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118話 震える身体で温める

 ――空が荒れている。


 今日は一日中不安定な天気だった。

 肌にあたる雫は勢いを増し、今では前も見えないほどだ。


 肌を伝った雨粒は、俺の元を離れて再び地面へと落下を始める。

 髪が顔に纏わつく気持ち悪さをどこかで感じながらも、それが気にならないほどに集中していた。

 理由はといえば、あの分厚い黒雲だ。


 地上を一望できるほどの高さの木。

 そのてっぺんに掴まった俺は、雲の動きを見逃さないように注視していた。


 吹き荒ぶ冷たい風が、目論見通り黒雲を俺の頭上へと運んできてくれる。

 そして、厚い雲の中で雷光が瞬いた。


「来るぞ……!」


 それを確認した俺は、瞬時の判断で僅かに体に力を込める。


 ――そして次の瞬間、轟音と共に俺の身体を雷撃が貫いた。






「いやー、すげえ雷だったなフィーリア!」

「そうですね、遠くで見ていた私が耳を塞いでしまうほどの大きな雷でした」


 数分後、地上に降り立った俺は上機嫌でフィーリアに笑いかける。

 フィーリアは薄く放出した魔力で自分の身体を覆っているので服も身体も濡れてはいない。

 ちなみにフィーリアはいつもどおり、袖に近づくにつれて桃色のグラデーションになっている白い服と丈の短いスカート、ハイソックスを履いている。


「ドンガラガッシャーンって感じだったな。中々いい訓練になった」


 先ほどの雷の衝撃を思い出し、口角が上がってしまう。

 やはり自然というのは雄大だ。

 あれほどの雷を、魔力もなしに創りだしてしまうのだから。

 俺も未だ自然には勝つことが出来ていない。勝つためにはやはり毎日修行していかないとな。


 笑いをこらえきれない俺を見たフィーリアは、俺の傍らに生えている、先ほどの雷で黒焦げになってしまった高木をチラリと見て言う。


「相変わらずなんで生きてるのか不思議で仕方ありません……」

「鍛えてるからだな」

「ユーリさんの『鍛える』って絶対他の人と意味違いますよねー」


 呆れたように笑うフィーリア。


「そんなもん知らん。他人と比べて何になる? そんなもんつまんねえだろ、自分の人生を歩め!」


 人と比べることに意味はない。

 自分の人生なのだから、他人なんて気にするより自分がしたいこと――ほとんどの人にとっては筋トレだ――をしたものが人生の勝者なのだ。

 俺はそう考える。


 フィーリアはハッとしたように銀の瞳を見開き、そして真面目な顔で言った。


「ちょっと名言っぽく聞こえました。謝ってください」

「なんで謝んなきゃなんねえんだよ!」


 相変わらず無茶苦茶なやつだ。

 そう思う俺を、フィーリアは半目で見てくる。

 ……どうやらまた心を覗いたようだ。


「無茶苦茶なのはどっちですか」

「俺のどこか無茶苦茶なんだよ」

「木が焦げるくらいの雷が直撃してピンピンしてるところとかですかね」


 鍛えてるんだからそのくらい普通だろうに。

 まったく、フィーリアもつくづくよくわからない。






 新年を迎えてからもう数日が立った。

 浮き足立っていた街並みは徐々に普段の様相を取り戻しつつある。

 俺もまた、先日の原因不明な胸の鼓動から立ち直りつつあった。

 あれから同じようなことも起きていないし、とりあえず再発の心配はなさそうだ。


 もちろん何もせず手をこまねいているわけではない。

 あれから毎日欠かさず一分一キロペースのランニングを数十分行い、心肺機能を高めているのだ。

 先のあれはおそらく心肺機能が衰えていたからだろうと俺は睨んでいる。




 落ち着き始めた王都の街道を通り抜け、宿へと帰った俺は濡れた体を温めはじめる。

 濡れたままだと気持ち悪いからな。


「ユーリさん、なんかユーリさんがぶれて見えるんですけど……。ひょっとしてまた何かろくでもないことしてます?」

「ろくでもないことをした記憶は一つもないぞ。これはな、シバリングだ」

「シバリング? なんですかそれ」


 首をかしげるフィーリア。

 どうやらフィーリアはシバリングを知らないらしい。


「仕方ない、インテリマッスルな俺が教えてやろう。いや、フィーリアが知らないのも無理はない。なぜかって? 俺はインテリマッスルで、お前はそうじゃないからだ」


 俺が知っていてフィーリアが知らないことなど滅多にないからな。

 初めて味わう優越感から、ニヤニヤとした笑いを浮かべる。


「ぬぐぐ……。敗北感が凄いですけど、お願いします」


 そこまでいうのなら教えてやろう。くるしゅうない。


「シバリングとは、筋肉を振動させることにより熱を発生させることだ。本来は体温を一定に保つための生理現象だが、今はそれを利用して衣服を乾かしている最中なんだ。ほら、もうほとんど乾いてるだろ?」


 シバリングを止めた俺は乾きかけの衣服を引っ張り、見せつける。

 フィーリアは手を近づけ、慌てて引っ込めた。


(あつ)っ……ユーリさん、このままいくと太陽か何かになるんじゃないですか?」

「筋肉は全てを照らす日輪。ならば太陽になるのも道理だな」

「道理なんですか……?」

「道理だ」

「そ、そうですか」


 む、まだ納得できてなさそうな顔してるな。


「道理だ!」

「口調を強められてもわからないものはわかりませんよ」

「……ふっ、道理だ。道理でござる。道理だよーん。ドウリダ。どれならわかる?」

「いえ、言い方の問題じゃないんですよ。なんか色々頑張ってもらって申し訳ないですけど……」


 フィーリアは申し訳なさそうに目線を逸らす。

 どうやら理解できなかったことに罪悪感を感じてしまったようだ。

 これはいけない。フィーリアを傷付けたかったわけではないのだ。


「別にいいさ。まあ、理解できるよう頑張れよ」


 フィーリアが罪悪感を感じずにすむよう、優しい言葉をかけつつ背中をポンポンと叩いてやる。

 すると、フィーリアは驚いた顔をした。


「……え、私が頑張るんですか?」


 そうか、一人で理解するための訓練をするのは心細いというんだな?

 安心しろ、お前には俺が付いている。


「なら一緒に頑張るぞ。手始めに、まずは魔力を使わず宙を歩くことから始めよう」

「そんなのユーリさん以外には無理ですから! というかそんな訓練やりませんからねっ!?」


 俺の優しさはフィーリアによって拒否されてしまった。

 まったく、フィーリアの訓練嫌いも困ったものである。

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