119話 出世魚だって順調に出世できるとは限らない
今日は竜に乗って遠くの王都から離れた川のほとりにやってきている。
何故かといえば、ここに棲んでいる魚がとても美味らしいのだ。
それを知ったフィーリアが「行きましょうユーリさん!」と言って聞かなかったので、俺たちは今ここにいるのである。
着地場所の関係で川から少し離れた場所から歩いていた俺たちは、今ようやく川の前に到着したところだ。
「うわぁ、見てくださいユーリさん! シャボン玉が飛んでます!」
フィーリアが興奮した声をだし、俺の服の袖を引っ張って川の方に走り出す。
服を引かれた俺は、フィーリアと全く同じ速度で動く訓練をしながらフィーリアの後を追った。
川の上には、泡がふわふわと幾つも浮いている。
シャボンは日光を反射してキラキラと輝き、澄んだ川に彩りを添える。
なんでもこの川の成分は特殊らしく、風が吹くたびに川からシャボン玉が作られるらしい。
なんとなく現世離れした光景だ。
川のせせらぎを聞きながら一眠りしたくなってくる。
そんな幻想的な光景を目の前にして、フィーリアのテンションは目に見えて上がっていた。
「凄いですねユーリさんっ! と~っても綺麗です!」
はしゃぐフィーリアは、お椀の形にした手で川の水を一杯掬う。
そして桃色の唇の間から優しく息を吐き出す。
すると、フィーリアの手元からたくさんのシャボン玉が生まれ、そのまま空へと飛び立っていった。
「~っ! 凄い、凄いですよユーリさん! 見てくださいあそこ! 私が作ったシャボン玉ですよあれ!」
「おお、そうだな。楽しそうで何よりだ」
そんな何気ない言葉に、フィーリアの挙動が停止する。
「あっ……ま、まあ私はこんなことで喜びはしませんけどね。もう子供じゃありませんし? ありませんし?」
そう言ってぴゅうぴゅうと下手な口笛を吹き始めるフィーリア。
「『見てくださいあそこ! 私が作ったシャボン玉ですよあれ!』」
「真似しないでください、ユーリさんのいじわるっ! もう知りませんからね!」
どうやら拗ねてしまったようだ。
一旦不機嫌になったフィーリアだが、しばらく幻想的な川の景色を見ているうちにめきめきと機嫌を取り戻していった。
風景に対してもちょろさを発揮するとは、さすがフィーリアである。
ふーふーと飽きずにシャボン玉を作り続けるフィーリアを見ていると、フィーリアがこちらを振り返った。
「ユーリさんもやってみたらどうですか? 楽しいですよ」
「俺か? まあ別にいいが……」
俺は川の水を一掬いする。そして息を吐きだした。
息を吹くと共にシャボン玉が次々と生まれ――そして瞬く間に破裂する。
「……ん?」
もう一度、今度はもう少し優しく息を吐き出すが、結果は変わらない。
何回やってもその繰り返しで、一向に上手くいかない。
どうやら俺の息が強すぎて、シャボン玉の強度では耐えられずに破裂してしまうようだ。
「ぷくく、ユーリさん下手ですねぇー」
「なんて貧弱で脆弱なんだ……!?」
俺は驚愕と共に空を飛ぶ無数のシャボンを見上げる。
そうしている間にも、一つ二つとシャボン玉は割れていく。
「この儚さがいいんじゃないですか」
「おいシャボン玉、もっと筋肉をつけろ! 強くなれ!」
「無茶苦茶言ってますよそれ。……こほん、いいですかユーリさん。ユーリさんにはユーリさんの良さがあるように、シャボン玉にはシャボン玉の良さがあるんです」
そう言ってフィーリアは息を吹きかけ、シャボン玉を作りだした。
シャボン玉は輝きながら宙を漂っていく。
「……なるほど」
俺はコクリと首を縦に振る。
たしかにシャボン玉には筋肉がない。
だがそれはシャボン玉にとって必ずしも悪いこととは限らないということか。
そんな考え方があったとは、目から鱗だ。
俺は感心しながら、続くフィーリアの言葉を待った。
「そしてそういったありとあらゆる良さの頂点に立つのが、この超絶美少女エルフ、フィーリアさんなわけですよ!」
「結局それかよ……」
なんだその満面のドヤ顔は。
感心した俺の気持ちを返してほしい。
シャボン玉で一通り遊んだ俺たちは、いよいよ魚の捕獲に取り掛かる。
「ああ、そう言えばそんな話でしたね」
「こっちが本題だぞ? 忘れてないだろうな」
「わ、忘れるわけないじゃないですか。やだなーもう」
……なんかすげえ忘れてたっぽい言い方だな。
お前が言ったから来たんだからな? 頼むから忘れないでくれ。
「それで、今回の目標はどんなやつなんだ?」
「この川に唯一棲む魚のプリウオ属です。プリウオ族は出世魚といって、大きくなるにつれて名称が変わる魔物なんです。今回の狙いはもちろん、その中でも一番巨大で美味しいとされるプリップリウオです」
「ちなみにどんな感じで名前が変わっていくんだ?」
「小さい方から順に、プリウオ、プリリウオ、プリプリウオ、プリップリウオですね」
わかりにくすぎるだろ……。
名付けたやつももうちょっと考えて付けてやれよ。
「今の時期のプリウオ族は脂がたくさん乗ってとても美味しいらしいですよ。……じゅるっ」
恍惚の表情を浮かべた口の端からよだれが垂れる。
それを慌てて拭ったフィーリアは、ビクビクと小動物のように俺の顔を盗み見た。
「……見ました?」
見たとはどういうことだろうか。今見たものといえば……。
「よだれがでてたな」
「……。……わあー、綺麗なシャボン玉だあー」
現実逃避に走ってしまったフィーリアに、今のは言ってはいけないことだったのだと遅まきながら気が付く俺だった。
プリップリウオは、俺が気配を察知したところをフィーリアが水魔法で掬い上げるという見事なコンビネーションにより、容易く捕まえることができた。
摩擦で火を作り、木々を燃やして炙る。
すると、プリップリウオは途端に芳醇な香気を醸し出し始めた。
身から溢れた油がジュウジュウと音を立て耳を刺激し、焼けた香ばしい匂いが鼻を刺激する。
「こりゃあ……うまそうだな」
「ほーへふね」
さきほどの出来事がトラウマなのか、フィーリアは口をほとんど開けずにそう答えた。
中心まで火が通るまで少し待ち、いよいよプリップリウオを口に運ぶ。
口に入れた瞬間にかぐわしい香りが鼻を通り抜け、口角が上がる。
しかし、香りがよくても味が良くなければ――。
そう思う俺の舌に、暴力的なまでの旨味が伝わってきた。
名前に恥じずプリプリと弾けるような身からは噛むたびに脂が溢れ、自然な甘みがさらなる食欲を刺激する。
「うめえ……! うめえ……!」
「幸せです……。生きててよかった……」
天にも昇る心地となった俺たちは、無我夢中でプリップリウオにかぶりつき続けた。
焼いては食べ、食べ終わってはさらに捕獲しを繰り返した俺たちは、これ以上ないほど満足して王都へと帰還したのだった。




