114話 犬猿の仲
新年を迎える前日、つまり大晦日の夜。
「フィーリア姉と一緒に新年を迎えたい」とやってきたアシュリーを部屋に迎え、俺達三人は年が明ける瞬間を待っていた。
「で、なんでそんなに扉の近くに固まってるんだ?」
「なんでって、そりゃ新年になった瞬間に部屋の外に出て馬鹿騒ぎするために決まってるじゃない」
なんだそりゃ。
そんな祝い方をするのか、知らなかった。
「フィーリアもか?」
「まあそうですね。人目を気にせず奇声を上げられるときなんて今日くらいしかありませんから」
「そ、そうか」
フィーリアの思わぬ言葉に俺は少々たじろいだ。
フィーリアは意外と深い闇を抱えているのかもしれない。……ストレスたまっているんだろうか。
「……悩み事があるなら、話くらいは聞いてやるからな?」
「いや、冗談ですからね!?」
なんだ、冗談か。
「分かりずらい冗談はやめろ」
「あたしも本当かと思っちゃった」
「え、私ってそんなに業を背負ってるようにみえてるんですか……?」
アシュリーにまで信じ込まれていたと知ったフィーリアは驚いた様子だ。
「あ! も、もうすぐ日にちが変わるよ!」
アシュリーのやつ、露骨に話題をそらしたな。
「三! 二! 一! ……新年、おめでとうー!」
アシュリーとフィーリアはその瞬間部屋を飛び出していってしまった。
「俺も負けちゃいられねえな」
二人の後を追うように部屋の外へと出る。
宿の廊下はすでに人でいっぱいだった。
「おおー、凄いなこれは」
宿中の部屋から人々がわらわらと出てきていた。
今まで見たことのない光景だ。
人の流れに従って外へと向かう。
宿の外で二人は俺を待ってくれていた。
「遅かったですね」
「あたしの勝ちね、ユーリ!」
勝ちだと? 俺が負けたなんて認めねえぞ!
「こんなのに勝ち負けなんてねえよ」
「あるわ。たった今できたのよ」
アシュリーは胸を張ってそう言った。なんて暴論だよ。
「お前、本当無茶苦茶だな……」
「ユーリにだけは言われたくないわ」
「はいはい、二人とも。折角のお祭り騒ぎですし、言い争うより楽しんだ方が得ですよー」
フィーリアが俺達の仲裁をしてくれた。
確かにこのお祭り騒ぎを楽しまないのは損だよな。
夜なのにそこら中で火魔法や雷魔法が使われているせいで凄い明るいし。
「あっちの方が賑やかだわ!」
アシュリーは人の集まっている方を指差したかと思うと凄いスピードで駆けていく。
そう言えばアシュリーは火神の祭りの時も凄い元気だったな。お祭り女の血が騒ぐのか。
「俺も負けられねえ……!」
俺はアシュリー達の後を追って人々の輪へと飛び込んだ。
輪の中心では二人の男が雷魔法でピカピカ光っていた。しかも一人は緑、もう一人は青だ。
「すげぇぞー!」
「もっと光れー!」
「緑色は目に優しいねぇ」
周りに集まった人々が好き勝手に感想を言い合う。
他の場所でも誰かのパフォーマンスに人だかりができていた。
どうやら好き勝手に芸をやって見る方も好き勝手に見るみたいな感じらしい。
こういうゴチャゴチャした感じは俺の好みだ。
「よぉーっし、あたしもやるわよー!」
アシュリーは火魔法で巨大な竜を創りだした。
そして竜の上に自らの身体を乗せ、上空へと飛び出す。
「うおぉー!」
「何だありゃ!」
「誰かと思ったらあれ『炎姫』じゃねえか! 流石だぜ!」
観衆の歓声を受け、アシュリーの操る火の竜は一層激しく動き出した。
その頭に乗っているアシュリーが勝ち誇った顔で俺の方を向いているのが分かる。
「こんなに凄えもんみせられたんじゃ、俺も黙ってられないよな」
俺は上着を脱ぎ捨て腹踊りを始めた。
アシュリーに負けっぱなしではいられない。
「なんだ? 急に服を脱ぎだしたぞ」
「頭がおかしくなったのか?」
周りの人々がざわつきだす。よし、何はともあれ注目は集まったな。
俺は筋肉を解放する。
はち切れんばかりに膨らんだ俺の筋肉は、見る者の目を釘付けにした。
その視線が離れぬうちに、俺は始動する。
腹直筋、腹斜筋、腹横筋――筋肉の良さを伝えるために、腹の筋肉を複雑に動かした。
「いいぞいいぞ! もっとやれー!」
