが、俺は強者には敬意を払う。
死神の元まで歩ききった俺は死神に尋ねた。
「言い残すことはあるか」
「いや、何もないな。使命を果たせなかったのに、なぜかとても……穏やかな、気分だ」
死神はそこまで言ったところで大きく咳き込む。
「貴様も早く死ぬといい。この気持ちがわかるだろう」
そして本当に穏やかそうな顔でそう言った。もうとうに致死量の血を流しているだろうに、その顔からは痛みを感じとれない。
「……わかんねえよ」
俺は死神の胸元に刀を深く突きたてた。
死神は一度肺から空気をだし、そして死んだ。
死神の死を確認した俺は、そのまま廃墟を抜け出した。
外は薄暗かった。もう日が落ちたのだ、と気づいた。
フィーリアは俺を見つけると、ホッと息を吐きこちらに駆け寄ってくる。
「無事倒せたんですか?」
俺は頷く。
「すげー強かった。超楽しかったぜ」
「そうですか……」
テンション低いな。何かあったのだろうか。
「なんか機嫌悪くないか?」
「そんなことありませんよ。ただ……心配だっただけです」
フィーリアは俺から目を逸らし、軽く俯きながらそう答える。
まさかフィーリアにこんな一面があったとは。
「なんだ、意外と可愛いところもあるんだな」
「はい、私は可愛いんです。ユーリさんが死んでしまったらそんな可愛い可愛い私はどんなひどい目にあってしまうか……。ユーリさんは私の護衛役なんですから、私のためにどうか死なないでくださいね?」
フィーリアはシクシクとわざとらしく泣き真似をした後で、手を祈りの形に組みつつ上目遣いでこちらを見る。
……コイツ、自分の事しか考えてねえじゃねえか!
「……前言撤回するわ」
俺は上目遣いのフィーリアにかまわず、死神について報告するために騎士団が在中している建物に向かうことにした。




