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131話 元学者

 翌日。

 渡された地図を頼りに、俺たちは学者のところへとやってきた。


 チャイムを鳴らすとドタドタと乱暴な足音が聞こえてくる。

 しかしその音は乱雑さに反して軽い響きである……これはおそらく子供だな。

 この足音から考えると利き足は右、利き手も右、ただし利き目は左だ。

 俺くらいになると足音でそこまで判別できる。


「お待たせしましたー。……あれ? どちら様ですか?」


 扉を開けてくれたのは、俺の予想通り、まだ年端もいかぬ少女だった。

 橙の髪をリボンで結んだサイドテールのような髪型をしている。

 幼女と少女の境目ほどの年頃で、六、七歳だろうか。雰囲気を考えるともう少し上かもしれない。


「お父様に用があってきたんですけど、お父様……えーっと、パパはいらっしゃいますか?」

「パパ? いるよ! ちょっと待ってて、呼んでくる。パパー!」


 少女はドアを閉めもせず、再びドタドタと家の中へ戻って行った。

 少しして、奥から中年の男を連れてくる。


「どうも。それで、えーっと、何のご用で?」


 そう言う男の顔はどこか覇気がなく、髭も数日伸ばしっぱなしのようだ。

 しっかりとした家に住んでいるのに、顔のせいでその日暮らしをしているようにも思えてしまう。


「『依頼』の件で」

「ああ、なるほど……。どうぞ、お入りください」


 俺の言葉に一瞬考えるそぶりを見せた男は、すぐに合点がいったようで俺たちを家の中へと招き入れてくれた。


「すみませんね、特に何かご用意できるわけでもなくて」

「いえいえ、お気遣いなく。こちらが突然押しかけてしまっただけですから」


 軽い挨拶程度の会話を聞きながら、俺は男の身体を観察する。

 そして眉の間に皺を作った。


 ……ヒョッロヒョロだ。今まで出会ってきた人たちの中でも上位に入る貧弱さである。

 顔には最低限の脂肪がついているようだが、身体に至っては骨と皮どころかもはや皮だけで生きているような出で立ちに見える。

 学者なんだからきっとインテリマッスルなのだろう、というのが勘違いだったのだろうか。

 てっきり俺並の筋肉があるのだとばかり思っていたのだが……。


「本当にあんたが学者で間違いないのか? どこか影にもっと筋骨隆々な人がいたりは……」

「? しませんけど……」

「そうか……」


 ということは、本当に彼が元学者のドゥーゴで間違いないってことか。

 筋肉ムキムキな人に会えると思っていたら、まさかの木の細枝みたいな人だった。

 正直ガッカリ感は拭えないが、話はきちんと聞いておかないとな。


「カレン、少しあっちの部屋へ行っててくれるかい? パパはお仕事の話をしなくちゃいけないんだ」


 機密を喋る前に娘を遠ざけようとするドゥーゴに、何故か少女は目を爛々と輝かせる。


「お仕事っ!? また研究するってこと!?」

「ううん、そうじゃない。言ってるだろうカレン? パパはもう学者を辞めたんだ」

「……はぁーい……」


 ドゥーゴのにべもない返答に、カレンは肩を落としながら部屋をでて行った。

 部屋になんとなく気まずい雰囲気が流れる。


「やれやれ……ごめんね。じゃあ話を始めようか」


 そう言って話を始めようとしたところを、アシュリーが遮った。


「あっ、あたしカレンちゃんと遊んでてもいいですか? 話はあとでフィーリア姉から聞かせてもらえますし、あたしが一番年が近いし」


 その申し出にドゥーゴは一瞬呆気にとられた後、アシュリーに向かって頭を下げる。


「ありがとう、君は優しい子だね。是非お願いしてもいいかな?」

「わかりましたっ! カレンちゃん、アシュリーお姉さんが遊んであげるよー!」


 カレンの後を追う様に部屋をでて行くアシュリー。

 アイツ、意外とこういうところの気遣いできるんだよな。

 フィーリアは一番しっかりしてるから説明を聞かなきゃならないし、俺は不本意ながらおそらく怖がられるしで、たしかに一番適任なのはアイツなのだ。


 ふと横を見ると、フィーリアが「やっぱりアシュリーちゃんは良い子ですね」とでも言いたげな微笑を浮かべていたので、俺は黙って頷いた。






 俺とフィーリア、そしてドゥーゴの三人だけになった部屋で、ドゥーゴは聖魚についての説明を披露していく。


「聖魚の特徴は何と言ってもその体躯、そしてその体躯に似つかわしい保有魔力量だね。聖魚として特別視され始めたのも、あの魔力量あってこそじゃないかと思っているよ」


 そう言うと、ドゥーゴは少し身を乗り出す。


「聖魚は魔法への抵抗値も軒並み高い。僕は直接見たわけではないからわからないが、おそらく今回の聖魚もそうなのだろう。どれだけ魔法を浴びても優雅に泳ぐさまは、まさに聖なるという冠を持つにふさわしい生物だよ。その理由として一つあげられるのが、体表に生えた短い白毛だ。これが魔法を魔力に逆変換することで、ダメージを押さえていると考えられている」


