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123話 勝負事にはいつも真剣ユーリ君

 それから数日後。

 俺とフィーリア、そしてアシュリーは約束通り海へとやってきていた。

 この場所は観光地としても有名らしく、今の時季そこそこの賑わいを見せている。


「これが海か」


 俺は初めての海というものに感動していた。

 鼻を利かすと潮の匂い、耳を澄ますと波の音。想像以上に五感が刺激される場所だ。


「凄いですねぇー。終わりが見えないです」


 フィーリアも少しばかり呆気にとられたように水平線を見つめる。

 海と空が交差するその景色は、たしかに今まで見たことがないものだ。


「二人とも海初めて何だっけ? ……ふぅーん、なら私が海の楽しみ方を教えてあげるしかないわね。仕方ないんだからもう」


 そんな俺たちを見ていたアシュリーはどこか嬉しそうに言った。

 これはあれだな。普段年下扱いされることが多いから、自分が何かを教えたりできることが嬉しいんだな。

 なるほどなるほど……。


「……お前、微笑ましいなぁ」

「な、何よそれ! 馬鹿にしてるの!?」

「いや、そうじゃなくて何と言うか……微笑ましいわ、お前」

「たしかに微笑ましいですね」


 フィーリアが俺に同意する。


「フィーリア姉まで!? というか微笑ましいって何なのよ!」


 俺たちの顔を交互に見てツインテールを揺らすアシュリー。

 微笑ましいは微笑ましいだぞ。




 誰もいない場所にパラソルを立てた俺たちは、水着に着替えはじめる。

 着替えるといってもすでに下に着ているので、あとは脱ぐだけだ。


「こっち見たらぶっ飛ばすからね。ぜ、絶対見ないでよ!? 絶対だからね!?」


 しかし、いくら脱ぐだけといっても着替えを見られるのは恥ずかしいらしい。

 アシュリーは鬼のような目つきで、しかし顔を赤らめながら俺を睨んでくる。


「お前、微笑ましいなぁ」

「それやめなさいよぉ!」


 言われた通り反対を向いて着替えた俺は、そのまま二人の方を見ずにその場に座り込む。

 賑やかな海辺でも、衣擦れの音を拾ってしまう俺の耳が恨めしい。


 下に水着を着ているとわかっていても、至近距離でフィーリアが服を脱いでいると思うと少しドキリとしてしまう。

 ……どうも最近精神面が弱くなってきてる気がするな。もっと己を律しなければ。




「もうこっち向いてもいいわよ」


 しばらくしてアシュリーの声がかかったので、俺はようやく振り返る。

 フィーリアはこの前見たものと同じ、フリルのついた薄桃色の水着を着ていた。

 そしてアシュリーはやはりと言うべきか、赤い水着を上下揃えている。

 子供用の水着を着ているのを見て、そう言えば十三歳なんだと思いだした。変に大人びてるからなぁ。


 フィーリアがこくこくと頷きながら口を開く。


「ちゃんとこっちを向かずにいられましたね、偉い偉い」

「フィーリア、お前俺をペットか何かだと思ってないか?」


 それに反応したのはアシュリーだった。


「ズルい、そんなのズルいわ! あたしがフィーリア姉のペットになりたい! ……ううん、なる!」

「お前はどこを目指してるんだ。目を覚ませ天才少女」

「ハウス! ユーリさんハウス!」

「だから俺はペットじゃねえって!」


 なんで海まで来てハウスしてなきゃなんねえんだよ!








 それから数分後。

 海に入った俺は、感動を覚えていた。


「うおぉ……」


 川の流れとはまた違う、海の波。

 定期的に揺られる感覚が心地いい。


「このまま寝たい気分です……」


 浮き輪に浮かんだフィーリアがだらしない顔で言う。

 魔法は駄目なのに浮き輪はいいのか?

 疑問に思った俺は辺りを見回してみるが、浮き輪を使っている人はいても魔法を使っている大人はいなかった。基準が分からねえ。


「なんだか気分がいいわ。アタリだったしね」


 そう言ってアシュリーは小癪な顔を浮かべて俺を見る。

 海に入る前に三人でアタリ付きのアイスを買い、当たった人が勝ちゲームをした。そして俺だけがハズレだった。

 それが今こんなムカつく顔で見られている原因だ。……くそっ、あの時もう一個左を選んでいれば!


「……お腹壊せばいいんだ、お前なんか」

「ん~? 一人だけ負けちゃったユーリ君が何か言ってるわね~? なぁに、どうしたのユーリ君~?」


 うぜえ……! コイツ本当性格悪いな!


 俺の恨めしげな視線に気づいたアシュリーは、快活に笑って俺の背中を軽く叩いた。


「ごめんごめん、からかいすぎたわ」

「本当だ。もう少しで俺は拗ねるところだったぞ」

「これじゃどっちが年上だかわかりませんね……」

「何言ってんだフィーリア、俺の方が年上だぞ。見たらわかるだろ」

「精神年齢の話です」

「……だって、悔しかったんだ……!」


 勝負事はなんであれ全力で取り組む。

 たとえアイスのアタリ対決でも、負けて悔しいのは当然だ。


 震える拳を握りしめた俺の頭を、フィーリアがぽんぽんと優しく撫でる。


「うんうん、悔しかったでちゅよね。次はがんばがんばしまちょうねー?」

「その慰め方を止めろ!」


 実はお前が一番馬鹿にしてるだろ! 俺にはわかるんだからな!


