135話 存在感
怪我が大分回復し、フィーリアが回復魔法を終える。
お礼を言おうとした俺に先んじて、フィーリアは口を開いた。
「ユーリさん、ちょっとお話があるんですが」
「うん? なんだ?」
見ると、フィーリアはひどく仏頂面をしている。
「今回はやり過ぎないって話じゃなかったでしたっけ」
「ああ、そういやそうだったな」
そういえば最初は軽く手合せするだけの予定だったんだよな、楽しすぎて忘れてた。
「それがなんで血みどろの死闘になってるんですか? とりあえず治療はしましたけど、すぐさま全部元通りって訳にはいかないんですからね。自然に治すよりも当然身体に負荷はかかりますし。心配する私の身にもなってくださいよ」
「悪いフィーリア。楽しくなりすぎたんだ。でもわかるだろ、この気持ち?」
フィーリアは俺の問いかけに表情も変えず、大きな銀の瞳でじーっと俺を見つめてくる。
……あれ? これもしかして、フィーリア怒ってる?
「もう、ユーリさんなんて知りません! ……嫌いになっちゃいますからね?」
そう言ってフィーリアはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「わ、私の方からも謝った方がいいか?」
イサジが慌てながら俺に聞いてくる。
俺はコクコクと頷きを返した。
今は誰の援護でも欲しい状況だ。
「そ、その、すまなかったフィーリア殿。戦っているうちについついテンションが上がってしまってだな……」
「ほとんどユーリさんと言ってること一緒じゃないですか! ……まったく、なんで男の人ってすぐ熱くなっちゃうんですか……」
フィーリアはイサジに問いかける。
その声には呆れの色が多分に含まれていた。
「そうだな……思うに、やはり武を競うというのは本能に根差したところだからではないかと思うのだが……」
「ああ、わかるわかる。なんか体の奥の方から熱くなってよ。『生きてる』って感じがするよな」
俺はイサジに同意した。
すると、イサジの口調にも熱が入り始める。
「おお、そうだそうだ! 本当に、あの瞬間のために鍛えていると言っても過言ではない」
「わかってくれるかイサジ!」
「もちろんだともユーリ殿!」
やっぱりイサジはいいやつだ!
「よし、じゃあ今からもう一戦――」
「何で意気投合してるんですか! 私怒ってるんですけどっ! 『今からもう一戦』って絶対懲りてませんよね!?」
「ごめんなさい」
「す、すまない」
どうしよう、フィーリアが怖い。
熱くなった心臓が急速に縮こまっていく。
フィーリアはしばらく俺を睨みつけた後、ハァ、と大きなため息をついた。
「本当に心配なんですから、あんまり無茶なことはやめてください。ユーリさんが戦うのが好きなのは知ってますけど、今日は軽くだって言ったじゃないですか……」
「はい、ごめんなさい。いつも感謝してます」
どうやって謝罪の気持ちを伝えようかと悩んだ末に、とりあえず敬語を使ってみる。
「……まあ、わかればいいですけど。でももう今日は駄目です。私の魔力もないので回復魔法をかけてあげられませんから。今怪我したらまずいのはユーリさんも重々わかってますよね?」
「わかってます。もう今日はやりません。ごめんなさい」
Sランク依頼に備えろと言いたいのだろう。
たしかにこれ以上激しくやりあうと、当日までに全快しきれないかもしれない。
「……別にいつも通りの話し方で良いですよ」
水底で正座までした俺の気持ちが伝わったのだろうか、フィーリアは小声で言う。
「ありがとうなフィーリア!」
「はい、どういたしまして」
やっと微笑んでくれた。
よかった、一時はどうなる事かと思ったぜ。
安堵した俺の目の前で、フィーリアは急に肩を回し始める。
「頑張った。はぁー、私頑張ったなぁ~。二人分の回復魔法なんて、すごい頑張りだなぁー」
チラチラと俺の方を見てくるフィーリア。
「おお、そうか」
「頑張ったなぁ、私。凄い頑張りました」
「そうだな」
「……ユーリさん、そろそろいい感じの一言ください」
「いい感じの一言ってなんだ」
俺に何を望んでるんだ?
「というかさっきから頑張った頑張ったって、どうした? 頑張ったのはわかってるぞ」
一人分でも大変なのに、二人分の回復魔法を使ってくれたんだ。魔力の消費も大きかっただろう。
しかも本気でやりあった分、俺もイサジもかなり深い傷だった。それを治してくれたのだ。
とても感謝しているし、ありがたく思っている。そんなことは当然だ。
だが、フィーリアが俺にどうしてほしいのかがわからない。
答えを求めてじっと見つめると、フィーリアは言いにくそうに俯いて上目遣いをしてきた。
「……褒めて欲しい」
「……は?」
「褒めて欲しい! 頑張ったんだから褒めて欲しいです!」
どうやら褒めて欲しかったようだ。
そう言えば感謝はしたが、褒めてはいなかったかもしれない。
「よく頑張ったな」
そう言いながら頭をワシャワシャと撫でてやる。
梳く必要のないほど滑らかな銀髪を揉みくちゃにされながら、フィーリアは満足げな笑みを浮かべた。
「うぇへへ、ありがとうございます」
なにやら上機嫌になったので、そのまま続けてやる。
「よしよし」
「うへへ」
「よーしよし」
「うぇへへ」
なんだこれ。
「何やってるんだお前たち……」
「うへへ――って、うわっ! イサジさんいたんですか!?」
びくりと肩を震わせて、フィーリアは俺の前から飛ぶように離れる。
「最初からずっといたが……その、なんだ。悪いな」
「うひゃああー……」
謎の悲鳴を上げ、フィーリアは俺たちから顔を背ける。
どうやらいつの間にかイサジの存在を忘れていたらしい。
結局立ち直るまで数十分の時間を要したのだった。
「ああ、そうだ」
アシュリーの待っている宿に帰ろうとした俺たちの背に、イサジが声をかける。
「もし望むなら、私が水中での戦い方を教えてやってもいい。普段は師範をしているからな、物を教えるのは慣れているぞ」
それはありがたいな。
俺たちも自己流で色々試行錯誤してはいるが、まだまだ水中という環境に適応しきれているとは言い難い。
魚人としてずっと水中で生活してきたイサジなら、水中戦闘のコツなども俺たちよりずっとわかっていることだろう。
「本当ですか? なら、ぜひよろしくお願いします」
フィーリアがそう答え、俺たちはイサジに教えを乞えることになった。
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