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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
6章 王都の日常?編
110/196

110話 満月が照らす夜の下で

 滝のような汗をかき、かなり疲弊した様子のフィーリアとババンドンガス。

 そんな二人に回復魔法をかけるネルフィエッサ。

 そしてその三人の視線の先に、山のような大きさの黒い影。


「ウボアアアアアァァァッ!」

「……一瞬目を離したすきに、随分とでかくなってねえか?」

「ユーリさん! 無事だったんですね!?」


 俺に気づいたフィーリアが声を弾ませる。

 俺は巨大な霊を見上げながら三人の元に向かう。


「おう、そんでアイツはどういう訳だ」

「それが……さっき突然あの霊が暴風壁から飛び出してきて、周囲の霊を吸収しながら巨大化を」


 吸収とかできんのかよ、聞いてねえぞ。

 ……ってか、やばいな。俺が倒し損ねたせいで、あんなにでかくなっちまったようだ。


「そうだ、ネルフィエッサは大丈夫なのか?」

「はい、ババンドンガスのおかげでなんとか。足を引っ張ってしまって申し訳ないですわ……」


 ネルフィエッサが心苦しそうな声を出す。


「いや、そもそも専門じゃないんだから仕方ねえ」


 完全に虚を突かれたからな。あれに対応しろというのは酷な話だ。

 それに足を引っ張ってると言うのなら、この状況を作りだしてしまった俺も負けず劣らずだろう。


「ウボアアアアア!」


 足だけで俺の身長を超えている霊が一歩歩く。

 質量を伴っていない身体にも関わらず、圧迫感を与えてくる。


 そんな霊を見上げながら、フィーリアが今の状況を説明してくれる。


「おそらくユーリさんがジャバギールを倒したと思われるタイミングで、霊たちが戦闘を放棄し始めました。私とババンドンガスさんは魔力が尽きかけていたので、ババンドンガスさんが助け出したネルフィエッサさんに回復してもらっていたんです」


 なるほどな。

 あの霊が暴風壁を乗り越えられたのは、フィーリアの魔力が付きかけてたってのもあったのか。

 そんなことを考えていた俺の耳に、焦った声が響く。


「んなこと言ってる場合じゃねえ、逃げんぞ! 魔力があんのはネルフィエッサだけだ、そんでアイツはネルフィエッサじゃ倒せねえ! 依頼は失敗だ! すぐに騎士団かギルドに報告に行って、増援を呼ぶしかねえ!」