「しょうがないわね、逆転のチャンスをあげるわ。ねえユーリ、あの岩のところまで競争しましょうよ」


 アシュリーが遠くにひょっこりと飛び出た灰色の岩を指差す。

 ここからはかなりの距離にあり、水深もそこそこありそうだ。近くに泳いでいる人もいない。


「あれか? 俺はいいが、結構距離あるぞ。……お前は大丈夫なのか?」

「心外ね。あんたあたしを誰だと思ってるのよ」


 溺れたりしないだろうかと心配する俺にそう言って、アシュリーは勝気な目でふふんと笑う。


「えーっと、あ、あしゅ……悪い、お前誰だっけか?」

「なんで名前忘れてんの!? アシュリー、あたしはアシュリーよ! ユーリのバカっ!」


 口をとがらせてポコポコと俺を叩いてくるアシュリー。

 これはさっきからかわれた分のお返しなのだ。


「悪い悪い、冗談だ。それで、お前は大丈夫なのか?」

「まったく……。魔法無しでも泳げるし、いざとなったら水魔法も使えるし、溺れたり流されたりすることなんて絶対ないわ」

「ならいいぜ。これでさっきの負けを帳消しにしてやる。あ、お前は魔法アリでいいからな」

「……へぇ、後で言い訳しても聞かないからね?」

「言い訳なんて必要ねえよ。勝つのは俺だからな」

「じゃあいくわよ? 三、二、……」

「ちょっと待ってください!」


 競争を始めようというところで、フィーリアが口を挟んできた。


「私も参加します!」

「え、でもフィーリア姉泳げないんじゃないの? 海に行くって言った時の反応で、てっきり泳げないもんだと思ってたんだけど……」

「泳げなかったですけど、今日のために泳げるようになりました! なので心配はいりません!」


 フィーリアは自慢げにドヤ顔を披露する。


「おい、それアシュリーに言っていいのか?」


 泳げないのがばれないように秘密特訓したはずなんだが。

 コイツ、海が楽しいもんだから気が緩んで口が緩くなってやがる。


 自らの失策に気づいたフィーリアは慌てて取り繕おうと画策する。

 手をわたわたと動かし、何とか言葉を紡ぎ出した。


「……えーっと、十年ほど前に! そ、そう、十年ほど前に泳げるようになったんですよ!」


 それはいくらなんでも無理があると思う。


「うわあ! 十年前から今日のために準備してるなんて、さすがフィーリア姉ね!」


 マジかお前。


「……お前、気づかねえの?」


 俺はアシュリーに近づき耳打ちする。

 あれに気づかないってどんだけ鈍感なんだ。


「気づいてるに決まってるでしょ。でもそれを言って何になるの? 見てよあのフィーリア姉の顔」


 そう言ってフィーリアの方を向く。


「よーっし、頑張りますよぅ! なんせ私は十年前、十年前から準備してたんですからね!」


 フィーリアはチラチラとアシュリーに十年前アピールをしながら張り切っていた。

 それを見たアシュリーは鼻を抑える。


「か、可愛過ぎる……。あの笑顔を守るためなら、私はいくらでもピエロになるわ」


 ほう……。俺は感心する。

 子供子供と思っていたが、どうやらアシュリーは人のことを考えられる心の優しい人間だったようだ。

 たしかにあそこで嘘だと糾弾しても誰も幸せにならないもんな。

 それに比べて今の状況は、フィーリアは嘘がばれず幸せ、アシュリーもなんか知らんが幸せ。両者とも幸せだ。

 アシュリーの機転によって、全員が幸せになった。


 俺も少しコイツを見習わなければいけないかもしれない。

 俺は幸せそうなアシュリーの横顔を見ながらそう思った。

 だが当のアシュリーは次第に幸せそうな顔を止め、真面目な顔をしだす。


「あ、でも嘘がばれて恥ずかしがるフィーリア姉の顔もみたいかも……でへへ」


 どうしよう、コイツなんか怖えんだけど。

 ……とりあえず、見習うのはやめとくか。




 俺たちは三人で横一列に並び、遠くに見える灰色の岩を見据える。

 負ける気がしねえ。自信の表れか、岩は先程よりこちらに近づいているように見えた。


「私は負けませんよ! その証拠に、あの岩もさっきより近く見えます」

「えっ、フィーリア姉も? あたしも近く見える! やったぁ、フィーリア姉と一緒だ!」


 二人も岩が近くなったように見えるらしい。……ん?

 はしゃぐ二人に挟まれた俺は、遠くの岩を注視する。


「いや、近く見えるというか……近づいてるぞ、あれ」


 岩だと思っていた物体は、ゆっくりと海岸線に近づいてきていた。

 海面から出ている部分の面積が徐々に広くなり、岩と見間違えるほどゴツゴツした皮膚が目視できる。


「……行くぞお前ら、あれは魔物だ!」

「わかりました!」

「魔物!? わかったわ!」


 俺たちは一目散に岩のような魔物の元へと泳ぎ始めた。

いつも本作をお読みいただきありがとうございます!

お蔭様で本作『魔法? そんなことより筋肉だ!』の書籍化が決定いたしました!

発売予定日は6月24日となります!

その他詳しい情報については、最新の活動報告をご覧いただけると幸いです!

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