11話 服は内面を表す
「買い物に行きましょう!」
起きてしばらくたった後、フィーリアが右手を挙げて俺に訴えてきた。
「買い物って、何を買いにいくんだ?」
「服です。この服もうずっと着てますし、そろそろ替え時なんですよね」
フィーリアは着ているピッチリとした白い服をつまみ上げながら言う。
そういえばフィーリアがあの服以外を着ているところを見たことがない。
パジャマなど部屋の中で着る服は何着か持っているようだが、外に出る時はいつも同じ服だ。
「フィーリアはお洒落とかしないんだな。そういうのは興味ないのか?」
「あるにはありますが、それ以上に面倒くさいんですよねー。服とか一着あれば十分じゃないですか」
たしかにフィーリアは生活魔法で汚れを落とせるし一着あれば用は足りるのだろう。
フィーリアは戦闘用の魔法だけでなく、生活用の魔法も数多く覚えている。例えば汚れを落とす魔法だとか、例えば軽いものを浮かせて手元に引き寄せる魔法だとか。
そういう点ではやはりエルフは凄いのだなぁと思うが……もしかしてこいつ、自分が楽したいだけなんじゃ?
「なんかイメージ変わったわ」
「いい方にですか? それとも悪い方にですか?」
そう言いながらフィーリアは興味深そうに距離を詰めてくる。
「筋肉の方にだ」
俺の言葉に、フィーリアは近づくのをピタリとやめた。
「私時々ユーリさんと意思の疎通ができません」
どうやら意味が伝わっていないようだ。
「俺も服には興味がないからな。仲間意識が芽生えたってことだ」
「あんまり嬉しくないですねそれ。それに私は興味がないわけじゃないですよ。ただそれ以上に面倒なだけです」
「照れんなよ」
「照れてないです」
照れてないらしい。
外に出た俺たちは服屋へとやってきた。
この街で一番大きい服屋だということで、普通の服から服と呼べるかも怪しいような変わった服までかなりのバリエーションがある。
「折角だから俺も買っとくか」
俺は適当に服を鷲掴み、購入する。
筋肉を他人に見せるともれなく服が破けてしまうから、俺にとって服はいくらあっても足りないのだ。
「ありがとうございましたー」
「おう」
買い物を終えフィーリアがいる婦人服売り場へと向かう。
そこには顎に手を置き、真剣な表情で「むぅー」と唸り声をあげるフィーリアの姿があった。
「まだ迷ってるのか?」
「私だって女の子ですから、可愛い服がいいんです」
さっき一着でいいとか言っていた割に真剣に服を選んでるのはどういうことだろうか。
「一着だからこそ自分にあった服を選びたいのは当然じゃないですか。それが女心ってやつですよ?」
「そうなのか。それはそうと心の中を覗くな」
「ごめんなさーい」とまるで悪びれる様子なく謝るフィーリア。
別に俺も本気で怒っているわけではないので気にしない。
「それにしても決まりません……」
フィーリアはうろうろと売り場をうろつく。
時折服を手に取るが、すぐに元の場所に戻す。それの繰り返しだ。
この調子ではいつになるかわかったもんじゃないな……。
その場で筋トレでも始めようか。
そう思った矢先に、フィーリアは名案でも思い付いたかのごとくパンッと手を叩いた。
「そうだ! 折角ですからユーリさんが私の服を選んでくださいよ」
「俺が……? 別にいいが、俺に選ばせていいのかよ」
「もし私が気に入らなかった場合、気に入る服を選ぶまで選びなおしてもらいますから大丈夫です!」
「それは俺が大丈夫じゃないんだが」
それこそいつまでかかるか分かったもんじゃないぞ。
俺は軽く息を吐きだす。
ここは真剣にいかなければならないだろう。
俺は鋭い眼光で売り場全体を見回した。
「ほう……」
売り場をくまなく見回った俺は、一着の服に目を付ける。
ダンベルが数十個ぶら下がった黒づくめの服だ。重量感があるし、なにより筋トレに最適である。
その上、服につけられた説明文が俺の興味を惹いた。
「『着るだけであなたもムキムキに』……フィーリア、これなんかいいんじゃ――」
「絶対ダメです。ユーリさんが着るんじゃなくて私が着るんですよ? そんなの着たら私一歩も動けないじゃないですか」
俺の提案をフィーリアは「正気ですか?」とでも言いたげな顔で却下する。
そうか、俺が着るんじゃなくてフィーリアが着るんだった。
ならフィーリアの目線で選ばなければならないのか。完全に盲点だった。
しかしそうなると、俺にはどんな服がいいのか見当もつかない。
そもそも森で生きてきた俺は、人の気持ちを考えることなんて生まれてこの方したことがないのだ。
打って変わってウンウンと唸りだした俺の肩を、後ろからフィーリアの柔らかい手が触れる。
「ユーリさんユーリさん。ユーリさんにはこれをあげます」
その手には糸で出来た輪っかのようなものが握られている。
どうやら俺が悩んでいる間に買ってきたらしい。
「なんだ、これ?」
「ミサンガっていって、腕につけておくと切れたときに願いが叶うらしいです」
「へぇ、願いが叶うのか。ありがとな」
俺はミサンガというらしい輪っかを手首に通した。
「ユーリさんは何を願うんですか?」
フィーリアが俺の腕を見ながら楽しげに聞いてくる。
願い事か……考えたこともなかったな。
「そうだな……。『強い奴と戦えますように』だな」
「こんなに可愛いミサンガをそんな物騒な願いに使わないでくださいよ」
「じゃあ、『この世界を楽しく見て回れますように』かな」
「なんか普通ですねー」
注文が多いやつである。そのほかに願い事といえば……。
「そうだ! 『筋肉の良さがもっと世界に広まりますように』にしよう!」
「それならさっきの願いの方が良かったような……」
「いや、もうそれに決めた。だって普通に考えておかしいだろ。見てろよ?」
俺は上着を脱ぎ、筋肉を張り上げる。
瞬く間に俺の筋肉は肥大化し身長が伸びた俺は、先ほどよりも一段上の目線からフィーリアに問いかけた。
「こんなに美しい筋肉がなんで評価されないんだ? どう考えてもおかしいだろ」
「……」
フィーリアは俺と目線を合わせずに黙り込む。
なんだ? 俺の筋肉に惚れたか?