 その語り口は迫真のものであり、誰にも口を出すことなど許さないような、有無を言わさぬ気配を発していた。

 皮と骨だけの人間とは思えないほどの迫力で、ドゥーゴの息もつかせぬ独壇場は続く。


「君たちにとってはよくわからないだろうけれど、水都の研究者にとって聖魚は特別な存在なんだ。ほとんど目撃情報もないし、人生で一度見れるか見れないかレベルの幸運なんだよ。もし余裕があったら聖魚の毛に触れてみて、その感触を僕に教えてくれないかい? 僕は戦えないから無理だけど……ああ、きっと気持ちいいんだろうなぁ!」


 と、そこまで言ったところで自分が半ば暴走していることを自覚したドゥーゴは、深い息を一つ吐き出した。

 頭を二、三横に振る度に、鬼気迫るような気配が霧散していく。


「……っと、ごめん。話を脱線させてしまったね。気を抜くと研究熱と好奇心がぶり返してしまって……」


 ドゥーゴは苦々しく笑う。

 そしてその後、数十分に渡って聖魚の特徴を事細かに教えてくれた。


「ただ、個人的には祠にいる聖魚が本当に聖魚なのかについては大いに疑問の余地があると思うよ。外部に情報が漏れることがないように、聖魚かどうかの確認は薄明りの下でとても手早く行われたし、あれが類種の可能性もかなりの部分で残っていると思う」


 最後にそう付け足して、ドゥーゴは説明を終えた。




「たくさん話したら疲れたよ」と笑いながらドゥーゴは飲玉を飲み始める。

 つられるように俺も一口飲玉を飲んだ。

 うん、ドロドロしてるな。


「なんで研究を辞めちまったんだ?」


 俺はドゥーゴに問いかけた。

 先ほどの剣幕は俺ですら息を呑むものがあった。とても研究の熱が消えたようには思えない。

 これほどに熱意溢れる人間が研究から離れる原因が、俺には思い当たらなかったのだ。


「……二年前、妻を亡くしてね」


 だから、悔いるような顔で告げられたその答えは予想もしていなかったものだった。


「病気だった。当時の僕は研究に没頭していてね。最後の数か月は一緒にいられたんだけど、それでもやっぱりもっと一緒にいてやりたかったって気持ちは消えないんだ」


 ドゥーゴは目を数秒閉じ、再び目を開ける。


「だから、それきり僕は学者を辞めたんだ。幸い貯蓄は十分あるし、これからはカレンのためだけに生きていこうと決めたんだよ。こんな僕を見たら、妻は怒るかもしれないけどね。『何バカなこと言ってるのよ!』って。本当僕にはもったいないくらい、出来た妻だった。今でも夢に見るよ。妻の朗らかな笑顔や、困ったような顔も」


 そう言うドゥーゴの視線は、部屋の隅に置かれた女性の写真に注がれていた。


「……愛してらっしゃたんですね、奥さんのこと」

「そりゃあもう。僕は彼女の夫だからね」


 フィーリアの言葉にドゥーゴは少し寂しげに笑った。






 しばらくするとカレンとアシュリーが部屋へと入って来る。

 元気なカレンとは対照的に、アシュリーはなにやら疲れた様子だ。


「パパ、何話してたのー?」

「ママの話だよ、カレン」


 無邪気に尋ねるカレンに、ドゥーゴは笑って答える。

 それを聞いたカレンはハッと大きく口を開けた。


「あっ、ズルいよ! わたしも聞きたかったのにぃ……! ねぇパパ、もう一回してぇ~」

「あはは、ごめんごめん。じゃあ後で話してあげるよ」

「やったー!」


 ピョンピョンと飛び跳ねるカレンは年相応で可愛らしい。


「私たちはお邪魔みたいですし、帰りましょうか」

「そうだな」


 家族の時をこれ以上邪魔するわけにもいかないだろう。

 俺たちは別れの挨拶をし、ドゥーゴの家を後にした。




 帰り道。

 アシュリーは自分の掌を見ながら呟く。


「子供の元気ってすごいわね。あたしついていくので精いっぱいだったわ……」

「お前も子供だろ」


 十三歳じゃねえか。


「はぁ!? ユーリよりは大人なんですけど!」


 反射的に口から出たようなその反論に、俺は少し考えさせられる。


「……そうかもなぁ」

「どうしたんですかユーリさん。らしくないですね」


 俺はまだまだ知らないことが多いのかもしれない。

 ドゥーゴの気持ちも、きっと俺はきちんと理解できてはいないのだろう。

 あれだけ研究への熱意がある男が研究を絶つ……人を愛するとは、一体どういうことなのだろうか。


 考えこむ俺に、心を覗いたのであろうフィーリアが優しく声をかける。


「そんなに深刻に悩まなくてもいつかわかりますよ、ユーリさんにもきっと。というかそのうち私がわからせます」

「まあ、誰にでもわからないことはあるよな。悩んでても仕方ねえか!」


 そもそも俺が悩んだところでいい感じの答えが出るとは思えない。

 俺は行動派のインテリマッスルなのだ。ならば様々な体験を通じて成長していくのが結局一番の近道だろう。


「……えっ、もう切り替えたんですか?」

「俺にしちゃ熟考した方だぞ」


 考えるのは頭を使うから大変だ。

 なんだか少し疲れた。普段使っていない場所を使ったような気がする。

 疲れると筋トレがしたくなってくるな。


「確かにユーリにしたら考えた方よね。そもそもユーリが何か物事を考えてるところ、あたし初めて見たもん」

「それはさすがに盛り過ぎだろ」


 俺にも脳みそはあるんだぞ。

 使ってるぞちゃんと。

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