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136話 水都での二人

イサジとユーリの戦闘から二日。

この日は前に約束した通り、イサジに水中での動き方を教わっていた。


もう暗くなった街灯の下を歩き、三人は宿へと帰って来る。

廊下でユーリと別れたフィーリアは、即座に風呂を済ませてパジャマに着替え、ボフンとベッドに突っ伏した。


「あー、疲れましたねー」

「でもイサジさん、教えるの上手いよね。今日だけでもあたし結構思い通りに動けるようになった気がするわ」


同じようにパジャマに着替えながらそう答えるアシュリー。

ちなみにパジャマの色は赤色だ。


「たしかにそうですね。……ふわあ。もう眠いです、寝ましょうアシュリーちゃん」


そう言うとフィーリアは腰に付けた次元袋から、クマのぬいぐるみを取り出す。


「……うん、そうだね。寝る」


二つ並んだベッドに仲良く横になり、フィーリアとアシュリーは目をつぶる。

外にいる間は魔法をずっと使っており、その上での修行だ。

相当疲れが溜まっていたらしく、二人は吸い寄せられるように深い眠りに落ちていった。







「ん、……うーん……」

「あ、お早うフィーリア姉」

「んー……おはようございます、あしゅりーちゃん」


朝が弱く、なんとなくおっとりとした話し方をするフィーリアに、アシュリーは抱き着きたくなる衝動に襲われる。

しかしそこはSランク。己の精神力で誘惑に打ち勝ち、普段通りに接する。


アシュリーはフィーリアのことを好いている。

それはもちろん恋愛対象としてではなく尊敬できる女性としてなのだが、アシュリーの中でフィーリアという存在はあまりに大きい。

下手に馴れ馴れしくしすぎて嫌われてしまったら、もう立ち直れない。

いや、あの温厚なフィーリアが少しの無礼で自分を嫌うとは思わないが、万が一、万が一嫌われたら……。

そう考えて、アシュリーは自分で決めた一線を超えないように己を律していた。

それでも時々締めたねじが緩んでしまうのだが、そこはまだ十三歳という幼さゆえだろう。


すでに顔を洗い、歯を磨き終えているアシュリーに対して、フィーリアはまだベッドの上だ。

寝ている間にはだけたのであろうパジャマから、白い腹部が顔を覗かせる。

この可愛さは一体何なのか。アシュリーはいつもながらに驚愕した。


「? どうかしました?」


悶えるアシュリーを不思議そうな眼で眺めながら、フィーリアはこてんと首をかしげる。

その動作はあざとさの欠片もなく、アシュリーは男に生まれていなくてよかったと心底思う。

もし自分が男に生まれていたら、フィーリアに夢中になって他のことが何も手に着かなくなってしまうだろうから。


「あ、そう言えば気になってたんだけど」

「はい、なんですか?」

「それ、なんなの?」


アシュリーはフィーリアが抱えるクマのぬいぐるみを指差す。

実のところずっと気になっていたのだが、中々切り出すタイミングがつかめなかったのだ。


「これは……あー、その、まあ……はい」


フィーリアは何の説明にもなっていない曖昧な返事をした。

ふむふむ、とアシュリーは顎に手を置く。


「なるほど、フィーリア姉のためにユーリがプレゼントしたってことね」

「今の説明で伝わったことに驚きました」

「あたしフィーリア姉のこと大好きだからね。このくらいわかるよ。フィーリア姉検定中級ってところかな」

「そんな検定があったら、きっと受験者が殺到しますね」

「いや、それどころか多分この星の知的生命体がこぞって受けるわ!」


そう言って二人は笑いあう。

この場にユーリがいればツッコミの一つでもいれたかもしれないが、部屋にはフィーリアとアシュリーだけ。その勢いを止める者はない。




最終的に「建物までもフィーリア検定を受験しにくる」というおおよそ正気とは思えない結論に達した二人は、話題を変えることにした。


「にしても、フィーリア姉も物好きだよねぇ。ぶっちゃけフィーリア姉の可愛さなら、引く手あまたどころか断る人いないレベルじゃん。なんでユーリ? あたしここだけはフィーリア姉が理解できないんだよね」


