127話 おばあちゃんって飴とかくれるイメージ
後日。
海から帰った俺たちは、王都にあるギルドを訪れていた。
Sランク依頼についての詳細を聞くためだ。
「ユーリ様、フィーリア様、アシュリー様ですね? 只今ギルド長がお待ちです。どうぞこちらへ」
受付にいたギルド嬢に案内されるまま俺たちはギルドの奥、普段は入ることのできない場所へと進んでいく。
ギルド嬢が立ち止まって扉を開けたその先には、Sランクの任命式で会ったぶりのギルド長の姿があった。
「おうおう、来たか小童たちや」
腰の曲がった婆さんは、相変わらずの優しそうな顔をしている。
だが俺には分かる。瞳の奥にかすかに見え隠れする雰囲気からいって、昔は相当鳴らしていたはずなのだ。
全盛期の婆さんと戦えなかったことが残念でならない。
俺がそんなことを思っているとは知らない婆さんは、部屋に入って来たアシュリーにポケットから飴を差し出した。
「アシュリー、飴ちゃんいるか? 黒糖味じゃ」
「うん、一つもらうわ。ありがとう!」
「ほっほっほっ、本当にいい子じゃなお主は」
頭を撫でるギルド長に、嬉しそうな顔のアシュリー。
「なんだ、随分親しげだな」
「うん。いつも色々心配してもらったり、お菓子もらったりしてるの」
「アシュリーは小童と違って良い子じゃからなぁ。つい孫みたいに思えてしまうんじゃよ」
おいおい婆さん、それじゃ俺が碌でもないやつみたいじゃねえか。
「アシュリーは小童と違って良い子じゃからなぁ」
なんで二回言った。
「あ、この子の名誉のために言っておくが、コネなんぞは使っておらんぞ? 儂は感情と理屈を分けて考えるタイプじゃからな。それに儂がアシュリーと初めて会ったのは、アシュリーがAランクで十分な成績を残してからじゃったし。……個人的な感情で言えば、子供を命の危険に晒すのには反対なのじゃ。本来ならば大人が子供を守らにゃいかんというのに、こんな幼気な子が命を賭して戦いの場にでるなど、儂にはとても耐えられん……」
自身を悔いるような顔をするギルド長に、アシュリーは優しく笑いかける。
「うんうん、心配してくれてありがとうレイラさん」
ギルド長ってレイラっていうのか……。
「なんじゃ小童、儂の名前がイメージと違ったかの?」
「まあ、そうですね」
「昔はよく『別嬪のレイラ』と呼ばれたもんじゃがのぅ」
「時の流れは残酷ですね」
「殺すぞ小童。……ならどんな名前が似合いそうだと思うんじゃ? 儂に教えてみんさい。大丈夫じゃ、怒りゃせんから」
ギルド長は俺の発言を軽く一喝した後、目尻の皺を深めて微笑む。
その雰囲気は人が好いお年寄りそのものだった。
にしても、似合いそうな名前か……。
「そう言われると答えに困るな。すぐにはでてこない……ですね」
あまり失礼なことは言えないしな。
そんな俺の言葉に、ギルド長は顔を真っ赤にして怒りだす。
「だぁ~れがシワシワくらいの名前が似合ってるじゃとぉ!? 地獄の窯でぐつぐつに焼き溶かしてやろうか小童ぁ!」
言ってねえ。
クワッと目を見開くな、寿命が縮むぞババア。
そうかと思えば、ギルド長は耳に手を当てコクコクと頷き始める。
「ん? 何? キャシーちゃん? ……中々気の利いた答えじゃないか小童ぁ! 合格じゃあ!」
喋ってもいねえぞババア。「合格じゃあ!」じゃねえんだよババア。
ったく、相変わらず年寄りとは思えないほどパワフルな婆さんだ。
……というかなんで俺の時だけ難聴になる? 俺の声が悪いのか?
「それで、今回のSランク依頼について聞かせていただいてもよろしいでしょうか……?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。しっかりしとるのエルフの子。お主やアシュリーみたいなしっかりした子がSランクに増えてくれたこと、儂はとても嬉しいぞい」
「俺もいるぞ」
「お主は黙っておれ」
何でだ。
「なんならもう荷物纏めて故郷に帰れ」
何でだ! 俺に対して辛辣すぎるぞババア!
「俺はギルドの貴重な戦力だろ? 恥ずかしがるな、素直になれ!」
「いやもう本当帰ってくれ。頼むから帰ってくれ。頼む、この通りじゃから」
そう言ってギルド長は曲がった腰をさらに下へと下げ、俺に頭を下げてくる。
「おい待て、何でそこまで帰らせようとするんだよ!?」
「だってお主、絶対問題起こすじゃろ? 儂わかるもん。ギルド長じゃからわかるもん。お主とびっきりの問題児の顔しておるもん」
「それできっと儂が責任をとって謝ることになるのじゃ……」とギルド長はしょんぼりする。
「なんつう酷い言い草だ……。二人からもなんとか言ってやってくれ」
「いや、これは完全に正論ですから何も言い返せないですね……」
「これを機にもう少し普段の行いを見直しなさい。佇まいっていうのは普段の行動が表にでたものよ」
味方がいねえだと……!?
