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139話 回る回る

「娘が……カレンがいなくなってしまったんだ! 頼む、一緒に探してくれ!」


 荒い息を隠そうともせずに、ドゥーゴは俺たちに言う。


「カレンちゃんが……!?」

「そうなんだっ! 俺はもうどうしたらいいか……」

「ドゥーゴ、焦る気持ちはわかるが少し落ち着け。俺たちにもわかるように話してくれないか」


 俺の言葉でわずかに落ち着きを取り戻したドゥーゴは、しどろもどろに経緯を語り始める。

 と言ってもドゥーゴにもわかっていることはほとんどないらしい。

 朝起きたら、いつも寝ているベッドからカリンがいなくなっていたということだ。


「一応ギルドと騎士団にも伝えてきたんだが、それだけではいてもたってもいられなくて……」


 目に見えて憔悴するドゥーゴ。

 そんなドゥーゴにフィーリアが優しく語りかける。


「落ち着いてくださいドゥーゴさん。ドゥーゴさんは家で待機していてください。カレンちゃんが戻ってくるかもしれませんから」

「そ、そうだね。すまない、ありがとう」

「いえいえ。じゃあ二人とも、早く探しに行きましょう」


 フィーリアは流れるような動作で準備を始める。

 それに従う様に、俺とアシュリーも身支度に取り掛かった。


「めぼしいところは騎士団が探してくれているだろうから、俺たちはすぐには手が回らなそうなところを探すべきだろうな」

「ドゥーゴさん、心当たりとかはないの?」

「騎士団の人にも聞かれたが、全く……。……いや、待ってくれ」


 アシュリーの質問に、ドゥーゴが動きを止める。

 その顔は青ざめていた。


「あるんですか? 心当たり」

「心当たりというにはあまりにも不確かで申し訳ないんだが、カレンは最近水中ジャングルに何度か興味を示していたんだ。もしかしたら……」


 水中ジャングル……っていうと、俺とイサジが戦ったところか!

 まずいな……あの辺はかなり強い魔物が多かった。

 幸運にも俺たちが依頼で殲滅に近い状態にしたばかりではあるが、それでも魔物はいるはずだ。

 カレンがそいつらと出会ってしまえば、結末は一つだけ。――すなわち、死だ。


「いくぞ二人とも!」


 俺たち三人は宿を飛び出し、全速力で水中ジャングルへと向かった。

 頼むぞ、間に合ってくれよ……!