フィーリアがユーリに好意を持っていることはとっくに理解していた。

今思うと反省しなければいけないが、ユーリがあまりにもフィーリアと仲が良いものだから、ヤキモチから強く当たってしまったこともあった。

しかし、アシュリーにはわからない。

ユーリも悪いやつではないと思うが、好きになるような要素も見当たらないと思うのだ。


「ユーリさんだっていいところはいっぱいありますよ! ユーリさんって意外と私の細かいところまで見てくれてたりしますし」


クマのぬいぐるみを伸ばした脚の間に置きながら、フィーリアはアシュリーに反論した。


「でも一番肝心な気持ちが伝わってないじゃない? それはいいの?」


いくら細かいところを見てくれたとしても、好きという気持ちが伝わっていないのはどうなのか。

そう問うアシュリーに、返す言葉のないフィーリアは口をモゴモゴさせる。


「そ、それはまあ、そうですけど……あ、あと壁をつくらずに接してくれますし!」


苦し紛れのように口にしたフィーリアの言葉には、アシュリーにも心当たりがある。


「あー、それはちょっとわかる気がするわ。アイツあたしのことガキ扱いするけど、それは本当にガキだと思ってるのよね。周りは『Sランクの癖にガキだな』とかそういう風に言うけど、ユーリからはそういうの感じたことないわ」


アシュリーは紛うことなき天才だ。

回復魔法こそ使えないものの、五属性全ての魔法を扱え、さらに戦闘特化の能力を持っている。


その才能に溺れることなく、人より努力をしているという自負はある。

だが、それでも十三歳でSランクというのは目立つ。

だからアシュリーは自分が嫉妬されて当たり前だと思っているし、嫉妬してくる相手に苛立ちを覚えることはあっても咎める気にはならない。

十三歳という幼さで羨望の視線に晒されたアシュリーは、人の負の感情に敏くなった。

しかしユーリとフィーリアからは、そういった負の感情を感じないのだ。

だからアシュリーにとって、二人はとても付き合いやすいということには疑いようがない。


「初対面なのに下心見え見えの人とかもいて、そういう人は苦手です。ユーリさんはそういうこともないですから」

「でもまあ、それだけじゃねぇ」


赤いカバのぬいぐるみもくれたし、たしかにユーリは「良いやつ」ではあるかもしれない。それはそう思う。

だが、それがイコール「好き」とはならない。

正直性格的には問題だらけだ、とアシュリーは思っていた。


そんなアシュリーを説得するように、フィーリアはユーリの良いところを力説する。


「それだけじゃないです、他にもあるんですから! 私が寝坊しそうになると起こしてくれますし、休みたいと言うと私の意思を尊重してくれますし、危ない時は頼りになりますし……どうかしました?」

