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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
6章 王都の日常?編
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109話 『虚ろな兵隊』ジャバギール・ガリュンドル

 暴風壁の中、ジャバギールと俺は二人だけで向かい合う。

 ジャバギールは骨と皮しかないような手でぼさぼさと無造作に頭を掻いた。


「分断されちまったか……。どうやらお前らの中で一番手ごわいのはあのエルフの姉ちゃんみてえだな」

「そうかもな。アイツは何でもできる、俺の自慢のパートナーだ。てめえに勝つことくらいしかできない俺にはもったいないパートナーだよ」

「ハッ、言うじゃねえか。やれるもんならやってみろよ」


 ジャバギールの圧が弾け、俺の元まで伝わってくる。

 その身から発される息をするのも辛いような威圧感に、血が滾る。

 滾る、滾る。

 これで奮い立たなきゃ、男じゃねえだろ!


 俺は拳を構えて目の前の骸骨男を見る。


「おいお前。頼むから俺を楽しませろよぉっ!」


 そしてそのまま突っ込んだ。

 それに対し、ジャバギールは土魔法で俺を囲う様に土の牢を隆起させる。

 瞬く間に光が遮られ、俺の視界は黒く塗りつぶされた。


「随分と身の程知らずもいたもんだな。三年前、辺境での魔物の異常発生を一人で食い止めた、『虚ろな兵隊』ジャバギール・ガリュンドルに向かってその物言いか……。てめえのランクは知らねえが、俺はもう十年も前から冒険者やってんだ。先輩には敬意を払うのが礼儀ってもんだろうが、なあ?」


 壁の外から聞こえるジャバギールの声。


 だが、こんなちんけな牢で俺を捉えた気になるのは俺を甘く見過ぎてる。


「らあっ!」


 俺は土壁に囲まれたのにも構わず、そのまま直進する。

 俺の体にぶつかった土の壁は、その衝撃に耐えられず瓦解した。


 その勢いのまま、ジャバギールに接近する。

 そして一撃。

 俺の拳はやつの華奢な腹部に直撃し、ジャバギールは肺から息を吐き出しながら体を宙に浮かせる。

 そのまま追撃をかけようとしたが、予め土魔法で足元を脆くしていたようで、追撃には至らなかった。


「ガッハ……お前、手心加えろよ。俺は先輩だぞ? お前幾つだ。俺は二十七だぞ」


 ジャバギールは口の中に溜まった血を吐き出しながらぬらりと立ち上がる。

 相変わらずコートのポケットに手を突っ込んだままだ。

 あの細身な身体でまだ意識があるとは……よほど魔法で自己強化をしているのだろう。


「年だのなんだの細けえこと言うんじゃねえよ、『先輩』ぃっ!」

「細けえことだぁ? ……腹立たしいね、実に腹立たしい。過去最高にだ」


 そう言うとジャバギールは両のポケットから何かを取り出した。

 茶色い円形状の何か……。

 あれは……ドーナツ?

 その手に握られているのは、真ん中に穴の開いた従来通りのドーナツだった。

 あまりに予想外の挙動に、俺はジャバギールの動きに注視する。


「このドーナツ屋もそうだ。『穴のないドーナツ』だと? ふざけやがって……そんなもんはなぁ、ドーナツじゃねえんだよっ! てめえの無学を晒すのはいい。だがそれを進んで広げようというその行為は明らかに粛清しなけりゃならんだろう。俺が間違ったこと言ってるか、なあ?」


 細長い舌を、ドーナツの穴に出し入れし始めた。

 常人の目には見えないほどの速度である。


「あ~、この虚無感がたまんねえんだよなぁ……。この何の意味もねえ行為が、たまらなく愛おしいんだ。お前もそう思うだろ? これが出来ないドーナツなんて、ドーナツじゃねえよなぁ?」