 水中ジャングルへとたどり着いた俺たち三人は、迷わず別れて各自捜索することにする。

 俺たちなら一人になったとしてもそこまで危険はないし、それならば捜索範囲を広げた方がいいだろうという判断だ。


「おーい! カレン、でてこーい!」


 俺はジャングルの真ん中でそう声をかける。しかし返事はない。

 とその時、俺は水の流れに違和感を覚えた。

 水都に来た当初であれば気が付けなかったであろう、ほんのわずかな異変。

 イサジとのトレーニングを積んだ俺は、それに気が付く。


「……あっちで何かが起きてるな」


 俺はそちらへと全力で足を蹴りだした。


 そして目に入る光景。

 橙色の髪をサイドテールにした少女――カレンが、魔物に追い詰められている。

 魔物の口はすでに開けられており、あとはそれを閉じるだけでカレンはその生を終えるだろう。


「おらあっ!」


 俺は一瞬の躊躇いもなくピストル拳を放った。

 ピストル拳が直撃した魔物は、口を開けたまま遠くに飛んでいく。

 よかった、調節が上手くいった。間違ってもカレンの目の前で魔物を爆散させるわけにはいかないからな。


 魔物のいなくなったのを確認し、俺はぐしゃぐしゃな顔をするカレンに近づいた。


「大丈夫か、カレン」

「……筋肉のおじさん……っ!」


 お兄さんな、お兄さん。俺まだ二十やそこらだぞ。

 カレンはそんなことを思う俺の脚に縋り付いてくる。どうやら魔物に食べられるかもしれないという恐怖で腰が抜けてしまったようだ。


「怖かった……。ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

「もう大丈夫だからな、安心しろ。とりあえず帰るとするか。早く帰ってやらねえと、お前の父ちゃんが心配するからな」


 俺は真上を目掛けピストル拳を三発放つ。

 カレンを見つけるか、もしくは何かあった時にそうするようにとあらかじめ決めていた合図だ。

 それから腰の抜けて歩けないカレンを肩に背負うと、息が上がったフィーリアとアシュリーが俺たちの元へとやってきた。


「よかったぁ、見つかったんですね!」

「カレン、あんたあんまり心配かけんじゃないわよ。あたしは良いけど、あんたのパパなんて死にそうな顔してたんだからね?」


 一度一緒に遊んだ仲だからか、アシュリーは少し厳しめだ。


「ごめんなさい……」


 しゅんとなるカレン。

 そんなカレンの頭を、アシュリーが優しく撫でた。


「でも、無事で本当によかったわ」

「アシュリーさん……っ」


 そんな二人をまるで母のような慈愛に満ちた目で見るフィーリア。

 まあ、気持ちはわかる。


「……アシュリー。お前、たまにはいいこと言えるんだな」

「喧嘩売ってるわよね? 売ってるわよね?」

「ユーリさん、今のはユーリさんが悪いです。ここは三回転捻りをしながら謝りましょう」


 三回転捻りってなんだよ。


「……わかったよ。やればいいんだろ」


 俺はカレンをフィーリアに預け、自らは地面を蹴りだす。

 そして身体に捻りを加え、くるくると回った。

 どうせなら三回転捻りなんかじゃなく、十三回転捻りくらいしてやろう。その方が訓練になるからな。

 そう思った俺は、目にもとまらぬ速度で回る。

 そしてその間にアシュリーに謝罪。


「悪かった」


 最後に着地。

 ……うむ、完璧な動作だったな。満足のいく動きが出来た。


「なんですかその動き……こわ……」

「やれって言ったのはお前だからな?」


 たしかにちょっと大目に回りはしたが、大本はお前が言いだしたんだぞ。


「筋肉おじさん……何今の……」


 カレンは信じられないものでも見たかのように、ぽかーんと口を開けていた。

 それを見たアシュリーが俺をキッと睨む。


「ちょっと、カレンに悪影響与えるようなことは止めてよね!」

「す、すまん……」


 これ、俺が悪いのか?

 釈然としない思いを抱えながらも、俺たちはドゥーゴの待つ家へと急いで帰った。







「カレンっ!」


 家に入るや否や、ドゥーゴはカレンを抱きしめた。


「心配したんだぞカレン! なんであんな危ないところに……!」


 抱きしめられたカレンは、俯きながら言う。


「……だってあそこは、ママとパパとの思い出の場所だから。わたしがあそこに行けば、昔のパパに戻ってくれる気がしたの……」

「それは……確かにあの場所は僕がママにプロポーズした場所だが……。カレンは今の僕が不満だってことか? なら、どこが駄目なのか教えてくれ、パパはカレンのためにできることは全部――」

「だからだよっ!」


 カレンは大きな声をだした。

 あまりに突然のことに、ドゥーゴは呆気にとられて娘を見る。


「パパにはパパの好きなことをやってほしい。足手まといになりたくないの。研究について語ってるパパはいつも子供みたいにはしゃいでて……でも、だけど一番カッコ良かったんだもん……っ!」

「カレン……」


 話しながら泣き始めてしまったカレンを、ドゥーゴはもう一度ギュッと抱きしめる。

 その腕の中で、カレンはまた口を開く。


「パパがママに楽してもらおうと頑張った時あったでしょ? 料理はすごく下手だったし、洗濯のときに洗剤ひと箱入れちゃったりして大変だったけど……私の好きなパパは、あの時のパパだよ。パパには研究を一生懸命やってほしい、家事はわたしが頑張るから。……でも、もしかしたら手伝ってもらうことになっちゃうかもしれないけど……」

「……カレンっ! ごめんなカレン。パパ、お前の気持ちに気づけなくて」

「ううん。ごめんなさい、心配かけて……ごめんなさい、パパぁ……っ!」


 俺たちはそれを黙って見ていた。


「うぅ……ずびっ……」


 フィーリアだけは鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃになっていたが。





「皆さん、ご迷惑をおかけしました」


 ドゥーゴが頭を下げてくる。

 俺はそれを手で制した。


「このくらいはお安い御用だ」

「まあ、そうね」

「そぶでずね、ゆーびざんのいぶどおりでず」

「とりあえずお前はその顔なんとかしろ。何言ってるか全然わかんねえから」


 そんなこんなで、カレンは無事に帰ってきたのであった。

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