120話 頼みかたってもんがある
「はぁ~、退屈だわ」
アシュリーが愚痴る。
丁度依頼終わりにギルドで鉢合わせたため、流れで俺たちの宿にやってきたのだ。
「ユーリ。なんか面白いことない?」
俺に話を振って来るアシュリー。
あの祭りの一件以来、アシュリーはちょっとだけ俺に優しくなった。
好感度が鰻登りしたというのは嘘ではなかったらしい。
「筋トレとか面白いぞ」
「それ以外よそれ以外」
アシュリーはひらひらと手を横に振る。
むぅ、それ以外か。
「それ以外には……思いつかんな」
そんな言葉を発した俺に、アシュリーは心配そうな顔を向ける。
「あんた、それでいいの……? 筋トレもいいのかもしれないけど、もっと色んなところ出かけたりして楽しんだ方がいいんじゃない?」
「ああ、そう言えば出かけるのも好きだな」
ずっと森の中にいたせいで、見るもの全てが新鮮だからな。
新しい街や景色を見るたびにワクワクする気持ちは他の人より強いだろう。
「なら……うん、海行きましょ海! 三人でもいいし、フィーリア姉と二人でもいいから!」
この流れで俺をのけものにしようとするのか。末恐ろしい十三歳だな。
「俺もいくぞ」
海には未だ行ったことはないが、知識としては知っている。湖のでかいやつだ。
きっとまだ見ぬ強大な生物が、俺との戦いを待ちわびているだろう。
俺は乗り気になっていた。
「じゃあ三人ね。両手に花で良いご身分ね、ユーリ」
「猛毒がありそうだけどな」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
「そういう意味だ。だが、残念だったなアシュリー。俺には猛毒など効かないぞ!」
なぜかって? 鍛えたからな!
「あんたって時々会話通じないわよね」
アシュリーが降参のポーズをとる。
何かわからんが俺の勝ちだ、よし!
とそこに、フィーリアの戸惑った声が聞こえてきた。
「え、海……ですか?」
きょろきょろとなにやら都合が悪そうな顔をするフィーリア。
「あ、フィーリア姉は海嫌いだった? なら違うところに……」
「いえ、いいですよ。……望むところです」
そう言うフィーリアの顔は青く、冷や汗がだらだらと流れていた。
「……ということでユーリさん。私に泳ぎを教えてください」
アシュリーが帰るや否や、フィーリアがそう声をだす。
「なんだ、泳げなかったのか?」
まああの反応を見れば予想はついたが。
「泳げないです。むしろ泳げる意味がわからないです」
意味さえわからないらしい。
「風呂とかは大丈夫なのか?」
「お風呂では泳がないので」
なるほどそりゃそうだ。
にしても、フィーリアは泳げないのか。森にも湖や川はあるから、てっきり泳げるものだと思っていたが。
考えを巡らせていると、フィーリアは恥ずかしそうに俺から目を逸らしながら自身の胸を腕で覆った。
「ああ、ユーリさんに私の入浴シーンを想像されてます……ユーリさんのえっち……」
「するか!」
今の立場わかってんのかコイツ。
俺が頼まれる側で、お前は頼む側だぞ。
頼む立場で人をからかわないでくれ。
「交渉事には強気で挑めと本で学びました。せっかくなので試してみようかと」
「なんで俺で試すんだよ……」
「ユーリさんならいいかなーって。ほら、私たちって強固な絆で結ばれてるじゃないですか?」
丸めた手で唇を隠し、甘えるように上目遣いをしてくるフィーリア。
男なら誰しも悩殺されてしまうようなポーズを、絶世の美女がしているのだ。その破壊力たるやすごい。
――だが、そんなもので俺が惑わされると思ったら大間違いだ。
俺は頭の中に人体模型を作りだし、その筋肉を観察することでフィーリアの誘惑から逃れた。
「そりゃありがたいな。どうもどうも」
「ツレませんねー。そこは『可愛すぎる……! なんて可愛さだ、言葉で形容するのが無粋に思えて仕方ない。フィーリアこそまさに俺の理想……いや、理想以上の女性だ! ……まったく、なんて可愛さだ、言葉で形容するのが――』」
「長えよ! 妄想が!」
同じこと二回言い始めたときはさすがの俺も驚いたぞ!
「そういうわけで、お願いします。私に泳ぎ方を教えてください」
「一体全体どういう訳だ……」
「だって私、ユーリさんくらいしか頼める人いません……」
悲しげに目を伏せるフィーリア。長い睫毛が視界に入る。
胸が痛くなることを言うな。
まあ、特に断る理由もない……か?
人に教えるということも俺の経験になるだろう。
「……わかった、教えてやる」
「本当ですか!? ありがとうございますユーリさん! すっごいダンディーなユーリさん!」
ダンディーだと? わかってるじゃないかフィーリア。
ここは一発ダンディーなセリフで決めておくとするか。
「俺に触れるな、怪我すりゅぜ」
……やってしまった。
一瞬無言になる部屋。
一瞬がこれほど長いと思ったのは初めてだし、これからもまずないだろう。
長い長い一瞬の後、一拍おいてフィーリアが気まずげに声をかけてくる。
「……あー、その、何と言いますか……」
「……今のは忘れてくれ。最悪の気分だ」
「そ、そんなことはないですよ! とてもカッコ良くてダンディーでした! えっと、ふ、雰囲気とか、声とか!」
「……そうか」
優しさも時には痛みになるとはこういうことか、と身を持って知った俺であった。
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『魔王軍は今日も平和です』
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