「……フィーリア姉、本当にユーリのこと好きなんだなぁーと思って」


のろけられたと感じたアシュリーは、尊敬する人をからかうように目を細める。


「っ!? な、なんのことだか私にはさっぱりですけど!?」


フィーリアは顔を赤くして否定した。

バレバレである。

こんな可愛いフィーリアに好かれるなんて、あの筋肉男は前世でどれだけの善行を積んだのだろうか、とアシュリーは思った。


「あ、アシュリーちゃんの勘違いじゃないんですか!? きっとそうだと私は思いますけどね!?」

「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」

「なんだかアシュリーちゃんが年上に感じます……。……そういうアシュリーちゃんはいないんですか? ……その、好きな人とか?」


好きな人、と言ったところでフィーリアの頬がさらに紅潮した。

この人はあたしを悶え死なせる気なのだろうか。

そんなことを考えながら、アシュリーは質問に答える。


「あたし? あたしは当分恋愛はいいわ。同年代は好きになれる気がしないし、上は上であたしを好きになるような性癖の人は無理だから」

「え、アシュリーちゃんって、つ、付き合ったこととかあるんですか?」

「え、ないけど」

「あ、ないんですか!?」

「けど、本とかで読んだし色々知ってるよ。恋愛って面倒くさいのよねー。恋に恋するって年でもないしさー」


そう言ってアシュリーはフィーリアの隣に腰掛け、脚をブラブラと揺らす。

アシュリー自身は気づいていないが、「背伸びして大人の振りをする子供」という言葉を辞書で調べたら乗っていそうな発言だ。

それを聞いたフィーリアは、目の前の微笑ましい少女に慈愛の視線を送った。


「……やっぱりアシュリーちゃんは可愛いです」

「え、なに、どういうこと?」

「よしよしー」


フィーリアが微笑みながらアシュリーの頭を撫でる。

白く柔らかな手で優しく撫でられたアシュリーは、恍惚の表情を浮かべた。


「ああ、もう理由なんてどうでもいいわ。あたし今幸せ!」


しかしそんな至福の一時は、乱入者によって儚く散る。


「フィーリア、アシュリー、おはよう。いつまでたっても出てこないから、まだ寝てるのかと思って迎えに来たぞ」

「あ、はい。じゃあ行きましょうかアシュリーちゃん」


部屋にズケズケと入って来たユーリによって、アシュリーの天にも昇る一時は強制的に終わらせられてしまった。

この筋肉男が来なければ、もっとフィーリアに撫でてもらえたのに……!

アシュリーはユーリを睨みつける。


「……ユーリなんか大っ嫌いっ!」

「!? なんでだよ!」


突然の嫌い宣言に目を丸くするユーリ。

アシュリーはそれを気に止めることもなく、ユーリの全身を上から下まで睨みつけた。

そして気づく。


「あっ! あんた、今日のズボン赤じゃない!」

「そうだな。それがどうかしたか?」

「……赤を着ている人を嫌うことは、できないわ……っ!」


赤を憎むということは、すなわち世界を憎むということと同意である。

さすがにそれはできない。

それにしても、赤いズボンを着てくるとは……。


「あんた、中々見どころがあるわね! 気に入ったわ!」

「お前の情緒はどうなってんだ」


にっこりとほほ笑むアシュリーに、ユーリは若干引き気味だ。


「相変わらず仲良いですねー、二人とも」


フィーリアが楽しそうにそう声をかけ、三人は外へと出ていく――のだが。


「ごぼごぼ!? ごぼごぼぼ……!」

「え!? あ、フィーリア姉適応石持ってくるの忘れてる!?」

「マジかよ!? 大丈夫かフィーリア! しっかりしろ!」


慌てて部屋の中に入れられたフィーリアは息も絶え絶えといった様子だ。

息を切らせながら、目に涙を浮かべてユーリとアシュリーに言う。


「ごほごほっ! あ、あえてですけどね……? あえて、溺れてみました」


そんな訳がないのは誰が見ても見え見えである。


やっぱりフィーリア姉は可愛い。

そう思いながらふと横を見ると、ユーリはなぜか目を逸らしていた。


「……フィーリア。お前、服……」


その言葉でアシュリーも改めてフィーリアに目を向ける。

そこには、水で濡れ、服の下の肌が透けているフィーリアの姿があった。


「え? あっ、うぇ、……み、見ないでください!」

「腹斜筋大円筋僧帽筋上腕筋虫様筋……」


顔を真っ赤にしながら慌てて腕で自らの身体を隠すフィーリア。

そして筋肉の名称を念仏のように唱え続けるユーリ。


……やっぱりユーリは抹殺した方がいいかもしれない。

そう思うアシュリーであった。

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