 そしてネルフィエッサが俺の顔を覗き込み、顔色を窺ってくる。


「ユーリ君、あなたは歩ける? 治療が必要ならすぐに回復魔法を――」

「必要ねえ。それよりネルフィエッサ。魔力が余ってるらしいが、土魔法は使えるか?」

「……え? つ、使えるけれど……」


 困惑した様子のネルフィエッサに、俺は言う。


「良かった。なら土魔法の弾丸を俺に撃ってくれ」


 そんな会話をしている間にも、黒影はどんどんとこちらに近づいてくる。


「何言ってんだユーリ! 早く逃げなきゃ――」


 そう言って俺の手を取り走り出そうとしたババンドンガスを、フィーリアが引き留めた。


「ババンドンガスさん、ユーリさんを信じてください!」

「はぁ!? おいおい、フィーリアちゃんまで何言ってんだよ! こんな状況で冗談なんて言ってる場合じゃねえぞ! わかってんのか、命かかってんだぞ!?」


 立ち塞ぐフィーリアの目線とババンドンガスの目線が交差する。


「……死んだら恨むからな! 何をやるんだか知らんが、絶対倒せ!」


 そう言って俺の腕を離す。

 さすがババンドンガスだ。


「ネルフィエッサ、時間がねえ。早くしてくれ」

「わ、わかったわ!」


 ネルフィエッサの胸元に土の弾丸が創造され始める。

 スーパーユーリさんモードが解けるまであと少し。時間を考えると一発が限界か。


「準備できたわ!」

「撃ってくれ」


 ネルフィエッサから俺に向け、弾丸が飛ぶ。

 目の前には巨大な霊の怪物。


「魔力がありゃあ倒せんだろ? 全身全霊、込めてやらぁ」


 上等だぜ。一発しか撃てねえなら、それに全部込めるまでだ。


「うぉらぁっ!」


 極限まで強化した力で、俺は弾丸をぶん殴った。

 弾丸は角度を変え、土影の脳天へと一直線に向かう。そしてそのまま脳天を貫通し、空へと昇って行った。


「ウボアアアアアア!?」


 悪霊は断末魔を上げ、その身体はどんどんと薄くなる。

 そしてこの世から完全に姿を消した。






 悪霊が消えたのと同時に、スーパーユーリさんモードも解ける。


「……ふぅ」


 時間ぎりぎりまで使うとさすがに疲れるな。

 まだまだ修行が足りないぜ。


「えーっと、……今のは何をしたのかしら?」

「何って……魔力が篭ってねえと効かないらしいから、ネルフィエッサの土魔法をぶん殴って飛ばしたんだ。それならネルフィエッサの魔力が篭ってるだろ?」


 ネルフィエッサが土魔法を使えてよかったぜ。

 さすがに火魔法や雷魔法を殴って飛ばすのは骨が折れるからな。


「一人じゃ倒せない相手も仲間の手を借りれば倒せる……これが協力の力ってわけか」

「そうなんですけど、すごく肯定しがたい気持ちになるのは何でなんですかね」


 知るか、自分で考えてくれ。


「つーかお前、魔法が使えないのに生身で魔法をぶん殴ったのか?」

「魔法なら使えるぞ。筋肉魔法だ」

「はいはい、筋肉魔法は魔法ですよねー」

「おお、やっとわかってくれたかフィーリア!」


 最終的にぶっ倒せたし、フィーリアもわかってくれたし、終わってみりゃあいいこと尽くめだな。


「さて……と。正直珍しく休息をとりたいところだが、先にジャバギールを確保しないとな」


 俺は疲れを感じる体でジャバギールの元へと向かう。

 ジャバギールは骨の大半が折れたまま意識を失っていた。

 まだ息はあるようだが、その様子はあまりにも痛々しい。

 というか、このまま放っておいたら死んでしまいそうだ。


「ネルフィエッサ、まだ魔力が余ってるならコイツが死なないくらいまで回復魔法かけてやってくれないか。俺は良いからよ」


 俺はしっかりとジャバギールを拘束した後、ネルフィエッサに頼む。

 犯罪者とはいえ、さすがに見殺しにするのは気分が悪いからな。

 戦いの最中で殺しちまうのはともかく、じわじわと嬲り殺す趣味はないんだ。


「なら、傍にいてください。『範囲回復』で、一緒に癒しますわ」


 ネルフィエッサの言う通りジャバギールの近くに行くと、ほんわかと温かい気持ちになるような白色光が辺りを包み込む。

 おお、こりゃすげえ……。


「ありがとな、ネルフィエッサ。おかげでほぼ治ったぜ」


 やっぱり魔法をかけてもらうと治るスピードが段違いだな!


