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129話 油断大敵

 別れ際に御者の男から適応石をありったけ買い取った俺たちは、それを持ちながら水都の街並みを歩く。

 ちなみに水圧対策にフィーリアは風魔法、アシュリーは水魔法を使用している。

 俺は何もしていない。この程度の水圧なら筋肉を解放するまでもないからな。


 しばらく水都を歩いたところで抱いた感想は一つだ。


「なんか、地上の王都……火都と大して変わんねえな」


 もちろん水の中にあるというでっかい特徴はあるが、それを除けばそこまで大きな違いがあるようには見えない。


「ある程度発達したら街並みなんてどこも大して変わらないのかもしれないわね」

「水まんじゅうに水大福……おいしそうですねー」


 見た目に反して食い意地の強いフィーリアは、立ち並ぶ飲食店を見てはテンションを上げている。

 出発前まで結構緊張していたくせに、良い根性してやがる。




 今日はもう相当遅い時間だ。

 ギルドへ行くのは明日に回し、俺たちは宿をとることにした。


 御者の男に教えてもらったおすすめの宿へと行き、部屋をとる。

 ちなみに宿は俺で一部屋、フィーリアとアシュリーでもう一部屋だ。


 空気注入サービスという、魔道具によって部屋を空気で満たしてくれる非魚人向けのサービスがあるらしいので、それをお願いする。


「おお……」


 部屋の中心に置かれた小さな円形の魔道具から見る見るうちに空気が溢れだし、部屋から水を追い出していく。

 瞬く間に部屋の内部は空気で満たされた。

 なんでも扉を開閉しても外に空気が漏れ出すことはないらしい。魔道具ってのはすげえな。


「じゃあ、また明日です」

「おう、寝坊すんなよ」

「し、しないですよ! ……多分」

「寝坊してもあたしが起こしてあげるから大丈夫だよフィーリア姉。でもその前に寝顔をたーっぷり鑑賞させてもらうけどね」

「そ、それは恥ずかしいので、頑張って早起きできるよう努力します」


 そう言ってほのかに顔を赤くさせるフィーリア。

 それを見て頬をだらけさせるアシュリー。


「アシュリー、お前フィーリアが寝てる間に顔舐めたりとかすんなよ?」

「そんなことするわけないでしょうがっ! ……多分」

「多分!? そこは絶対じゃないんですか!?」


 珍しくアシュリーに詰め寄るフィーリアに、アシュリーは拳を握りしめながら目を逸らす。


「絶対と言いたいけど……約束は……できないわ……っ!」

「!? なんで!? アシュリーちゃん!?」

「頑張れフィーリア。無事に明日お前と会えることを願ってるよ」

「ちょっ、不穏なこと言うのやめてくださいよ!」

「じゃあな、また明日」


 二人と別れ、俺は一人で部屋に入る。


 と同時に一抹の寂しさを感じた。

 ……そういや一人で寝るのは久しぶりだな。

 部屋をなんとなく広く感じながら、俺は筋トレに励み、そしてしばらく後に眠りについた。








 朝。

 目を開けた俺は、とりあえず二人のところへ向かおうかと廊下に出る。


「がぼっ!?」


 とそこで、水中にいるのだと忘れていた俺の鼻に水が流れ込む。

 慌てて部屋へと戻り、適応石を持って外に出た。


 やべえやべえ、こんな初歩的なミスをしちまうとは。

 部屋に空気が満ちているもんだから、適応石を手放してしまったのが失態の原因だ。

 少し気が抜けすぎていたかもしれない。もう少し気を引き締めていかないとな。


 とそこで、二人の部屋の中からも声が聞こえてくる。

 ほんのかすかな音ではあるが、俺の鍛えた耳はそれを鮮明に聞き取っていた。


「じゃあユーリさんのところに行きましょうか」

「うん、そうね」


 どうやら二人ももう部屋から出てくるようだ。

 先ほどの経験を活かして溺れないようにアドバイスを贈ろうとした俺だが、寸前で発声を留まる。

 ……言葉で教えるより、実際に体験した方がいい薬になるんじゃないか?


 自分だけが溺れたままじゃ気に食わないとか、そういうことでは決してない。そう、決してないのだ。


 俺は二人が部屋から出てくるのを廊下で今か今かと待った。

 にやけちゃ駄目だ、堪えろ俺!


