107話 対抗策
翌日、昼。
フィーリアの透心で心を覗くことによって、昨日の男はやはり憑依されていただけだと判明した。
ドーナツ屋の店主とも話し合った結果、彼は無罪放免ということになった。
まあ、本人は何も悪くないからな。強いて言うなら、ただ運が悪かっただけだ。
「上手いこと言った感が顔から溢れ出てますよ?」
「人の心を覗くな」
夜になるまで二組に分かれて別行動をしている。
ババンドンガスとネルフィエッサはジャバギールを探す。
俺とフィーリアは墓地で犯人が霊の補充に来ないか見張る。
そういう役割分担だ。
フィーリアなら怪しい奴がいれば透心で心を読めるしな。
霊の補充を見張るというこの作戦、非の打ちどころのないとても素晴らしい作戦だと思う。
なんといっても俺が考えた作戦だからな。やはり俺はインテリだった。
「にしても、お店のすぐ後ろに墓地があったなんて驚きですよね」
「そうだな」
なんつうとこに店構えてんだ。絶対避けるべき場所だと思うんだが。
まあ、そのおかげで店を守りつつ墓地も見守ることができるのは嬉しい誤算だ。
俺たちは太陽が空を動く中、ただじっと敵が現れるのを待った。
ちなみにその間筋トレはしていない。
俺は依頼は誠実にこなす筋肉なのだ。
そして日が暮れた頃。
「おう、お疲れ」
情報収集に行っていたババンドンガスとネルフィエッサが帰って来る。
「お疲れ様です」
「その様子だと来てないみたいね」
「ああ、そっちはどうだ?」
ジャバギールの情報は得ることができたのかと問いかける俺に、ババンドンガスは首を横に振る。
「駄目だな。精一杯探したんだが、どこにいるかはわからず仕舞いだ」
やはりと言うべきか、居場所はわからなかったようだ。
まあ元々見つけられるとも思ってなかったし、仕方ない。
そう納得した俺だが、ババンドンガスの様子がいつもと少し違うのに気が付いた。
どことなくソワソワとしている。竹を割った性格のババンドンガスらしくない挙動だ。
「どうかしたのか?」
「ウォルちゃんと連絡が取れないらしいわ。多分大丈夫だとは思うんだけれど、彼女がババンドンガスに連絡をしないなんてたしかに珍しいのよね」
「心配だ……何かに巻き込まれてやしないだろうか」
ババンドンガスは忙しなさそうに手元に持った四角い形状の――おそらくはリンリンを繰り返し眺めては、深い溜息を吐く。
それを数分単位で繰り返し行った。
「なら、ちゃっちゃと終わらせて帰らなきゃですね。頑張りましょう」
「そうだな。ババンドンガスの為にも、首謀者をぶん殴ってやろう」
俺は拳をパンパンと鳴らした。
殴りがいのある敵だといいのだが。
夜。
いつにも増して大きい今宵の満月は、屋外の俺たちを真昼のように照らす。
少し肌寒い外気に中てられ、皮膚が軽く粟立つ。
俺たちは店の外で敵を待ち構えることにした。
周りに被害を出さないと言う点のみを考えれば店の中で戦って然るべきだが、外から広範囲魔法で一網打尽にされる可能性がある以上、店内で待つのは得策とは言い難い。
一般人が巻き込まれることへの対策として、昼の間に騎士団にも連絡し、近くの住民は避難させてもらっている。
といっても完璧ではないだろうから、そこが不安要因ではあるが……。
「心配いりません。私はおそらく戦闘では役に立てませんから、その分責任もって街の方々をお守りしますわ」
そう言って自信を伴った笑みを浮かべるネルフィエッサの顔を見てもなお、そこを心配するのは彼女に対する冒涜だろう。
「それで、ババンドンガスが『暴化』で、ネルフィエッサが『範囲回復』だったか?」
俺は二人から聞いた能力をもう一度確認しておく。
「ああ、つっても今回俺の能力は使えねえ。ウォルテミアがいないとこで『暴化』を使うと理性がぶっ飛んで、敵も味方もわかんなくなっちまうからな」
なんでも暴化を発動すると脳のリミッターを無理やり解除して本能のままに暴れ回ってしまうそうだ。
ババンドンガスも能力発動下でも理性を保てるように努力はしているが、まだ結果に結びついてはいないらしい。
ただし、近くにウォルテミアがいる時だけは不思議と理性が保てるんだと。
「それは一体どういう理屈なんだ」と聞くと、「妹を思う心は全てを超えるということだろう」と帰って来た。答えになってねえ。