「そんなに治るほどの回復魔法は使ってないんですけれど……」

「ユーリさんですから、仕方ありません」


 フィーリアはフルフルと首を横に振る。


「仕方ないって何だ。ここは俺の鍛え上げた回復力を褒め称えるところじゃないのか」

「すごいでちゅねー。ぱちぱちー。……これでいいですか?」

「思ってたのと違うぞ! なんで赤ちゃん言葉なんだよ!」


 扱いには納得いかないが、なにはともあれ依頼は無事達成できたのだった。







 ジャバギールの浮き出た瞼がピクリと動く。

 しばらくした後、ギョロリと目が開けられた。


「……ん」

「起きたか」


 逃げられないための見張りを買って出た俺は、ジャバギールの傍らでそう言葉をかける。

 ジャバギールは縛られている己の状況とその傍らに立っている俺を交互に見つめ、自分の現状を理解したようだ。


「お前……ってことは、アイツも倒したのか?」

「まあな」

「そりゃあ恐れ入ったぜ。やるなあ、後輩」


 しみじみと呟く。

 逃げられる危険性を減らすため、骨折は完治させていない。

 体中の骨が軋んでいるのだろう、消え入りそうな声だ。


「もうすぐ騎士団がここに到着する。そうしたらお前は御用だ」

「あー、まあ仕方ねえな。……なあ、一個いいか?」

「なんだ」

「ポケットの中にドーナツが入ってんだけどよ。それを俺の口の上に置いてほしいんだよ。頼めた立場じゃねえのは重々わかっちゃいるが、なんとか頼めねえか」

「……またドーナツかよ」

「またドーナツだ」


 この状況になってもドーナツのこととは、芯が太すぎやしないだろうか。

 そのぶれない心に敬意を表して、俺はジャバギールの懐からドーナツを取り出してやる。


「あ、おい、ちょっと待ってくれ!」


 そのまま口の上に置いてやろうとした俺に、ジャバギールは何かを思い出したかのように焦った声を出した。


「……今度は何だ」

「口の上に置く前に、眼のあたりにかざしてくれ。今日は丁度満月だろ? ドーナツの穴から見る満月は格別なんだ」

「訳がわからん……」


 仕方ないので、丁度穴から月が見えるあたりにドーナツを移動させる。

 すると、ジャバギールは「ほぉお……」と心の底からでたような感嘆のため息を吐いた。


「おお、今日の満月は一段とでけえなあ……」

「穴を通さなくてもそんぐらいわかんだろ」

「ばっかお前、風情ってもんがわかんねえのか? 雨の日に傘指すやつとかもいんだろ。あれと一緒だよ」


 一緒なのか……?

 月を見終わったようなので、口の上に置いてやる。

 その途端、ジャバギールは高速で穴の中に舌を出し入れし始めた。

 危ねえ、すぐに手ぇ離しといて良かったぜ……。


「べぇ~ろ、べぇ~ろぉぉっ! あ~、最高だぜぇぇえええ! 月の味がしやがるぅぅうう!」


 絶対しねえだろ。




 しばらくそうした後、ジャバギールは器用に口でドーナツを操って完食した。

 そして満足げに俺に言う。


「最高の一服だったぜ。しみったれた俺にゃあ似合わねえ味だったがな」

「とりあえず一服ではないよな」


 あんな珍妙な一服はいまだかつて見たことがねえ。


 ジャバギールはどこか清々しささえ感じる顔で、軽く笑う。


「ありがとな、後輩。これで心置きなく牢屋に入れるってもんだ」

「……その思いをもっと別の角度に向けてりゃあな。例えば筋肉とかよ」

「犯罪者に同情するようじゃ冒険者としてはまだまだだな、後輩」

「同情なんかしてねえよ。ただ……ほんの少し残念だって、それだけの話だ」


 これほど強い思いを持った男とは、もっと正々堂々と勝負したかった。


 満月に照らされた住宅街の向こう側から、騎士団が近づいてくるのが見える。

 ここまではあと数分で着くだろう。


「おい、皆。来たぞ」


 近くで回復魔法をかけているネルフィエッサと、かけられている二人を呼ぶ。

 万全を期すために、引き渡しの時は全員で見届けると前もって決めていたのだ。


 ジャバギールはネルフィエッサを目を合わせた。


「悪かったな、姉ちゃん」

「許しはしませんけれど……謝罪は、受け取ります」


 ネルフィエッサはそう言ってジャバギールの顔を真っ直ぐと見据えた。


「十分有難え。……それと、店にも悪かったと伝えてくれ。俺の方法が間違ってた。出回るのが嫌なら買い占めりゃよかったんだよな。言い訳もなりゃしねえが、そこまで考えが回らなかったんだ」


 そこまで言ったところで、騎士団が到着する。


「じゃあな、後輩諸君。肩肘張らない程度に頑張れや」


 最後にそう言葉を残して、ジャバギールは騎士団に連行されていった。

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