「意味がわからん」


 命を懸けた殺し合いの最中にやることとは到底思えない。

 常軌を逸するにもほどがある。


「世の中には意味を求める輩が多すぎる。人生にはそんな大層な意味なんてねえってことを、ドーナツはその身を持って俺たちに教えてくれてるんだよ。なんて尊さだ……。思わず涙が頬を伝うぜこの野郎」


 その言葉通り、ジャバギールのこけた頬に一筋の雫が流れ落ちた。

 ジャバギールはそれを拭うこともせず、独白を続ける。


「なのにこの店はどうだ? 『穴のないドーナツ』だぁ? そんなもん、許せねえだろうが……! 許せるわけがねえだろうがっ! 『穴のないドーナツ』なんていうドーナツもどきを白昼堂々ドーナツだと偽って売るこんな店は、決してあっちゃあならねえんだ! 唾棄されてしかるべき店だ! ドーナツに対する裏切りだ!」


 ジャバギールは額に青筋を浮かばせ、この世の憎悪と嫌悪を煮詰めたような声で吐き捨てる。

 その目から流れる雫の色は、いつしか透明から赤へと変わっていた。


 言っている言葉の意味がまるで理解できない俺を余所に、ジャバギールは喜色に染まった顔で再びドーナツに舌を出し入れする。


「べぇ~ろ、べぇ~ろ! あ~、楽しすぎるぅぅぅううう~っ!」

「……お前、薬でもやってんのか?」

「薬ぃ!? んなもんいらねぇよ! 俺にはコイツ(ドーナツ)があればいいし、コイツ(ドーナツ)は俺だけ見てりゃいい! 俺たちは相思相愛、将来を誓い合った仲なんだからなぁ!」