「……ユーリさん、もうミサンガ切れてるんですけど……」
「あっ」
言われて気が付く。
筋肉を膨張させたことで、手首に巻いていたミサンガが切れてしまっていた。
「私が折角買ってあげたのに……。ユーリさんなんかもう知りませんっ!」
フィーリアはツンとそっぽを向き、俺に背中を向けてくる。
「わ、悪いフィーリア、わざとじゃないんだ。悪かった!」
俺は筋肉を元に戻し、たどたどしい言葉で謝った。
その甲斐あってか、フィーリアは口をとがらせながらも渋々といった様子でこちらを向いてくれる。
「……じゃあ次は私に似合う服を真剣に選んでください。これでふざけたら本気で怒りますからね」
「わ、わかった」
元からふざけてなどいないのだが、そんなことを言い返せる雰囲気ではない。
ここは絶対に失敗できないぞ……!
俺は吟味に吟味を重ねる。
筋トレに費やすのと同等の集中力を用いてフィーリアの服を探した。
そして一つの服に決める。
「これだっ!」
俺が手に取ったのは上下の服と靴下で一セットになったものだった。
服のフォルムは、フィーリアが今着ているものよりも少しゆったりとしたシルクのような手触りの袖口の少し広い白の服と、白のスカートに腿までの丈の白いハイソックスだ。
衣服の裾に近づくにつれて桃色にグラデーションしているのが今の服とは違うところである。
俺が選んだ服をフィーリアはジロジロと観察する。
「へー。ユーリさんってこういうのが好きなんですか?」
「別に俺が好きなわけじゃない。フィーリアには似合うと思っただけだ」
そう答えながらも、少し不安はないでもない。
最終的に直感で選んだ自分の判断は正しいと思っているし、この服はフィーリアには間違いなく似合うと思っているが、それをフィーリアがいいと思うかどうかはまた別問題である。
「……そうなんだ」
フィーリアは少し俯き、独り言のように呟いた。
口角がわずかに上がっているように見えるのだが、俺の見間違いだろうか。
「で、どうなんだ? 合格なのか?」
「特別に許してあげますよ。……大切に使います。ありがとうございます」
フィーリアは小さく頭を下げた。
なんとかフィーリアのお眼鏡に適ったらしい。
俺は安堵の息を吐く。
本当によかった。
まだ組んでからそんなに経ったわけでもないが、フィーリアくらいに気の合うやつは中々いないからな。
こんなことでコンビ解散にでもなったら目も当てられないところだった。
フィーリアがその場で着替えて帰ると言うので、俺は試着室の前でフィーリアが出てくるのを待つ。
「お待たせしましたー」
そう言って出てきたフィーリアに、俺は一瞬息を呑んだ。
少し恥じらうような素振りで服の裾を握っているフィーリアは、絶世の美女という言葉を使うにふさわしい魅惑的な姿をしていた。
白と桃色の組み合わせはフィーリアの可憐さを一層引き立てており、スカートの裾とソックスの間には陶器のように綺麗な白い太ももが見え隠れしている。
落ち着け、惑わされるな俺!
上腕二頭筋、腹斜筋、大腿筋……。
俺は心を落ち着けるために筋肉の名称を脳内で繰り返し唱える。
これは試練だ。こんなことで心が揺らいでいては良い筋肉はつくれない。
「似合ってますか?」
こてんと首を傾げるフィーリア。それを自然にやっているのならもうお前は生まれ持っての小悪魔だ。
「まあ、似合ってるんじゃないか?」
しかしながら、俺は筋肉によってすでに平静を取り戻していた。やはり筋肉はすばらしい。
「もしかして照れてます?」
「照れてねえ」
そんなこんなで服の買い物は無事終わったのだった。