 ガチャガチャと部屋のドアノブが回され、待望の瞬間がやって来る。


「あれ、待っててくれたんですか?」


 フィーリアとアシュリーは普通に廊下に出てきた。


「……ああ」


 覚えてやがったのか、ここが水中だって……。

 何とも言えない顔をしているであろう俺を、アシュリーが(いぶか)しがる。


「? ……あ、もしかしてあたしたちが溺れるとでも思ってたの?」

「別に、そんなことはない」


 否定する声にも力が入らない。

 だって間違いなく溺れると思ってたし。

 なんだよお前ら、風魔法と水魔法で水圧対策までバッチリじゃねえか。


「まさか溺れるなんてある訳ないじゃないですか。子供じゃないんですからー」

「そんな人いるなら見てみたいわ。相当間抜けな顔してるでしょうね」

「……そうだよな、安心したぜ」


 二人の言葉を聞き、溺れかけたことは黙っておこうと固く心に決めた俺だった。






 外の街灯は昨日よりも大分明るかった。

 太陽光も届かないこんな水底でどうやって時間感覚を合わせているのかと疑問に思っていたが、どうやら時間帯によって街灯の明るさを調節しているらしい。


「ここか」


 俺たちはある建物の前で立ち止まる。

 通行人に道を聞き、ギルドへとやってきたのだ。

 まあ、Sランクになった今ギルドを見ただけでテンションが上がることもない。

 ただちょっと口元が緩んでしまうだけだ。


 扉を開け、中へと入る。

 入るとまず感じたのは、遠慮のない視線。

 街中もそうだったが、ここは一層容赦ない。

 だが考えてみれば当然のことだ。ここは水都、魚人の本拠地。

 つまり俺やアシュリーのような人間や、フィーリアのようなエルフは絶対数が少ないのだ。


 全身に不躾な視線が浴びせられているのがわかる。


「何しに来たんだろうな、あの人間たち」

「さあなぁ。ただ、女どもは結構やりそうだ」

「お前ら気づかねえのか? 結構どころじゃねえ。ありゃAランク……いや、Sランク級の魔力量だぞ!」

「じゃああの男は何なんだよ。全然強そうに見えねえぞ?」

「さあな。集りかヒモか……どのみち女性たちに遠く及ばない実力なのは確かだ」


 今冒険者たちの間では、俺たちの格付けが行われているはずだ。

 ……ここで舐められると後々面倒なことになりそうだな。

 Sランク依頼を受ける以上、ある程度の体裁も必要だろう。

 そう考えた俺は筋肉を解放した。


 全身の筋肉が隆起し、俺は先程より一つ上の視線から魚人たちを見下ろす。


「な、なんだあの身体は!?」

「ありゃあ相当自分の身体を痛めつけてるぞ。あの男、ドMかよ……」

「ってことは、女たちはドSか?」

「最高だなおい!」


 想像とはかなり違う方向に行ったが、とりあえず舐められるのは避けられた……か?


 とりあえずギルド内を見回し、ギルドカウンターへと向かう。


「ユーリとフィーリア、それにアシュリーだ。依頼について詳しい話を聞きに来た」


 ギルド嬢は一瞬きょとんとした後、慌てて奥へと引っ込んでいった。

 しばらくして出てきたギルド嬢は、俺たちに四つ折りにされた紙を渡してきた。

 どうでもいいが、地上の紙とは感触が違うな。防水性なのだろう。


 紙を広げてみるとそこにあったのは「申し訳ないが、ギルドが閉まる時刻まで待っていてくれないか」との文面だった。







 言われた通り深夜まで待った俺たち。

 ギルドの中には冒険者などもうとっくに一人もいやしない。

 いるのはギルドの職員だけだ。


「お待たせしました、こちらへどうぞ」


 やっとギルドの奥の部屋へと案内してくれる。

 ギルド嬢によって開けられた部屋へと入ると、そこにいたのは眼鏡をかけた隻脚(せっきゃく)の男だった。


「ようこそ水都へ。お待たせしてしまって申し訳ない。私はこのギルドの長をしています、ギルド長のエウオサと申します。この度は遠路はるばるよくお越しくださいました」

「どうも、よろしくお願いします」

「ええ、では早速依頼の内容についてお話しましょうか」


 そう言ってエウオサは眼鏡を知的に光らせた。

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