これが女の恐ろしさというやつなのか……!
「そうじゃそうじゃ、そんなことより今回の依頼について話さんとな」
やっと本題を思い出したギルド長が、依頼についての説明を始める。
しかしその前に、ギルド長は老人とは思えない鋭い眼光で俺たちを射抜いてきた。
「ああ、言っておくがこれから儂が話す話は機密保持の観点からくれぐれも他言無用で頼むぞ? 他人に漏らした場合は最低でも謹慎、場合によっては問答無用で犯罪者認定じゃ」
その言葉に俺たちが頷きを返したのを見て、ギルド長は朗らかな顔に戻り、話を再開する。
「今回の依頼はの、水都に行ってもらうのじゃ。水都と火都は基本的に相互不干渉を決まりとしておる。じゃからこういった依頼は滅多に出ないのじゃが、今回はなんでも特別な事情らしくての。……『祠に棲みついた聖魚の討伐』。これが今回の依頼じゃ」
「聖魚……ですか?」
聞き覚えのない言葉に首をかしげるフィーリア。
「まあ、知らんじゃろうな。魚人以外にはひどく馴染みが薄い存在じゃ。なんせ儂もほんの表層しか知らん。曰く、水神には彼に仕える魔物がいた。その忠誠に心打たれた彼は、その魔物に『聖魚』という名を授け、特の寵愛を与えた――と、言われておる」
「なるほど……。その聖魚を水神の子である自分たち魚人が殺すことは到底できない、だから他種族に依頼しよう。そういうことですか?」
「お主の明察通りじゃと儂も思う。ただしあちら側のギルドの長から一点言われておってな。『秘匿性の高さを抜きにしたSランク依頼だ』とな。つまり込み入った事情を抜きにしても、その聖魚とやらはSランク相当の強さじゃということじゃ」
その後、水都へ案内してくれる案内人との待ち合わせ場所や時刻などに話は移っていく。
「……とまあ、こんなところじゃの。内容は頭に入ったかえ?」
「おう、わかったぞ。聖魚をぶっ飛ばして、あとはなんか色々頑張ればいいんだろ? 任せとけギルド長!」
白い歯を見せて笑う俺を見て、ため息を吐くギルド長。
「不安じゃ……。くれぐれも頼むぞアシュリー、そしてエルフの子」
「フィーリア姉がいればユーリの手綱はとれるから安心していいわ、レイラさん」
「が、頑張ります……!」
「ほう、それは頼もしい。エルフの子……いんや、フィーリア。よろしく頼むな?」
「誠心誠意頑張らせていただきますっ!」
フィーリアはかなり気負っているようだ。
にしても、ついに俺もSランク依頼を受ける時が来たんだな。
Sランクってことは、相当強いってことだろ?
ってことは、楽しいってことだ。
……最高だな!
「ほっほっ、固いわ。フィーリア、お主まだまだ青臭いのぉ。……じゃが、儂にもそんなころがあっ――」
「うおお! Sランク任務、燃えてきたぁああ!」
「小童はもう少し緊張感を持ちやせんか! せっかく儂が昔を忍んでじゃなあ……」
「なんだ、戦いか? 戦うのか? いいぜ、勝負だ婆さん! 来いよ!」
「儂もうコイツと喋るの嫌じゃ……」
「ユーリさん、ハウスっ! お願いですからそろそろ黙ってくださいっ!」
フィーリアは慌てたように無理やり俺の口を押さえてくる。
「ふご、ふごふががっ!?」
「ま、誠に失礼いたしました! ほら、いきますよユーリさん! これ以上失礼を働かないうちに!」
「ふがふごご、っはあ……え、だって戦うんじゃねえのか?」
「ユーリさんは己の空気の読めなさと戦ってください。強敵すぎます」
己の空気の読めなさってなんだ? どうやって戦えばいいんだ?
「が、頑張ってレイラさん。あたしまた来るから。ね?」
「うん……儂、頑張る」
俺たちがごちゃごちゃとやっている横で、アシュリーはギルド長にねぎらいの言葉をかける。
ギルド長はその言葉を全身に染みわたらせるかのように、ゆっくりと頷いた。
「あ、俺もアシュリーと一緒に来た方がいいか?」
「なんでじゃ! 小童は来るでない!」
「なんでだよ、あんたは俺と戦いたくねえのか?」
その言葉にギルド長の顔色が変わる。
やっとやる気になったか婆さん!
ギルド長の顔は見る見るうちに赤く火照っていき……赤く火照っていき?
「えっ……わ、儂なんかを口説いてどうするつもりじゃ小童ぁ!」
そろそろ耳を取り替えろババアぁ!