「なんか盛り上がってんな。なんだなんだ?」
俺は本気で腹踊りを続ける。
しかしやはりアシュリーの竜の方が見た目が派手な分、多くの人が集まっているようだ。
だが、このまま負けている俺ではない。
「なら……これでどうだ?」
俺はクネクネと腹踊りをしながら分身をして空中を跳びまわった。
これで遠くからも見てもらえるし、動きも派手になる。何より人数が増えるのは大きな利点だ。
「ちょっ、ユーリ、あんた何やってんのよ!?」
アシュリーが竜の頭から声をかけてきた。
俺は空中に留まるために足を目に見えないほど早く動かしながらそれに答える。
「アシュリーには負けるわけにはいかねえからな!」
「いや、負ける負けないじゃなくて、あんた何やってんのって聞いてるのよ! すっごい怖いんだけど!?」
怖いだと? アシュリー、お前――
「――俺に恐怖したな? ならば勝ちはいただく」
「話が通じないわね……。でも、勝負するって言うなら負けないんだから!」
そう言うとともに、アシュリーの乗る竜は空中を一回転した。
下にいる観客から大きな喝采が巻き起こる。
さすがアシュリー。相手にとって不足はなしだ。
「ほう……小娘、貴様俺に挑むのだな。その意気やよし」
「あんたよくその格好でカッコつけられるわね……。その度胸だけは認めるわ」
俺はスーパーユーリさんモードを発動し、分身の数をさらに増やす。
見る者を唖然とさせるその動きに、地上から万雷の拍手が鳴り響く。
地上は俺とアシュリーの姿に大盛り上がりしていた。
人だかりから少し離れたところでは、フィーリアが俺達の姿を見ているのが確認できる。
「二人ともいいぞー!」
「もっとやれー!」
そこかしこから声援が聞こえる。
良し、盛り上がってるな。これで筋肉の良さが広まるはずだ!
俺達は舞った。舞い続けた。
勝ちたいだとか、観客を喜ばせたいだとか、そんなことはもうとうにどうでも良くなっていた。
もはや舞うこと自体が目的だった。
俺はただ、一人の少女と舞うために舞ったのだ。
気付いたころには初日の出が昇り始めていた。
観衆の視線がそちらに移ったのを感じた俺たちは、パフォーマンスを止めて地上へと降り立つ。
力を出し切った俺とアシュリーは、そのまま路上に寝転んだ。
地面の冷たさが、熱された皮膚と筋肉をひんやりと冷やす。
心地の良い虚脱感が全身を覆った。
「ユーリ。……あんた、やるじゃないの」
爽やかな笑みを浮かべたアシュリーが俺にそう言ってくる。
「アシュリーこそな。正直ここまでやるとは思ってなかったぜ」
初めてアシュリーと心が通じ合った気がした。
俺が立ち上がり握手を求めると、アシュリーも立ち上がりそれに応じた。
俺達が心を通わせたことを祝福するように、美しい初日の出が俺達を照らす。
なぜだか凄く晴れやかな気分だ。
「どのタイミングで友情が芽生えたんですか? 理解できません……」
フィーリアが不可解そうに俺とアシュリーを眺めている。
「フィーリア、この熱い友情が理解できないなんてお前おかしいぞ」
常識的に考えてこれは親友になる流れだろうに。
だが俺の言葉を聞いたアシュリーは握手した手を振りほどいた。
そしてタタタッとフィーリアの元に駆け寄る。
「ユーリ、今フィーリア姉のこと馬鹿にしたわね!? もうあんたとの友情は終わったわ」
おいおいマジかよ。
「何だと……? アシュリー、お前がそんなにすぐに裏切る軽い女だとは思ってもみなかったぞ」
「ふんだ、あたしは最初からフィーリア姉の味方だもんね」
アシュリーは俺にあかんべーをしてくる。
なんてやつだ、信じられん。俺も腹踊りをやり返した。
「その踊りなんなのよ。ずっと思ってたけど意味わかんないわ」
「この踊りの意味が理解できない人間がいるなんて、驚きで開いた口が塞がらねえ」
「……ムカつく!」
「こっちの台詞だ!」
俺達は互いに睨み合う。
「なんかよくわかりませんが……元に戻っちゃった、ってことですか?」
「そうよ!」
「そうだ!」
結局俺達の仲は元通りになってしまった。
これから先、よっぽどのことがないとアシュリーとは仲良くなれそうもないな! 絶対に!