 そう言ってジャバギールはドーナツと口づけを交わした。


 なるほどな……。今のを見て、聞いて、得心がいった。

 やっとわかったぜ。


 コイツは俺と同じだ。

 コイツにとってのドーナツは、俺にとっての筋肉だ。

 つまり、これはお互いの誇りを――自らの魂に刻んだ譲れぬ矜持を懸けた戦いなのだ。


「ならお前とドーナツの絆と、俺と筋肉の絆……どっちが強えか勝負といこうじゃねえか」


 発露の仕方は間違っているが、コイツの思いは本物なのだろう。

 だが、それに俺の筋肉が――俺と筋肉が、負けるわけにいかない。


 握った拳を振り下ろす。

 拳圧により、舗装された地面はぱっくりと口を開け、その亀裂はジャバギールの方へと進む。


「らっ!」


 それを避けようとしでできた隙に、ピストル拳を撃ち込む。

 ジャバギールはその身を守らず、捨て身で土魔法の弾丸を飛ばしてきた。

 しかし、俺の体は鉄より硬い。

 俺の体に激突した弾丸は皮膚に阻まれ勢いを失くし、そのまま地面へと落ちる。


「その身体……やっぱり肉体強化系の能力持ちか。これだから脳筋は嫌いなんだ。まともに会話になりゃしねえ」

「能力じゃねえ、筋力だ」

「……意味不明だな。会話が成り立たねえ」

「てめえが言うな。……いくぜ?」


 近づき、殴りつける。

 俺の最も得意な戦法であり、同時に最も強力な戦法だ。

 迎撃の土魔法を跳ね除け、俺はジャバギールに迫る。


「くっ……!」

「遅えよ」


 ジャバギールに反応する暇も与えないまま、俺はやつの胴を力の限り殴りつけた。

 そしてそのまま息もつかせずラッシュへと移行する。


「オラオラオラオラオラオラァッ!」


 一発一発が全力の、全身全霊を込めたパンチだ。

 ジャバギールはなされるがままで、口から血を吐き続ける。

 もしかしたらすでに気が飛んでいるかもしれない。いや、普通の相手なら間違いなく飛んでいるだろう。


 だが、長らく戦闘に身を置き続けてきた俺の勘が、このままでは終わらないと告げていた。


 ジャバギールの腕が、脚が、胴が。華奢なはずの肉体が、その体格に似つかわしくない気を発し始める。

 今までとは異質なその感覚に、俺は一旦距離をとった。



「……やるじゃねえか。まさかここまで追い詰められるとはな」


 ジャバギールは血まみれの身体で、なおも立ち上がる。

 しかしその様は、さながら糸で吊るされた操り人形のようだった。

 すでに四肢は残らず折れているのだ、明らかに自分の意思で立っているのではない。

 ジャバギールではないナニカ(・・・)が、やつの身体を乗っ取っていた。


「コイツは俺でも制御しきれてなくてなぁ。体内に封印してたんだが、俺の力が弱まった拍子に勝手に憑依しやがったみてえだ」


 ジャバギールは自嘲するように嘆く。

 口だけは動くようだが、その他の支配権はもう霊に奪われてしまっているようだ。


 そしてこの霊……かなり強え。黒影とは一線を画す気を放ってる。

 この距離でもびりびり伝わってきやがるぜ。

 内臓に響くような威圧感、死霊魔法の使い手が手なずけられないのも納得の凶悪さだ。


「それがお前の奥の手ってわけか」

「奥の手と言うのも憚られる代物だがな。そうだな……さしずめジョーカーってとこだ。こうなっちまった以上俺の勝ちとは言えねえが、ともかくお前の勝ちも消えた。俺から言えることと言えば、『ご愁傷様』ってことくらいだ。死ぬぜ、お前」


 たしかにすげえ気迫だ。

 死してなお残る怨念ってのは、ここまで禍々しいもんなのかと身に染みた。

 だけど、それだけだ。


「お前に隠し玉があんのはわかってたんだよ。お前の心臓の奥、そこにお前とは違う気配を感じてたからな。……だから、俺も隠してたんだ」

「……隠してた? 何をだ?」


 不審げに尋ねてくるジャバギールに、俺は強敵と戦えることに対する笑みを浮かべて言う。


「決まってんだろ? 切り札をだよ。――スーパーユーリさんモード、発動だ」


 死霊魔法でも御しきれない悪霊?

 いいぜ、ぶん殴るにゃあ丁度いい。


 てめえのジョーカーと俺の切り札、どっちが強いか勝負といこうじゃねえか!


 俺はスーパーユーリさんモードを発動した。






 身体が軽い。

 全能感と高揚感、それらがないまぜになって俺の身体を突き動かす。

 脳のリミッターを外したことにより、俺の身体はいつも以上に自由自在に動く。

 こうなった俺を止めるものは何もない。


 ジャバギールが一歩を踏み出す間に、俺はその背後へと回り込んだ。


「フィーリアが言ってたぜ。『憑依を解くには首の後ろを叩くんだ』ってな」


 俺はジャバギールの首に手刀を下ろす。

 ジャバギールはガハッと息を吐き、地面へと倒れこんだ。

 顔は相変わらず青白いが、身体に見合わず頑丈みたいだから多分死んじゃいないだろう。


 ジャバギールの身体から引きずり出された巨大な霊魂は困惑したのか、フィーリアが創りだした暴風壁へと自ら突っ込んでいく。

 そんなことしたら鎌鼬で死ぬってのに、何やってんだ……?


 そう思う俺の目の前で、悪霊は風の壁を突破していった。


「……通れんのかよ! って、やべえ!」


 強力な霊だとは思っていたが、暴風壁を超えられるほどとは!

 外ではフィーリアとババンドンガスが数多の霊たちと戦っているはずだ。

 そこにアイツが混ざったら戦力のバランスが崩れちまう!


「こうしちゃいられねえ!」


 俺は暴風壁に向かって突っ込んだ。

 痛いが、耐えられないほどではない。


 外に出た俺はすぐさま状況の把握に努める。


 滝のような汗をかき、かなり疲弊した様子のフィーリアとババンドンガス。

 そんな二人に回復魔法をかけるネルフィエッサ。

 そしてその三人の視線の先に、山のような大きさの黒い影。


「ウボアアアアアァァァッ!」

「……一瞬目を離したすきに、随分とでかくなってねえか?」


 死んでから成長期でも迎えたのか?

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