まあともかく、今回ババンドンガスは能力を使えないってことだ。
「んでユーリ、お前は本当に魔力がないのか?」
「ああ、そうらしい。なあフィーリア?」
「はい。エルフの私が言うんですから間違いないです」
エルフのフィーリアが言うんだから間違いないのだ。
そもそも体内に魔力を感じたことがないからな。
生まれつき魔力を持っていない人も、数は少ないがいない訳ではない。
「不味いな……。魔力がなきゃ、霊への対抗策がマジでねえぞ」
ババンドンガスは俺から目を逸らし、腕を組んで考え込む。
聞くところによると、なんでも魔力で身体を覆うことで霊に取り憑かれるのを防ぐことができるらしい。
だが俺には魔力がないので、その方法は取れないってわけだ。
「なら、ユーリ君には死霊魔法使いの相手を任せたらどうかしら。私たちが霊を倒しきるまでは後陣で補助に徹してもらって」
見かねたネルフィエッサが案を出してくれる。
その気持ちは有難いが、俺は足を引っ張るつもりはない。
「心配するな。俺のこの筋肉を見ろ」
俺は筋肉を解放した。
僧帽筋、広背筋、腹直筋、上腕三頭筋に大腿四頭筋……体の全ての筋肉が声高に存在を主張し、破裂せんばかりの勢いで盛り上がっていく。
本来の強固な筋肉の鎧を纏った俺は、両手を頭に持っていく。
そしてババンドンガスとネルフィエッサに向けて、露わになった腹筋をこれでもかと見せつけた。
「……な?」
「いや、全然納得できねえよ!?」
マジかよババンドンガス。おかしなやつもいたもんだな。
「まあ、多分ユーリさんなら大丈夫ですよ。霊もこんな体に取り憑きたいとは思わないでしょうし」
「一理あるな。自分で鍛えてこその筋肉だ。他人の筋肉を奪っても虚しさが募るばかりだろうからな」
さすがはフィーリアだ。筋肉のことをよくわかっている。
フィーリアがムキムキになる日ももうすぐそこだな。
「フィーリアさん、ユーリ君は一体何を言っているのかしら……?」
「気にしないでください。ユーリさんは未確認生命体なので、まだ生態調査が十分に進んでいないんです」
「俺は人間だぞ」
「ならお願いですから少しは人間らしく振舞ってください」
人間らしく……? もっと本能のままに生きろということだろうか。
「あ、駄目です。盛大に誤解したときの顔してますね」
どうやら違うらしい。
まあ、そんなことよりも今はドーナツ屋の防衛を考えるのが最優先だ。
「回復魔法使いとしてもあまり許可したくはないのだけれど、それじゃあユーリ君は生身で戦うのね?」
「大丈夫だネルフィエッサ。俺はインテリマッスルだからな。霊への対抗策はすでに用意してある」
「あら、そうなの? なら安心だわ。……参考までに聞きたいのだけれど、一体どんなものなのかしら」
「やられる前にやる。憑依される前に殴っちまえばいいんだ」
「……えーっと、魔力を持っていないと霊体には攻撃できませんけれど……?」
「そうなのか? ならもっと強く殴ることにしよう。効かないというのなら、効くまで殴ればいいだけだ」
俺はそう言って虚空を殴りつける。
霊体だか何だか知らねえが、殴れればなんとかなる。
「だから殴れないんですってば……」
フィーリアが呆れたように呟いた。
イメージトレーニングを始めた俺を見たネルフィエッサの眼光はどんどんと鈍くなり、ついには光を失う。
「……ババンドンガス、フィーリアさん。可能な限りユーリ君に霊の相手をさせないで。お願いね?」
「合点承知だ」
「わかりました」
何故か三人が俺に霊を処理させないという方向で一致団結してしまった。
なんでだ?
――と、そのとき俺に天啓が走る。
「そうだ、『魔力』がなくても『魔法』なら効くんじゃないか? ほら、俺は筋肉魔法を使ってるんだしよ」
「フィーリアちゃん、ユーリがぶっ壊れたぞ」
「これで壊れてるのならユーリさんは私と出会った時から壊れてます」
フィーリアがため息をつきたくてたまらなそうな顔で言った。
なるほど、つまり俺は壊れてないってことだな。
話し合いから数十分後。
月が雲に隠れ、辺りが夜の暗さを取り戻した頃、俺たちは空気が変わるのを敏感に察知した。
「……来たみたいだな」
俺たちの見つめる先では、半透明の黒影を連れた男が両手をポケットに入れながらこちらに近づいてきていた。




